311以後、もっともわたしの心をしめてきたのは本当の暮らしを取り戻すことだった。
産業革命以後、息つく暇も無いほど、狂乱的に、つきすすんできたようにも見える時代の中で
生態系の一存在である人間だけの便利が突出するとどうなるか、、という光景をいやというほどみてきたあげく
究極の体験を日本の私たちがしている、東北の私たちがしていることの意味を確かめたいと
ずっと思い続けてきた。それは花卷でもたずねた、暮らしの中で出来ることの中でもたずねつづけている。
その答えの一つを「東北の底力、心と光。」からもらった。 . . . 本文を読む