次々に明るみに出る「五輪汚職」の闇。そのシンジケートの中心に元首相がいることをいち早く報じたノンフィクション作家・森功氏が、さらなる追及レポートを放つ。(文中敬称略)
>最大の注目は、角川とも密会した森の登場だ。今のところ、AOKI200万円の現金授受や接待、贈答品だけで首相経験者を検挙するのは難しい、という声が大勢を占める。が、検察には、決定打となる隠し球があるのではないか、という向きもいる。
9/16/2022
写真】夜、報道陣も多数、特捜部の家宅捜査を受ける、石板貼りの柱や壁も目立つKADOKAWA本社
* * *
県知事の馳浩や北國新聞社主に会う予定が入っていた森喜朗(85)は、その日早朝7時過ぎ、東京駅から北陸新幹線グランクラスで石川県に向かった。奇しくも朝日新聞が一面に「森元首相を参考人聴取」という特ダネを載せた9月8日である。
森は8月下旬から9月初めにかけ、東京地検特捜部からホテルオークラで3回事情聴取されている。それが終わったすぐあとに元気に地元入りしているから、検察首脳はメンツをつぶされた思いではなかろうか。
東京五輪・パラリンピックをめぐる汚職事件捜査が、新たな展開を見せ始めた。大会組織委員会元理事の高橋治之(78)が、電通時代の後輩である深見和政(73)の経営するコンサルタント会社を通じて出版大手「KADOKAWA」から賄賂を受け取っていたという。
特捜部は高橋を再逮捕し、深見を受託収賄の身分なき共犯と見立て、贈賄側のKADOKAWA元専務で顧問の芳原世幸(64)と同社幹部の馬庭教二(63)とともに逮捕した。馬庭は五輪のスポンサー契約窓口「2021年室」元室長だ。
賄賂の受け皿となったコンサルタント会社名は、AOKIホールディングスのときの「コモンズ」にちなんだ「コモンズ2」だ。その株式の80%を深見が保有し、高橋もまた株主となってきた。KADOKAWAが2019年4月に協賛金2億円超で五輪のスポンサーに決まったあとの7月以降、10回に分けてコモンズ2に計約7600万円を振り込んだとされる。特捜部はそれが五輪スポンサーへの見返りだと睨んでいる。
先のAOKI、広告代理店「大広」の1400万円という3ルート合わせて1億4100万円が高橋側に渡っている。まだまだ広がりそうな五輪汚職において、やはり関心事は森の動向だ。
裏工作のキーパーソン
AOKIと森の接点はこれまで書いてきたが、今度のKADOKAWAルートにも森が登場する。順を追って見ていくと、五輪の開催決定が2013年9月だ。そこから出版枠のスポンサーになろうと、KADOKAWAが手を挙げる。当初はそこにもう1社「講談社」が加わっていた。報道では2社がいっしょにスポンサーになるべく、働きかけたように書いているところもある。が、五輪スポンサーは1業種1社とされ、当初、2社は競合関係にあった。捜査関係者が説明する。
「2社は別々に出版物などの計画を考え、2015年中にはそれを申請書としてまとめ、電通を通じて五輪の組織委員会に提出しています。ところが、2016年に入り、KADOKAWA側から講談社側に『いっしょにやりませんか』という提案があった。互いのトップ同士の話です。KADOKAWAの角川歴彦会長が講談社の野間省伸社長に打診したとされています」
KADOKAWA創業家の角川といえば、ワンマン経営者として知られる。元専務の芳原や元「2021年室」室長の馬庭の逮捕の前日、こう記者会見した。
「現場のやったことでやりとりは知らないが、(贈賄は)ありえない」
まるで事件にノータッチであるかのように話していた。が、それこそそんなことはありえない。それを如実に物語る場面が、2017年5月に東京・赤坂の高級料亭で開かれた関係者の密会である。
会合は組織委員会の元理事高橋が呼びかけた。判明しているだけで参加者は7人いる。高橋自身をはじめ、出版社はKADOKAWAの角川と逮捕された元専務の芳原、講談社の野間、電通側ではコモンズ2の深見、高橋の後輩にあたる元電通スポーツ局長、そして元首相の森喜朗である。
このときの会合は、五輪汚職を語るうえで極めて重要だといえる。元電通スポーツ局長は高橋と同等のスポーツビジネス界における有名人だ。東京五輪招致で暗躍した。
たとえば東京五輪をめぐっては、日本オリンピック委員会(JOC)による元国際陸上競技連盟(IAAF)に対する招致の裏工作疑惑も浮上した。JOCが2013年7月と10月の2度にわたり、国際陸連のマーケティングコンサルタントだったパパ・マッサタ・ディアクに230万ドル(約2億5000万円)を渡していた事実が判明。パパ・マッサタは陸連会長のラミーヌ・ディアクの息子である。
当時のJOC会長・竹田恒和が国会に呼ばれ、「コンサル料」だと言い逃れた。このとき高橋とともに裏工作に奔走したキーパーソンが、この元スポーツ局長なのである。陸連会長のディアクと電通が交わした契約書には、元スポーツ局長が署名していた事実まで発覚している。
2017年の赤坂・料亭の密会は東京五輪における重要人物が集った。2016年には高橋の考案したトータル5億円のスポンサー料スキームができ、それも組織委員会に提出されていた。組織委員会会長の森喜朗はまさに赤坂会合のメインゲストである。
森の反対で講談社が五輪のスポンサーを辞退したかのような報道もあったが、それは事実と異なる。高橋が講談社嫌いの森と社長の野間を引き合わせ、五輪に協力させようとした。それが密会のテーマだ。 「オタクの雑誌でずいぶん酷いことを書かれてきたからな」
そう嫌味を言う森に対し、野間は苦笑いして受け流したという。その甲斐あってか、講談社もいったんKADOKAWAとの共同スポンサーについて検討をするようになったという。
ステーキ店常連の議員
そこから一転、講談社がスポンサーを辞退すると決めたのは2018年になってからだ。原因はコンサルタント料名目の高橋への支払いスキームだった。捜査関係者が打ち明ける。
「いつの時点なのか、そこがやや曖昧ですが、講談社側はKADOKAWAから高橋のスキームを提案されたらしい。それがトータル5億円の資金工作です。うちKADOKAWA側が2億8000万円のスポンサー料と7000万円のコンサル料、講談社側が1億2000万円のスポンサー料と3000万円のコンサル料という内訳。さすがにそれには危なくて乗れない、というのが講談社の判断だった」
スキームのうちコンサルタント料が、五輪のスポンサーになるための高橋への賄賂にあたる。仮に講談社側が乗っていたら、KADOKAWAと同じくアウトだったに違いない。KADOKAWA側もうすうす危ないと感じていたのであろう。五輪に関するコンサルタント料名目だけでは、請託と受け取られかねない。そこで、「大阪万博」や「ラグビーW杯」「IR(カジノを含む統合型リゾート)構想」という3つの項目を支払い理由に加えている。今となっては、それが姑息な隠ぺい工作としか映らないが、それほど危険なスキームだったといえる。
KADOKAWAに経緯を訊いたが、「コメントを控えさせて頂きます」(広報部)と回答。一方の講談社は「東京オリンピック・パラリンピックのオフィシャルサポーター契約を社内で検討したことはありますが、ビジネス上の理由から見送りました」(広報室)と答えた。
そして高橋の提案を断わった講談社は難を免れ、KADOKAWAは贈賄罪に問われた。9月14日、特捜部のメスは角川歴彦会長にまで及んだ。しかし、ことはこれだけで終わりそうにない。
最大の注目は、角川とも密会した森の登場だ。今のところ、AOKI200万円の現金授受や接待、贈答品だけで首相経験者を検挙するのは難しい、という声が大勢を占める。が、検察には、決定打となる隠し球があるのではないか、という向きもいる。
なにより捜査はこの先まだまだ続く。今のところ現役の電通幹部も摘発されていない。どこまで事件は広がるのか、なかなか予測がつきにくいのである。
高橋が経営する高級レストラン「ステーキ そらしお」(8月末に閉店)では森と同じく、菅義偉政権のデジタル担当大臣、平井卓也も常連だった。電通のサラリーマンから国会議員に転身した平井は、東京五輪とも無縁ではない。
「平井さんは新型コロナウイルス対策として、五輪で海外から入国した人を追跡するシステムを導入すると言い、電通にそれをやらせようとした。そこも注目されています」(事情通)
電通ほどではないが、五輪で巨大な利益をあげてきた企業は数えきれない。東京地検特捜部はさまざまな角度から捜査を進めている。
【プロフィール】 森功(もり・いさお)/ノンフィクション作家。1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。新潮社勤務などを経て2003年よりフリーに。2018年、『悪だくみ──「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。近著に『菅義偉の正体』『墜落「官邸一強支配」はなぜ崩れたのか』など。 ※週刊ポスト2022年9月30日号