おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

醉いどれ天使

2020-06-19 08:08:40 | 映画
いよいよ「よ」です。


「醉いどれ天使」 1948年 日本


監督 黒澤明
出演 志村喬 三船敏郎 山本礼三郎
   中北千枝子 木暮実千代
   千石規子 飯田蝶子 進藤英太郎
   殿山泰司 堺左千夫 久我美子
   笠置シヅ子 清水将夫 城木すみれ

ストーリー
駅前のヤミ市附近のゴミ捨場になっている湿地にある小さな沼、暑さに眠られぬ人々がうろついていた。
これら界わいの者を患者にもつ「眞田病院」の赤電燈がくもの巣だらけで浮き上っている。
眞田病院長(志村喬 )はノンベエで近所でも評判のお世辞っけのない男である。
眞田はヤミ市の顔役松永(三船敏郎)が傷の手当をうけたことをきっかけに、肺病についての注意を与えた。
血気にはやる松永は始めこそとり合わなかったが、酒と女の不規則な生活に次第に体力の衰えを感ずる。
松永は無茶な面構えでそっくり返ってこそいるが、胸の中は風が吹きぬけるようなうつろな寂しさがあった。
しめ殺し切れぬ理性が時々うずく、まだシンからの悪になってはいなかったのだ。
「何故素直になれないんだ病気を怖がらないのが勇気だと思ってやがる。おれにいわせりゃ、お前程の臆病者は世の中にいないぞ」と眞田のいった言葉が松永にはグッとこたえた。
やがて松永の発病により情婦の奈々江(木暮実千代)は、カンゴク帰りの岡田(山本礼三郎)とけったくして松永を追い出してしまったため、眞田病院のやっ介をうけることになった。
松永に代って岡田勢力が優勢になり、もはや松永をかえりみるものもなくなったのである。
いいようのない寂しさにおそわれた松永が一番愛するやくざの仁義の世界も、すべて親分の御都合主義だったのを悟ったとき、松永は進むべき道を失っていた。
ドスをぬいて奈々江のアパートに岡田を襲った松永は、かえって己の死期を早める結果になってしまった。
ある雪どけの朝、かねてより松永に想いをよせていた飲屋ひさごのぎん(千石規子)が親分でさえかまいつけぬ松永のお骨を、大事に抱えて旅たつ姿がみられた。


寸評
「醉いどれ天使」の題名が示すように主人公は志村喬の医者であるが、圧倒的な存在感を示しているのはヤクザの松永を演じた三船敏郎である。
三船はこの役で世に出たといっても過言ではない。
暴力否定のテーマがはっきりと打ち出されているのに、三船の野性味あふれる強烈な存在感は半ばそれを吹き飛ばして、逆に暴力とニヒリズムの魅力をスクリーンいっぱいに発散させている。
時代は終戦後まもない時期で、日本がこれから復興していこうとしている時期である。
明日への希望を託したのが、三船の松永と対照的に同じ結核に罹りながらも眞田の言い付けを守り着実に治癒していく女学生(久我美子)だ。
混沌とした社会の中に秩序が回復していくことを願っていたのだと思う。
ラストシーンで、ドヤ街の雑踏の中に眞田医師と腕を組んで消えていく女学生の姿がそれを象徴していた。

闇市のオープンセットはなかなか立派(?)なもので、水たまりからメタンガスが吹き出す細かい描写もある。
このセットから生み出される戦後の混乱と貧しい社会の様子も映画に雰囲気をもたらしている。
劇中で笠置シヅ子演じる歌手が歌う「ジャングル・ブギー」は、監督・黒澤明が作詞し服部良一が作曲したものだが、当時の笠置のエネルギッシュな芸風がうかがわれ、芸能史の一面を垣間見ることができる。

三船の松永は根っからの悪人ではない。
病気を怖れる普通の人間がもっている気持ちがあることを眞田医師にも語らせている。
彼はこの街を取り仕切るヤクザの顔役で、街ゆく人も彼を避けて通るし、商店の人は彼に頭を下げることを常としている。
しかし、出獄して来た兄貴分の岡田(山本礼三郎)が現れるとその地位が低下していく。
縄張りも岡田にとられそうだし、情婦の奈々江(木暮実千代)も岡田に乗り換えそうだ。
キャバレーの女たちも松永は落ち目だと噂する。
この主客転倒する様子がヤクザ社会の上下関係による確執を表していて面白い。
ただ、松永と岡田がバクチで大金を張り合って競うのは、同じ組の者同士のやりとりなのだから少し不自然に思ったのだがなあ・・・。

志村喬は後年の「生きる」に繋がる演技だし、松永と岡田の対決シーンの光の使い方なども後年の「羅生門」に繋がる演出だったように思う。
モノクロ映画なので、松永と岡田が対決するアパートの場面では白いペンキが効果的に使われていた。
お互いにハアハアと息を上げていき殺し合うのだが、転がりながら逃げ惑う度に白いペンキにまみれていく。
二人とも無様な格好で、その描き方にも暴力否定の感情が込められていたと思う。
三船のメイクはオーバーだが、ギョロリとむいた目とは不思議とマッチしていて、この男のニヒル感を盛り上げていた。
山本礼三郎の岡田はギターを奏でるおかしなキャラクターだったが、こちらも三船に負けず目ん玉をギョロリとさせて、目の玉共演を競い合っていて印象に残る。