あなたから一番遠いブログ

自分が生きている世界に違和感を感じている。誰にも言えない本音を、世界の片隅になすりつけるように書きつけよう。

オリンピック招致への疑惑

2013年09月06日 21時17分18秒 | Weblog
 マスコミはあげてオリンピック招致の話題で持ちきりだが。

 ぼくは前にも書いたようにオリンピックの東京招致に反対だ。たぶん以前はかなりの人が反対していたと思うが、いつの間にか「全員賛成」みたいな雰囲気になってしまった。今ではテレビで反対を口にする人は皆無になった。
 現在の反喫煙の風潮に対して「禁煙ファシズム」と言う人たちがいるが(ぼくはそれは全く違うと思うが)、今やオリンピック・ファシズムなのではないかと思えるほどだ。

 開催地決定直前になって、いよいよこの「オリンピック招致」の怪しさがますます強まっている。

 その一番の原因は安倍政権の異様なまでの力の入れようにある。
 おそらく国際政治において最も重要な会議のひとつであろうG20を一日で「早退」してまで安倍首相はIOC総会に行く。しかも集票のために「唯一の同盟国」アメリカのシリアへの軍事行動への支持表明さえ控え、ロシア、中国、韓国と関係修復を演出して見せた。

 さらに宮内庁の反対を押し切って久子妃を引っ張り出し、皇族の政治利用を強行した。これはまた集団自衛権の容認と同様に、解釈改憲=麻生氏の言うナチスの手法を使った強権的な実質改憲でもある。

 こうした安倍政権のオリンピック招致への異様な執着ぶりを最も表しているのは、福島原発の汚染水対策に政府が全面に立つと宣言したことである。
 まさにこれこそ、IOC委員の最大の関心事である放射能汚染への疑念を封じ込めるためのポーズだ。そもそもここで政府が言っているのは本当に口だけで、実質的には喫緊の汚染水の流出阻止に政府が関わろうという話ではない。
 しかも、もし本気で汚染水問題に取り組むつもりがあるのなら国会で国民的論議をおこなうことが重要だが、安倍政権はオリンピック招致に弊害があると判断し、衆院経済産業委の閉会中審査を先送りにした。いったい誰のためのどこを向いた汚染水対策なのか。

 なお、あまり誰も話題にしていないが、真面目に科学的な意味で最も危険なのは、実は巨大地震である。
 もう大地震は来ないと思っているかもしれないが、現代の地震学、火山学の研究成果によれば、M9クラスの巨大地震が起こった後、10年以内にそれに誘発されたM7~8クラスの大地震が起きるとされている。今回の東日本大震災のケースだと、その地震は千葉、東京、神奈川、静岡のライン上で発生する可能性が高い。
 東京が大きなダメージを受ける危険性が高いのだ。さらにこんなことは考えたくないが、その地震の余波で福島の事故現場で二重事故が起きるかもしれない。
 こうした情報は、オリンピックと全く切り離されたところでは報道もされているのだが、なぜかマスコミはそこを結び付けようとしない。IOC委員もおそらく知らされていない。

 ロイターの記者が東京発で書いた記事に、オリンピック誘致がアベノミクスの成否にかかわり、安倍・自民政権の支持率に直結しているという分析がある。オリンピックが誘致できないと株価が下落しアベノミクスが失敗し、消費税増税も出来なくなるというのである。
 もしそうなら、まさに久子妃問題は完全な政治利用である。

 一方では、自民党が青天井の公共事業拡大に向かう状況下で、地方ではオリンピックを起爆剤に停滞している「ハコモノ」事業の活性化を期待しているところも多い。こうしたところでは、税金の無駄遣いなどという話ではなく、開発による自然環境破壊の問題が発生する危険も大きい。

 ただ、ぼくが一番いやな感じがするのは、安倍氏が目指していることがオリンピックの経済効果などではないかもしれないというところにある。
 ただ景気浮揚のためにオリンピックを誘致したいというだけなら、言って見れば普通のことだが、参院選後の安倍氏を見ていると、何か大きなタガが外れたような危険な感じを受けるのである。
 第二次世界大戦直前に大々的に行われたのは、あの有名なベルリン・オリンピックである。ヒトラーが全面的に演出しナチスの力を内外に誇示したイベントとなった。
 そしてその次のオリンピック開催予定地だったのが東京である。日本もこの場を利用して国力を誇示する予定であった。戦争が始まってしまいオリンピックは中止になったが、そのかわりに日本政府が行ったのが紀元2600年祭であった。
 不気味なのは、G20とオバマの支持要求を蹴ってまで、オリンピック招致を優先した安倍氏の行動である。ぼくの勘でしかないが、何か今までとは違うニュアンスを感じる。

 いずれにせよ、原発問題も震災復興も何も進んでいないのが日本の現状である。もし仮にオリンピックで景気が浮揚するとしても、結局その恩恵は上から順番に下りていくのであって、最も困っている人たちに届くのは最後の最後か、むしろ最後まで残らず何も回っていかないかもしれない。
 大きな赤字を抱えた家の主人が、何とかしようと競馬に大きく賭ける。当然大穴は当てられず、親父は一気に破産、一家は離散。あのとき競馬にかけたカネを地道に使っていた方がずっとよかったと後悔する。それが当たり前の世の中である。
 国民を路頭に迷わせようとする指導者は絶対にいてもらっては困る。
コメント (1)
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