不動明王の真言(お経)に「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん」というのがある。それをふまえたうえで〈座敷俄〉の一例。
山伏「わしは葛城より熊野へ駆け抜けの山伏。来たるほどに人跡絶えて家もなきが、ぽつんと一つの家。もしもし、あるじ(主人)に申し上げます。葛城より熊野へ通る山伏なれど、今日のひもじさ。先へも後へも参りがたし。空腹な時にもむない物なし。冷めたお粥を一杯だけでも、お頼み申します」
主人「お安いことながら、我さえ食べる物がなく、飢えて死ぬのもいつの日やら。ほかをお頼みなされませ」
山伏「そんならそなたも空腹か」
主人「なにとぞご推量くださりませ」と泣く。「今しばし、思い出したることがある。この向こうの畑に誰かが芋を作ってございます。その芋盗んで食わしゃりませ」
山伏「実にこれは仏のお告げ。それではさっそくその畑へ」
畑に着き。芋を掘りながら、
「不動明王の真言にも『いもうまく。さーまんだ。いもうまく。さーまんだ』とあるわい」
芋を食いながら、ブッと屁をこく。
「不動明王の示された通り、『いもうまく。さーまんだ。いもうまく。さーまんだ』じゃ」
言いながら、また屁をこく。屁のブッという音に合わせて太鼓がドン。チャーンと鉦の音。
「ブッ」ドン・チャン。
「ブッ」ドン・チャン。
そこへ「芋盗人じゃ!」と騒ぎ立てて大勢が出てくる。山伏を捕まえ
大勢「芋盗人を捕らえたぞ!」
山伏「思いもよらぬこの有様。はやまって後悔すな」
親分「言い訳ぬかすな。打ち取れ!」
山伏を取り囲み、
大勢「山伏、芋食うな!(動くな)」
宝暦(1751~)の頃誕生した〈座敷俄〉は、オチのおかしみより、オチにいたるまでの筋立て、お囃子のにぎやかさが中心になっている。
茶屋の座敷でするため「人に見せる」ことより、「自分たちで楽しむ」ことが中心で、より〈遊戯性〉が強い。
遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ
(遊びをしようと生まれてきたのか、戯れしようと生まれてきたのか、遊ぶ子どもの声を聞くと、こんなわが身でさえも揺れ動きだす〉
『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』 平安後期の今様(歌謡曲)の集成。