4人を誤認逮捕し、うち2人から虚偽の自白を引き出したことが明らかになっているPC遠隔操作事件。威力業務妨害容疑で逮捕された片山祐輔氏は関与を否認している。当初は、事件と片山氏を結びつける決定的な証拠があると報じられ、警察は絶対的な自信を持っているように見えたが、その後も160人もの捜査員を動員して証拠集めを続けるなど、苦労している状況も伝わってくる。
片山容疑者の弁護人となったのは、足利事件で菅家利和さんの無実を証明するなど、刑事事件の経験豊富な佐藤博史弁護士だ。佐藤弁護士に、2月19日時点での弁護人としての考えや主張を聞いた。
【弁護人となるいきいさつ】
ーー佐藤先生がなぜ弁護人に?
報道で彼の逮捕を知りった時には、他の方と同じように、警察がこれだけの発表をしたのだし、まず間違いないのだろう、ただ本人は否認しているんだな、と思っただけでした。彼が当番弁護士を要請し、その時にたまたま当たったのが、以前、うちの事務所にいた竹田真弁護士。その竹田弁護士から頼まれたんです。
事件について語る佐藤博史弁護士
私はすでにいくつも刑事事件を抱えていて忙しかったのですが、竹田弁護士が「接見は私が毎日行きます。要所要所で出てきて下さるだけでいいですから」と言うので、「分かった」と。この時には、これほど頻繁に自分自身が接見に行くことになるだろうとは思ってもいませんでした。
【江ノ島の監視カメラには何が映っていた?】
ーー容疑者とはどういう話を?
まずは警察の取り調べ状況を聞きました。江ノ島に行ったか、猫に触ったか、と聞かれたので、本人は1月3日に行ったことを認めて、4~5匹の猫と接触して、写真を全部で10枚か15枚くらい撮ったかもしれない、と説明したそうです。ところが、その後は猫について聞いてないんですね、警察は。それで、変だなと思いました。
私が、あの猫について聞くと、「(顔の模様が)ハチワレで…」となどと、色のことを説明し始めるんです。あの猫の写真を撮ったかどうかを聞くと「撮ったかもしれません」と。なぜかというと人なつっこい猫で、「膝にのっけたかもしれない」と言うわけです。そんな風に、全然包み隠さず話す人です。警察に対しても、過剰なくらい供述をしています。それで、彼の話を聞いた後、新聞記事を精査してみると、話が全然違う。これはどういうことだ、と思いました。
ーー足利事件の菅家さんの時には、面会してすぐに無実を確信したとのことでしたが、今回はどうでしたか。
当初は半信半疑でした。新聞には決定的な証拠があるかのように書かれていましたし。でも、取り調べで警察はそういうものを本人に示していないんですね。なので、接見の後、取調官に「もし決定的な証拠があるなら、早く示して欲しい。それで(否認しても)ダメだと分かったら、弁護人からも本人を説得しますよ」と言ってみたが、警察は「はい、分かりました」と言うだけ。「本当はそんな映像ないのでは?」とも聞きました。すると、「そういうこと(=決定的な証拠があるというような情報)はマスコミが勝手に書いているだけ」と。検事にも、「(本人が猫に首輪をつけたことを示すような)防犯カメラの映像はないのでは?」と水を向けたところ、沈黙しか返ってこなかった。
私がそう指摘した翌日は、取り調べもせずに捜査会議をやっている。その後も、彼が猫に首輪をつけたことを示す映像は本人に示されていません。報道でも、いつの間にか映像の話は立ち消えになりました。
こうした経過から見ても、警察は1月3日に彼が江ノ島にいる映像は持っているが、彼が猫に首輪をつける映像もなければ、(彼が江ノ島に行った)3日に首輪がついている状態の猫の映像もないことを、確信しています。
ーー江ノ島で猫の写真を撮ったカメラはどうなりましたか。
その時使っていたのは富士通製のスマホですが、新機種に買い換えて、1月の中旬にショップで売っています。ネットの方が安いので、ネットで新機種を買い、古いものはショップに持って行ったところ、店員が初期化して引き取ったそうです。もし、彼が真犯人であれば、自分で入念に初期化するはずでしょう。この時に彼は、すでに警察に尾行されていて、売ったスマホはすぐに警察が回収したようです。
ーー警察は猫の写真を復元したと報じられています。ならば、彼に示して説明を求めるのが普通だと思うのですが。
彼には示されていません。彼は、犯人が送った写真が自分のスマホの中にあるわけはない、と言っています。復元したとして本人に示されたのは、友人とコスプレをやる所に行って、鎧かぶとをつけてポーズを撮っている写真など、事件に無関係の3点だけです。
ーーそれだけ証拠が希薄なのに、よく逮捕しましたね。
前回の事件の時、彼は任意の調べでは否認しましたが、逮捕されてすぐに自白しています。今回も、逮捕してしまえばすぐに自白する、と警察は思ったんじゃないでしょうか。
【不利な証拠と有利な事情について】
ーー江ノ島の監視カメラ以外にも、雲取山に行ったとか、真犯人が送ってきた写真に写っている人形を買ったとか、最近は彼が仕事をしていた会社のPCでウィルスが作成された痕跡があるとFBIから情報提供があったという報道もあります。
山、海、前科、人形、猫、それにFBI情報。これだけ彼に不利な事柄が重なっておきる偶然はない、と捜査機関は考えているようです。ただ、猫の話もそうですが、そういう不利だと思われることも、彼は全く隠そうとしない。彼は自分が山に行ったことや、人形を買ったことなどは認めている。人形はAmazonで買っているので、購入したことはメールを見れば簡単に分かるし、彼も隠していません。
前科については、彼は反省し、警察や検察を恨んだりしていません。それどころか、私が「(取り調べの時に)黙っていた方がいいんじゃないの」と言っても、「僕はそういうのは不得意なんで…」と。それで、「じゃあ、無理に黙秘は勧めないよ」という会話をしたくらいです。後に、録音もしくは録画をしなければ取り調べに応じない、ということにした時も、警察から「話せることはないの?」と聞かれて、彼は「雑談なら」と言って、応じているんです。
ーーなぜ録音・録画をしないと取り調べに応じないことにしたのですか。
実は、問題のウィルス「iesys.exe(アイシス・エグゼ)」に使われたプログラミング言語はC#ですが、彼は「僕はC#は使えない」と言うんですね。ところが、警察が最初に取った身上調書に、彼が使えるプログラミング言語が列挙してあり、その中にC#が入っていたそうです。彼は、C#は他人が書いたプログラムがあって、それが実行できるかどうか確かめろと言われて確かめたことはあるが、自分では書けない、と説明したそうです。そういう大事なことをさりげなく調書に入れ込もうとしていたことが分かったので、調書ができる時のやりとりはちゃんと記録してもらわないと危ない、と思いました。
最初に一般的な録音・録画を求める書面を送りましたが、それに加え、計3回に渡って、強く録音・録画を求めました。本人も、録音・録画をしなければ話せないと警察に明言したところ、捜査官がパソコンで仕事をする前で何時間も黙って座らされることになりました。その後、「話せることはないの?」と言われて雑談に応じたところ、捜査官は雑談に紛れ込ませて事件周辺の話をいろいろ聞いてきた。そういう事実上の取り調べが3時間50分も行われたんです。
なので、検事調べでは、録音・録画をしなければ、留置場の房から出ない、ということにしました。私が彼に接見する時刻までに検事から連絡がなければ、そういう対応をすると通知をしました。時間までに録音・録画に応じる連絡がなかったので、彼には出房拒否をアドバイスしました。決定的証拠があって、供述なしで起訴・公判維持ができる事件とは思えないのに、取り調べを犠牲にしても録音・録画をしないというのは、いったい何なのでしょうか…。
ーー彼がC#を使えないというのは、彼にとって有利な事情ですね。
そうなんです。「それだけで、君は真犯人でない、ということになるのでは?」と聞くと、彼も「そうですね」と答えるんです。でも、彼がその話をしたのは、逮捕されてから6日後のことなんですよ。それで、「そんな大事なことを、何でもっと早く言わないのか。このことを、警察は知っているのか」と聞いたら、最初の身上調書の話が出てきたので、これは録音・録画をしないと危ない、と思ったのです。
ーー彼が普段使っていたプログラミング言語は何ですか。
Javaです。
ーーC++はどうですか。
専門学校の時に資格は取ったと言っていました。
ーーウィルスとか遠隔操作などに興味は?
「ない」と言っています。それで、「セキュリティの開発のためには、(日々進化する)ウィルスとデッドヒートを演じている演じているわけで、そういうことに関心を持つこと自体は悪いことじゃないんだよ」と水を向けてみました。でも、本人は「セキュリティには関係ないし、MALWAREには全く関心がない」と。ハッカーの情報を交換するサイトがあるらしいけど、と聞いても、「そういうのは見たことがありません」と。
それで、彼自身がウィルス対策をどうしているのかを聞いてみました。すると「Win8はウィンドウズディフェンダーがついているし、その前のWin7の時にはマイクロソフトで無料のソフトを手に入れた」とのこと。その程度で大丈夫なのか、と聞いたら、「危険なリンクには近づかないから」と言っていました。
【被疑者の人間像】
ーー片山さんは、実際に会っていて、どんな人ですか?
「オタク」だと言われてましたから、そのつもりで会ったら、印象が全然違った。すごくコミュニケーションが取りやすい人なんですよ。確かにゲームは好きで、「全機種持っています」と言ってましたけど、年に2、3回は山に行ったり、バイクで出かけるなどアウトドアの遊びもしていました。コンパにも出ていましたし、女性とデートしたこともある。今年1月にはパックツアーでイタリア旅行をしているんですが、その時には老夫婦と仲良くなって一緒に食事をしていたそうです。
亡くなったお父さんのことはとても尊敬しています。愛情深い両親のようで、前の事件の時も刑務所に面会に来るなど、彼の立ち直りを支えました。弟一家とも親しく交流していて、幼い姪はテレビで彼のニュースが流れると、「あ、おじちゃんだ」と声を挙げているそうです。報道されている彼のイメージと、実際の彼とはずいぶん違います。
ーー逮捕前に、警察が尾行したりマスコミが写真を撮ったりしていましたが、彼はそれをどう見ていたんでしょう。
全然気付いていないんです。
報道各社に写真やビデオを撮られているのにも全然気がつかなかった
ーーあんなに多くのカメラが、あんなに近くから撮影しているのに?!
新聞に載っている猫カフェでの写真を見せたら、「こんなの撮ってたんですか?!」と本当に驚いていました。警察は江ノ島の猫から記憶媒体を回収して6日後には彼をマークし始めたと報じられていますが、彼は逮捕されるまで、警察に尾行されているのも知らないままでした。真犯人にしては無防備すぎませんか?
ーー前の事件の時と姓を変えたのは何故ですか。
彼の名前を検索すると、いつまで経っても事件のことが出てきて、これでは就職できないと気にしたからです。両親が協力し、分籍して彼だけの戸籍を作ったんです。そして、今度こういうことになって、彼は「これからどうやって日本で生きていけばいいんだろう」と悩んでいます。
【報道のあり方】
当初、江ノ島の防犯カメラで猫に首輪をつける彼の映像があり、それが決定的な証拠だと報じられました。でも、弁護人がそうした映像がないはずだと指摘すると、いつの間にか立ち消えになって、その後仕事先で使っていたPCに痕跡があるとかいうFBIの話にすり替わっている。あの映像の話はどうなったんですか?報道機関なら、そこをしっかり検証すべきでしょう。なのにそれはやらないまま、警察(の情報操作)に使われている。我々弁護人の主張は、あまり載らない。足利事件や村木さんの事件の教訓は、いったいどこに行ったのですか。