「雪に願うこと」 2005年 日本
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監督 根岸吉太郎
出演 伊勢谷友介 佐藤浩市 小泉今日子
吹石一恵 香川照之 小澤征悦
椎名桔平 津川雅彦 でんでん
山本浩司 草笛光子 山崎努
ストーリー
矢崎学(伊勢谷友介)は、自分で貿易会社を興し、都会で派手な暮らしに浸りきっていた。
自分の結婚式の際には、調教師として厩舎を経営している兄・威夫(佐藤浩市)だけは仕方なく呼んだが、田舎臭い母を恥じて、死んだと偽っているほどだった。
そんな家族の元へ、学は13年ぶりに帰ってきた。
突然現れた弟を、威夫はあやしく思いながらも、競馬開催中に厩舎の中に入った者は、開催が終わるまで外の出てはいけないという規則があるため、学ぶを厩務員見習いとして皆に紹介し、馬の世話をさせることにする。
厩務には”母さん”こと晴子さん(小泉今日子)や女性騎手の牧恵(吹石一恵)がいた。
そして馬のウンリュウが学に興味を持ち受け入れてくれる。
否定し続けた故郷に学が帰ってきたのは、妻からも絶縁され派手な生活も、友からの信頼も、すべてを無くし行き場を失って、ふるさとである北海道・帯広に戻るしかなかったからである。
そんな中、老人ホームで13年ぶりに再会した母(草笛光子)は痴呆・いわゆる老人ボケになっていた。
学は、胸に迫る後悔と悲しみに声もなく涙がこぼれる。
一方、兄と晴子の間に何かしらの想いがあると感じた学がそれを口にしても、晴子は首を横に振るだけだった。
ウンリュウの世話をしながら学は、やがて馬肉にされてしまう馬に崖っぷちに立たされた今の自分を重ね合わせてウンリュウ再生に賭ける。
そして最後のレースの日がやってくる・・・。
寸評
盛り上がる事の無い映画なのに心の染み入る作品だ。
最後にウンリュウが再び輓馬(ばんば)競争に出るのは当然の成り行きだが、それでもそのレースに照準を当てたドラマ性は排除している。
学と牧恵の恋とか富永(岡本竜汰)との恋の鞘当などがあるわけでもなく、矢崎と晴子に進展があるわけでもない。
それでも、ジワジワと心に感動が染みてきて目が離せない。
「感動」というものを押し付け涙を誘うような演出ではなく、それとは対極の淡々としたさりげない描写を続けることで、それがよけいに余韻に満ちた感動を残してくれた。
ばんえい競馬の厩舎や雪景色、早朝の追い切りの競走馬のシルエット、馬体から湧き上がる湯気など幻想的な風景を写しながら、人々のささやかな希望を描いていく。
そのささやな生き方とささやかな希望が時折語られて、少しばかりのアクセントになっている。
学に兄との結婚を勧められた賄い婦の晴子が「これ以上の幸せを望んだらバチが当たる。帯広に来た時だけ一緒に居られるだけでいい」といった内容の事を語ることなどはそうだし、牧恵が失踪した父がどこかで生きていることを信じて騎手を続けていることなどもそうだ。
力むことなくサラリと語られるのだが、その手法が最初から最後まで貫かれているので、見終わってからもじわじわと味わった感動が押し寄せてくる。
主人公の屈折した思い、兄の持っていきようのない怒り、兄を慕う女性のほのかな思いなどを観客自身に感じ取らせる演出がいい。
それが感じ取れるのは、すべての登場人物の人生と心理描写がきちんと描かれていたからだ。
威夫と学の兄弟、かつての名騎手の娘である女性騎手、厩務員たちといった人々全ての生き様を、この尺の中で描ききっていたのは素晴らしいの一語に尽きる。
完成度の高い映画だ。
ずっと、ずっと以前に僕が競馬をやっていた頃、中央競馬にタニノムーティエという皐月賞、ダービーを勝った名馬がいた。
しかし喉鳴りという病気になって菊花賞を勝てなかった。
追い切りのときに朝もやの向こうからヒューという口笛のような音が聞こえ、やがて響きと共にムーティエが姿を現したそうだ。
レースではそれでも一番人気になって、四コーナーではいつもの大外を回ったが、流石にそこからは伸びなかった。
ファンはそんな必死なタニノムーティエの姿に涙を流し声援を送った。
単なるギャンブルとしてではない競馬にかけたロマンがあったことを思い出した。
迫力あるレースシーンではなかったけど、ウンリュウにはそんな想い出が重なって手に汗握って応援した。
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監督 根岸吉太郎
出演 伊勢谷友介 佐藤浩市 小泉今日子
吹石一恵 香川照之 小澤征悦
椎名桔平 津川雅彦 でんでん
山本浩司 草笛光子 山崎努
ストーリー
矢崎学(伊勢谷友介)は、自分で貿易会社を興し、都会で派手な暮らしに浸りきっていた。
自分の結婚式の際には、調教師として厩舎を経営している兄・威夫(佐藤浩市)だけは仕方なく呼んだが、田舎臭い母を恥じて、死んだと偽っているほどだった。
そんな家族の元へ、学は13年ぶりに帰ってきた。
突然現れた弟を、威夫はあやしく思いながらも、競馬開催中に厩舎の中に入った者は、開催が終わるまで外の出てはいけないという規則があるため、学ぶを厩務員見習いとして皆に紹介し、馬の世話をさせることにする。
厩務には”母さん”こと晴子さん(小泉今日子)や女性騎手の牧恵(吹石一恵)がいた。
そして馬のウンリュウが学に興味を持ち受け入れてくれる。
否定し続けた故郷に学が帰ってきたのは、妻からも絶縁され派手な生活も、友からの信頼も、すべてを無くし行き場を失って、ふるさとである北海道・帯広に戻るしかなかったからである。
そんな中、老人ホームで13年ぶりに再会した母(草笛光子)は痴呆・いわゆる老人ボケになっていた。
学は、胸に迫る後悔と悲しみに声もなく涙がこぼれる。
一方、兄と晴子の間に何かしらの想いがあると感じた学がそれを口にしても、晴子は首を横に振るだけだった。
ウンリュウの世話をしながら学は、やがて馬肉にされてしまう馬に崖っぷちに立たされた今の自分を重ね合わせてウンリュウ再生に賭ける。
そして最後のレースの日がやってくる・・・。
寸評
盛り上がる事の無い映画なのに心の染み入る作品だ。
最後にウンリュウが再び輓馬(ばんば)競争に出るのは当然の成り行きだが、それでもそのレースに照準を当てたドラマ性は排除している。
学と牧恵の恋とか富永(岡本竜汰)との恋の鞘当などがあるわけでもなく、矢崎と晴子に進展があるわけでもない。
それでも、ジワジワと心に感動が染みてきて目が離せない。
「感動」というものを押し付け涙を誘うような演出ではなく、それとは対極の淡々としたさりげない描写を続けることで、それがよけいに余韻に満ちた感動を残してくれた。
ばんえい競馬の厩舎や雪景色、早朝の追い切りの競走馬のシルエット、馬体から湧き上がる湯気など幻想的な風景を写しながら、人々のささやかな希望を描いていく。
そのささやな生き方とささやかな希望が時折語られて、少しばかりのアクセントになっている。
学に兄との結婚を勧められた賄い婦の晴子が「これ以上の幸せを望んだらバチが当たる。帯広に来た時だけ一緒に居られるだけでいい」といった内容の事を語ることなどはそうだし、牧恵が失踪した父がどこかで生きていることを信じて騎手を続けていることなどもそうだ。
力むことなくサラリと語られるのだが、その手法が最初から最後まで貫かれているので、見終わってからもじわじわと味わった感動が押し寄せてくる。
主人公の屈折した思い、兄の持っていきようのない怒り、兄を慕う女性のほのかな思いなどを観客自身に感じ取らせる演出がいい。
それが感じ取れるのは、すべての登場人物の人生と心理描写がきちんと描かれていたからだ。
威夫と学の兄弟、かつての名騎手の娘である女性騎手、厩務員たちといった人々全ての生き様を、この尺の中で描ききっていたのは素晴らしいの一語に尽きる。
完成度の高い映画だ。
ずっと、ずっと以前に僕が競馬をやっていた頃、中央競馬にタニノムーティエという皐月賞、ダービーを勝った名馬がいた。
しかし喉鳴りという病気になって菊花賞を勝てなかった。
追い切りのときに朝もやの向こうからヒューという口笛のような音が聞こえ、やがて響きと共にムーティエが姿を現したそうだ。
レースではそれでも一番人気になって、四コーナーではいつもの大外を回ったが、流石にそこからは伸びなかった。
ファンはそんな必死なタニノムーティエの姿に涙を流し声援を送った。
単なるギャンブルとしてではない競馬にかけたロマンがあったことを思い出した。
迫力あるレースシーンではなかったけど、ウンリュウにはそんな想い出が重なって手に汗握って応援した。