gooブログはじめました!ヨッシーの思いです?

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

要はどれだけその仕事に精通できているかが問題です

2012-08-20 13:15:23 | ビジネス
転職・独立希望者必見!-第二の人生でお金が取れる資格(プレジデントオンライン) - goo ニュース



 確かにつぶしが聞く資格ってなにかと問われれば、それぞれに国家資格から、民間の資格があります。確かに数字に関係するものなら簡単なものなら算盤、簿記、税理士に会計士などありますが、簡単のようですが、結構難しいのです。


 実は、爺は商業学校を出ています。高校2年の時に日本商工会議所認定の1級の算盤と簿記の試験を受けるんです。3級は、1年生の秋に受けます。4級と3級を同時に受けるんです。試験場が通っている学校ですから可能なんです。算盤は、4級は落ちて3級は受かりました。簿記は3級しか受けないので一発勝負です。一年生で商業高校の卒業資格は取れたので本気では受けません。受かればいいなと言う気持が強いのです。今は、どうか知りませんが、当時(昭和43年頃)は、1人受かれば素晴らしい学校であるといわれ位難しかったんです。結論を申しますと1級は落ちたんです。1問あってれば合格と言う点だったそうです。工業簿記は受かっていますが、銀行簿記を含めた総合簿記で1問足りなかったと言う事で落ちたんです。先生はすごくクた叱ったようですが、ご本人には、ダメもとですからちっとも惜しくはありません。だって、合格点が80点だとすると、80点が取れるような勉強もしないし、試験場でも80点は確実に取れる取れると言うつもりですから、30分ぐらいで試験場を退出して、空いた時間を映画館で過ごすんです。


 結局、女の子が1人合格したと聞いたが、どうでもいい話です。あと全国珠算連盟?とか全国簿記協会?と定かでない名称の資格は取れるんですが、爺が出た学校は日商の算盤と簿記が最低3級取れていれば卒業できましたから、あとのへぼの簿記の1級を持っていたところで意味は無いのです。そう言う訳で卒業して社会に出たんですが、最初はぺいぺいですから、経理や事務系志望でもそんな資格もくそもないのです。それが、弁護士や中小企業診断士などなら別でしょうが、そこそこの資格なんて持っていても、社会に出たてには関係ないな、と思ったりしたもんです。転々と職を変えて、某コンピュータメーカの明石工場の事務職の試験を受けたんです。そうしたら、川崎本社に出頭せよとの電話を貰い、川崎に行ったんですが、いきなり、子会社に出向させられ厳しい経理課長に鍛えられ、決算業務に税務申告書や税務調査に立ち会ったり、孫会社の経理関係を一切任されて、実践を積むと資格など関係ないのです。


 孫会社に2年半ぐらいいて、丸の内まで通ったんですが、また、元に帰ってこいと言う事で川崎に戻ったんですが、今度は総務関係の仕事を任され、人事から各種免許登録(不動産業、旅行業)、役員変更など法務局や県庁、市役所、社会保険事務所、職安などなどに行ったりして所謂、行政書士や司法書士の仕事をやっていたんです。今ほど厳しくなく、社長の委任状が在ればできたんです。ですから、今でも、資格はありませんが、仕事はいくらでも出来ます。ようは、そういう仕事に着いたとき、否、どんな仕事であってもその仕事を完全に自分のモノにするほど精通すれば、いくらでも仕事はこなせるんです。そりゃ、資格はあるに超したことは無いのですが、爺は、へぼな司法書士や行政書士や税理士の仕事は出来ます。ただ、独立しての職業に就けないだけです。田舎に帰って、税務監査に4、5回は立ち会ったのですが、指摘事項はありません。ただ、100%の会計処理ってありません。必ず難癖をつけるのが税務署であり、国税局です。田舎だと国税局と聞くと直ぐに社長がおどおどします。そういう時には社長はどこかに行っておればいいんです。必ず、社長がいないといけないと言う事でもありません。どうしてもと言うならば、ちょこっと顔出しして実務は』担当者にとでも言って席を外せばいいんです。最終的には、お互いいくらで落ちどころを探るかが経理担当者と税理士あるいは会計士の仕事なんです。田舎の事ですから何百万でお土産が出来れば御の字ではないかと思ったりして、昔を思い出しています。何もわからない社長が立ち会うとろくな事にはなりません。これ、実際にあった話しです。≪爺≫