タケ・タケ・エヴリバディ!

当ブログは「竹と生きる・竹を生かす」をメインテーマに、管理人の田舎暮らしの様子をお届けします。

大関松三郎(2)

2022年06月19日 | 読みました!見ました!

以前にこのブログに記事で、長岡が生んだ少年詩人・大関松三郎について書かせていただきました。覚えていらっしゃいますか?この記事です。

その大関松三郎について、「彼をを主人公にした映画があるらしい」「地元の長岡でロケをしたらしい」「どうもフィルムが残っているらしい」という情報があり、その情報を聞きつけた関係者が調査をしたところ、現物(16ミリフィルム)が松三郎の母校である長岡市立黒条小学校と、長岡の視聴覚ライブラリーに保存されていることがわかったようなのです。

そこから先の経緯は大幅に省略しますが、その映画の(非公式な少人数の)試写会が行われることになり、その席にボクも参加させてもらえることになったのです(ホントに大幅な省略だこと)。映画の題名は「ぼくらの村」。これは松三郎の詩集「山芋」の中に掲載されている、「理想の村を作りたい」という主旨の松三郎の詩の題名です。

フィルムと一緒に保存されてたパンフレットに記載されていた、映画の紹介文を転載しますね。


大関松三郎詩集「山芋」からの映画化である。詩集の作者、故大関松三郎は昭和元年、長岡市黒条 (旧古志黒条村)の小作農の三男として生れ、黒条小学校を卒業してからは新潟鉄道教習場へはいり、機関助手を務めたのち志願して海軍通信学校へ入学、昭和19年12月マニラ通信隊に赴任の途中、南シナ海で戦死した。

時にわずか満18才。「山芋」は松三郎が小学校を卒業する時、その一年間に書きためた詩を自分でまとめたもので、当時の担任だった寒川道夫先生(旧高田師範卒、現在は東京の明星学園教諭)の手で戦後の26年に出版され、評判になったものである。「ぼくらの村」は、20年も前の戦時中に、共同経営による農業の機械化の姿を生き生きと描き出したもので、これは100行を越える長い詩である。八木保太郎は今井正監督の「山びこ学校」と「米」の脚本家であり、金子敏、橘裕典の両監督はともに独立プロの新鋭である。


16mmフィルムの映写機で映画を見るなんて、何年ぶりでしょうか。もちろん白黒映画です。おそらく昭和20年代か30年代に撮影された映画だと思うのですが、映画に登場する家や町の様子が、とにかく「懐かしい」の一言に尽きます。「あぁ昔の農家はこんなだったよな」「そうそうこうやって稲刈りをしたあとで”はさがけ”をしてた」「雪国の冬はこうだったよな」そんなシーンの連続でした。いやホント、見てヨカッタですよ。「昭和の時代の雪国・長岡の暮らし」という観点からも、とても価値のある映像だと思います。

「この映画、しっかり後世に残していかなければならないな」と、切に思いました。この映画の題名になった大関松三郎の詩「ぼくらの村」も、ネット上に全文を見つけましたので、紹介しておきます。


ぼくらの村   大関松三郎

ぼくはトラクターにのる
スイッチをいれる
エンジンが動き出す
ぼくの体が ブルルン ブルルン ゆすれて
トラクターの後から 土が波のようにうねりだす
ずっと むこうまで
むこうの葡萄園のきわまで まっすぐ
四すじか五すじのうねをたがやして進んでいく
あちらの方からもトラクターが動いてくる
のんきな はなうたがきこえる
「おーい」とよべば
「おーい」とこだまのようなこえがかえってくる
野原は 雲雀のこえとエンジンの音
春のあったかい土が
つぎつぎとめくりかえされて 水っぽい新しい地面ができる
たがやされたところは くっきりくぎられて
そのあとから肥料がまかれる
種がまかれる
広い耕地が わずかな人と わずかな汗で
いつもきれいに ゆたかにみのっていく
葡萄園の東側にずっと並んでいるのは家畜小屋
にわとりやあひるや豚や兎や
山羊やめんようが にぎやかにさわぎまわり
そこからつづいている菜種畑や れんげ田には
いっちんち 蜜ばちがうなりつづけている
食用蛙や鯉やどじょうのかってある池が
たんざく形に空をうつしながら
菜種畑の黄色とれんげ田の紅色の中に
鏡のように はまりこんでいる
ずっとむこうの川のどてには
乳をしぼる牛や 肉をとる牛があそんでいる
こんなものの世話をしているのは としよりや女の人たち
北がわに大きなコンクリートの煙突をもっているのは
村の工場
半分では肥料を作っているし
半分では農産物でいろいろのものを作っている
あそこから今出て来たのは組合のトラックだ
きっと バターや肉や果物のかんずめや
なわや むしろや かますや 靴なんかをのせているだろう
村でできたものは 遠い町までうられていく
そして南の国や北の国のめずらしいものが
果物でも 機械でも おもちゃでも 本でも
村の人たちの のぞみだけ買ってこられる
組合の店にいってみよ
世界中の品物がびっくりするほどどっさり売っているから
あ、今 工場の右の門から
蜜ばちのようにあちこちとびだしたオートバイは
方々の農場へ肥料を配達するのだ
いい肥料をうんと使って
うんと肥えた作物を作らねばならない
あちらから 静かにくる白い自動車は
病人をのせてあるく病院の自動車だ
「よう恒夫か、足はどうだい」
「もう もとどおりにはなおらんそうだ
それで こんどは学校へはいってな
家畜研究をやっていくことになったんだ」
「おおそうか、しっかりやってくれ、さようなら」
自動車はいく ぼくはトラクターを動かす
病人はだれでも無料で病院でなおしてもらう
そして体にあう仕事をきめてもらうのだ
だれでも働く
みんながたのしく働く
自分の力に かのう仕事をして
村のために働いている
村のために働くことが自分の生活をしあわせにするのだ
みんなが働くので こんなたのしい村になるのだ
村の仕事は 規則正しい計画にしたがって
一日が時計のようにめぐっていく
一年も時計のようにめぐっていく
もう少しで 村のまんなかにある事務所から
交代の鐘がなってくるだろう
そうしたら ぼくは仕事着をぬぎすて
風呂にとびこんで 体をきれいにする
ひるからは 自分のすきなことができるのだ
絵でもかこうか 本でもよもうか
オートバイにのって 映画でもみにいこうか
今日は研究所にいくことにしよう
こないだから やっている 稲の工場栽培は
太陽燈の加減の研究が成功すれば
二ヶ月で稲の栽培ができる
一年に六回 工場の中で
五段式の棚栽培で 米ができるのだ
今に みんなをびっくりさせてやるぞ
世界中の人を しあわせにしてやるぞ
村じゅう共同で仕事をするから
財産はみんな村のもの
貧乏のうちなんか どこにもいない
子供の乳がなくて心配している人なんかもない
みんなが仲よく助け合い
親切で にこにこして うたをうたっている
みんながかしこくなるよう うんと勉強させてやる
学校は 村じゅうで一ばんたのしいところだ
運動場も 図書館も 劇場もある
ここでみんなが かしこくなっていく
これがぼくらの村なんだ
こういう村はないものだろうか
こういう村は作れないものだろうか
いや 作れるのだ 作ろうじゃないか
君とぼくとで 作ろうじゃないか
君たちとぼくたちとで作っていこう
きっと できるにきまっている
一度にできなくても
一足一足 進んでいこう
だれだって こんな村はすきなんだろう
みんなが 仲よく手をとりあっていけばできる
みんなが はたらくことにすればできる
広々と明るい春の農場を
君とぼくと トラクターでのりまわそうじゃないか

 

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