ゆうちゃんの独り言

モーツァルトが大好きで毎日欠かさず聴いています。人生の生き方は仏教で毎日般若心経を唱え、時間を見つけて寺巡です。 合掌

■ 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団演奏会を聴いて(ティアラこうとう)♪♪

2010-04-18 17:30:16 | Weblog
 先週、「ティアラこうとう」で開催された東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団演奏
会を聴いてきました。初めて聴くオーケストラでしたが、目的は単純でモーツァルトの交響
曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」とレクイエムK.626が演奏曲目にあったから
です。指揮者は、飯守泰次郎でした。

 人生の時間が残り少なくなってきているので、コンサートを聴きに行く基準として、演奏
曲目にモーツァルトの作品があるかないかで決めるようにしています。限られた時間の中で
出来るだけ良いモーツァルトの演奏を聴きたいという言わば我儘な判断ですが、どうしても
納得の行くモーツァルトに出会いたいというのが、正直な気持ちなのです。

 過去にモーツァルトのレクイエムを演奏会場で聴いたのは1回だけで、それもNHKホー
ルで行われたアーノンクールの指揮によるもので、演奏はウィーン・コンツェントゥス・ム
ジクスした。

 その時の聴いた印象ですが、とても上品で清楚でどちらかというと美しいレクイエムとい
った方が適切かも知れません。個人的には淡白なものではなくもう少し劇的なものを望んで
いたのですが、アーノンクールは淡々と演奏していました。その後、現在までレクイエムを
聴くチャンスがなかったので、今回期待して聴きに行った次第です。

 飯守泰次郎の演奏ですが、昔学生の頃に良く聴きに行った読売日本交響楽団を指揮してい
た若い飯守泰次郎の印象が今でも強く残っています。今回数十年振りに聴いた飯守の指揮で
すが、良い意味での年齢を感じさせる内容になっていました。

 プログラムは先ほど示したモーツァルトの2曲のほかに黛敏郎の「弦楽のためのエッセイ」
の3曲でした。生意気な言い方ですが、演奏内容は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽
団の実力を考えると、それなりの演奏になっていましたが、個人的に望んでいた重厚あるレ
クイエムにはなっていないものでした。

 曲の出だしの弦楽器の部分の扱いはもっと丁寧に慎重に処理して欲しかったし、盛り上が
るべきところは全力の音を出してほしかったと思います。個人的にはモーツァルトのレクイ
エムは全てを出しつくし、また燃え尽きて何も残らない中にぽっかりと空虚なものが心に残
る演奏が理想だと考えています。アーノンクーも今回の飯守泰次郎も、そのような内容のも
のではなかったのが個人的に残念な限りです。

 また、最近のオーケストラの傾向だと思いますが、弦楽器奏者の多くが女性が占めている
ことです。決して女性の演奏が悪いと言っているのではなく、演奏で瞬発力が求められる時
に若干問題があるかなぁと思う程度です。変な表現ですが、自信が無いような運弓からはし
っかりとした弦の音は出ないのです。弦と弓がしっかりとくっついた状態であとは力の入れ
加減とボーイングの技術で心の感情の動きを音として表現できるのです。

 その点、独唱の4名(ソプラノ:日比野 幸、アルト:谷口 睦美、テノール:児玉 和
弘、バス:山下 浩司)と合唱の東京シティ・フィル・コーアは良かったと思います。人間
の声に勝る楽器はないと思います。

 モーツァルトのレクイエムですが、モーツァルト最後の曲として余りにも有名ですが、今
日聴ける内容の約半分はモーツァルト自身によるものですが、残りは弟子のジェスマイアー
が作曲したとされています。どちらが書いたにしろモーツァルト最後の曲なのでそれなりの
内容をキープし、かつ最期に相応しい演奏内容を期待するのは誰もが望むことだと思います。

 全てを聴き終わった後の感想ですが、なにかもやもやとしたものが残るモーツァルトのレ
クイエムでした。6月にダニエル・ハーディング指揮でスウェーデン放送交響楽団とスウェ
ーデン放送合唱団による、モーツァルトのレクイエムを聴きに行きますが、3度目の正直で
今度こそ重厚なレクイエムになるように祈っています。