平井氏は、事故についても話している。日本で昨年の福島原発の以前に、スリーマイル島やチェルノブイリに匹敵する大事故が起きていると言っている。
「1989年 東京福島第二原発で世界初の再循環ポンプがばらばらになった大事故。
1991年関西電力の美浜原発で細管が破裂。放射能を直接大気中や海に放出した大事故。」
この事故は、原発の安全を守るための最後の砦であるECCSという緊急炉心冷却装置が自動的に作動しなくて。手で止めなければならなかったと言う事故。私は停まったから問題ないのではと思ったが、よく聞くと、やっぱりとんでもない事故だったのだと分かる。日本が誇っていた多重安全弁が次々と効かなくて原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て空だき寸前になるところだった。あと、0.7秒でチェルノブイリになるところだった。事故があったのは土曜日。たまたまベテランの職員が来ていて自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めていた。世界を巻き込むような大事故に至らなかったのは運がよかっただけ。
この事故は、1億数千万人を乗せたバスが高速道路を100キロ以上のスピードで走っているのに、ブレーキがきかなくて、サイドブレーキもきかなくて、壁にぶつけてやっと止めたと言うような大事故だったとたとえてくれました。
この事故の原因は2ミリくらいの何千本もある細管が振動で接触しないように細管にについている触れ止め金具が、設計道理に入っていなかったのが原因。施工ミス。そのことが、20年近い何回もの定期検査でも見つからなかった。定期検査のいい加減さがここでもわかる。入らなければ切って捨てる、引っ張ってのばして合わせるという、設計者が信じられないような事が、現場では当たり前行われているという音は、前にも書いた通りだ。
「1995年12月8日に福井県敦賀にあるもんじゅでナトリウム漏れの大事故があった。これまでも何度も事故を起こしてきたもんじゅ。 今、福島の原発事故で、冷却水の事がずっと言われてきた。この冷却してないとメルトダウンで、と大騒動だったわけだが、その冷却水の代わりが、もんじゅでは、ナトリウムなのである。だから、ナトリウム漏れというのは、今の福島と同じ状況になるとんでもない事故だったわけだ。こんな大事故だったのに、私達、否私には、重大事故だったという印象ではない様に伝わっている。それはどうしてだろう。私がうちであったことは確かだ。だが、マスコミ報道も、国も、そんな重大事故という取り扱いではなかった。原発の事故に対しての危機感がほとんど消えさせられていた。
ちゃんと反省して、襟を正しなさいよ。僕だって、こんなにいい姿勢ですよ~
このもんじゅは、事故を起こしては、修理して、再稼働したかと思ったらまたすぐに事故を起こしてと、なんどもくりかえしている。すごい金食い虫だ。こんなに何度も事故を繰り返しているものは、普通は欠陥商品でやめるんじゃないの。なのに、やめようとしない。現在も、再稼働の方向で、色々と動いている。
2月16日付の中日新聞にもあったが、もんじゅの再稼働と引き替えに、地元が臨んでいる北陸新幹線賀取引されようとしている。それまで国は北陸新幹線には難色。地元が、今もんじゅの再稼働で難色を示している。ここに来て急に新幹線の話が進もうとしている。それも、全て原発地区を通る路線で。
本当に新幹線がいるかどうかの論議でない。沖縄の基地のでも感じたし、この原発地域のでも感じたが、いつも、札束で、横っ面ひっぱたたいて、国の言うことを効かせていくようなやり方だ。