ライターの友人が、断捨離の取材で我が家の写真を撮りたいとのこと
そりゃ大変だ…と、慌てて大掃除を始めたら、
欲しいのはビフォーの写真だと言われた。
編集さんがイメージしているのは、
荒れ果てた、ゴミ屋敷みたいなインパクトのある部屋らしい。
え~~~っ、それって趣旨が違うかも。
断捨離はモノとの関係性に光を当てて、
要・適・快を選び取っていくメソッドだ。
要・不要をひとつひとつ判断し、罪悪感と闘いながら、
エネルギーと時間を費やしてモノを絞り込む。
その過程で、しがらみや執着やこだわりをそぎ落としていく。
考え方や視点、生き方そのものにも変革をもたらす
ゴミ屋敷のお片づけに、そんな哲学的な要素はない。
それに家主は、たいていの場合、片づくことなんて望んでいない。
モノを集めることに意義があるのだ。(…と思うけど)
…我が家は、ゴミ屋敷と呼ぶほど荒んではいないが、
そう、確かになかなか片づかない家ではある
そしてその原因が、モノの多さだということは自覚済み。
だから断捨離が必要なのだ。
そこそこの生活空間だけれど、なにか落ち着かない、
なにかイライラする、なにか鬱陶しい、なにか圧迫感がある、
なにか疲れがとれないし、くつろげない…、
そんな状態が嫌で、改善したい。
ゴミ屋敷じゃない、一見片づいている、
…だけどすっきり空間ではないし、満足もしていない、
もしかしてそんなお宅って、たくさんあるのだろうか?
ならば、我が家で一番片づいていない個所を撮影してもらって、
誰かが「うちと同じ…」と気づくきっかけになれば、それもいいか。
しかし、せっかくお尻に火がついて、断捨離が加速するかと思ったのに、
散らかったままでいい…なんて言われたら、
またのんびりモードに戻ってしまうなぁ…
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