里山悠々録

里山の家と暮らし、田んぼや畑、そして水墨画のことなどを記録していきます

水墨画「三陸海岸 北山崎」

2024年02月12日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3   

三陸海岸とは、宮城県東部の石巻市から青森県南東部の八戸市に至る数100㎞に及ぶ海岸です。
そして三陸とは、かつての呼称、南から陸前、陸中、陸奥に由来します。
以前は、陸中海岸として国立公園に指定されていましたが、東日本大震災による津波で大きな被害を受けたことを受け、名称が三陸復興国立公園となりました。
その三陸復興国立公園の北部、岩手県久慈市と宮古市の中間地点、田野畑村に北山崎(きたやまざき)があります。
高い断崖絶壁に奇岩、怪石、洞窟などが続く三陸海岸の代表的景勝地の一つです。
いわゆる「やませ」の常襲地帯で、夏に冷たい風や濃霧に覆われることもあります。
数年前に訪ねた折りは、「やませ」ではありませんでしたが、遠くは霞んでいました。
展望台からの眺望をモチーフに水墨で描いてみました。
展望台から長い階段を下ると海面際に降りることができるらしいのですが、行かないでしまったのは残念でした。
これは、同じく三陸海岸の南部、宮城県気仙沼市唐桑の「巨釜半造(おおがまはんぞう)」をモチーフに描いた水墨画。

何年か前の墨画展への出品作ですが、再掲してみました。
過日、東尋坊を描いた時と同様、激しい波しぶきを表現するのに、墨で描く前にドーサ液を吹きました。
しかし、波しぶきだけでは迫力が出ず、さらに横殴りに叩き付ける雨を加え、描き直したものです。

水墨画「怒濤の東尋坊」

2024年02月05日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3   

険しい柱状節理の岩壁がそそり立つ福井県の名勝「東尋坊」。
一方で、事件や自殺の名所、サスペンス小説や映画、ドラマの舞台としても知られます。
この度の能登半島地震でこちらまで影響がなかったようなら幸いですが。
その昔、悪行を重ねる東尋坊に手を焼いた僧達が東尋坊を岩壁の上から海へ突き落とし、それから四十九日が過ぎるまで海は大荒れになったと伝わります。
小生が、10年ほど前に訪ねた折りは、好天で海は穏やか、遊覧船で海側からゆったりと見学しました。
東尋坊が穏やかな海ではどうにも絵にならないと感じてしまうのは小生の偏見でしょうか。
波が激しく打ち付ける東尋坊を海側から描いてみようとしました。
激しい波しぶきを表現するのに、墨で描く前にドーサ液を吹き飛ばしてみました。
過去にも同様の手法で波しぶきを表現したことは何度かあります。
ドーサ液は薄い膠(にかわ)液に明礬を混ぜた透明の液体で白抜きのために用います。
出来上がりの予測は大変難しく、思ったような綺麗な白抜きとはならなかったようです。


水墨画「輪島の白米千枚田」

2024年01月29日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3   


大きな被害をもたらした能登半島地震。
改めてお亡くなりになった方々に哀悼の誠を捧げますとともに被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
能登を訪ねたのは10年程前になります。3度目だったでしょうか。
輪島では朝市はすでに終わっていましたが、輪島塗の工房や時国家、總持寺祖院などを訪ねました。
何れも甚大な被害を受けたことを映像で知り、大きな衝撃を受けました。
白米千枚田も被害は免れないだろうと推測していました。過日、被害の状況を捉えた映像を見ました。
復旧には大きな困難を伴うことでしょう。東日本大震災では我が家の田んぼも例外ではありませんでした。
当時、土手や畦の崩落は応急措置で何とか作付けに間に合わせました。
地盤の沈下は如何ともしがたく、未だ完全には元に戻っていません。
全国で千枚田と名の付く田んぼはどのくらいあるのか、おそらく白米千枚田が最も有名でしょう。
日本海に面し、1000枚を超える小さな田が重なる風景は正に絶景。
当時の写真が手元に残っていました。


これはすぐ近くの道の駅から撮ったものと思います。まだ整備途中だったような記憶があります。
これをモチーフに描いてみました。
千枚田を水墨で描くのはとても難しい。
ちなみに小生が最も感動した千枚田は、数年前に南紀を旅した折り訪ねた「丸山千枚田」。
正に天空の千枚田とも言うべき絶景。それをモチーフに初めて描いた千枚田です。
不出来ながら再掲してみます。
   

水墨画「蔵王の御釜」

2023年09月17日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3  

7月山形を訪れた帰路、絶好の条件で「蔵王の御釜」を見ることができました。
当地方では蔵王は蔵王山(ざおうざん)と呼ばれることが多いのですが、蔵王山と言う単独峰はありません。
北東の山形県側から南西の宮城県側に多くの峰々が連なる連峰です。
最高峰の熊野岳は山形県側、蔵王のシンボル的存在の「御釜」は宮城県側にあります。
「御釜」一帯はカルデラで、外輪山の東側が崩壊しているため馬蹄形になっています。
この外輪山の内側に五色岳があり、西側中腹の爆裂火口の底に水が溜まってできたのが「御釜」です。
この独特の釜の形状とエメラルドグリーンの湖面が神秘的な雰囲気を醸し出しているのでしょう。
湖面の色は火山活動や水中の化学反応、太陽光線の当たり具合などで微妙に変化します。
そのため別名「五色湖」あるいは「五色沼」と呼ばれることもあります。
「御釜」の姿は見る位置により変わりますが、これは展望台から少し刈田岳に登った辺りから見たものです。


水墨画「那智の滝」

2023年07月30日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3   

数年前、南紀を旅し、熊野三山をお参りしました。その一つが那智大社です。
すぐ側に落差が日本一とされる那智の滝があります。
滝は豪快と言うより優雅といった表現が合いそうです。
50年ほど前に訪ねた時は水量が少なくなっていましたが、その時よりは大分多くなったと感じました。
特徴的なのが周囲が杉の立木に囲まれていることです。
滝を描いても、何処の滝かは分からないものですが、滝のすぐ側まで杉の木が立っているのは他ではあまり見ません。
南紀を旅した折り、印象に残る風景の一つです。
過日、山形の最上から庄内まで足を伸ばしました。
通常、このルートを行くなら殆ど外さないのが羽黒山です。特に五重塔は素晴らしい。
これまで何度か訪ねているので敢えて今回は外しましたが、当地方で印象に残る第一は羽黒山五重塔です。
京都や奈良などでも五重塔は結構な数を見ていますが、小生はここが一番と思っています。
杉木立の中に佇む姿は孤高の塔と言うべきでしょうか。
これは、数年前に所属する社中の墨画展に出品したもの。題名は「羽黒山五重塔」
画仙紙 全紙2/5   

すでに投稿済みですが、このたび山形を訪ねたので再掲してみました。

水墨画「潮岬」

2023年07月02日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3  

数年前、南紀を旅した折りに訪ねた潮岬を水墨画で描いてみました。
潮岬には過日投稿した「天空の千枚田」のモチーフ丸山千枚田の前日に訪れました。
この時の旅の一番の目的は水墨の題材をストックすることでした。
JRで三重の松坂まで行きレンタカーで串本に直行。橋杭岩の奇岩を鑑賞し、大島に渡り夕日を堪能したことをよく憶えています。
当日は串本に宿泊し、翌日潮岬に。
ほぼ半世紀ぶりでしたが、昔の記憶は殆どありません。しかし、やはり潮岬は外せないでしょう。
本州最南端の地で、眼前に広がる雄大な風景は見事。
観光タワーから360度見渡せる風景は、なるほど地球が丸いことを実感できました。
ところで、潮岬が串本町に属していることを、それまで知らずにいました。
この串本町は小生がよく元気を頂いているハゲボウシさんのご実家があるところ。
ハゲボウシさんは千葉と串本の二刀流をこなすスーパーマンですが、しばらく投稿が途絶えているのは寂しい。エールを送ります。


水墨画「天空の千枚田」

2023年06月25日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3  

数年前に南紀を旅した折り、丸山千枚田を訪ねました。
今改めて顧みて、現地での性能の悪いスマホからの投稿だったため、その時の感動を十分に記していないようです。
過日、拓さんのブログを拝見し、当時の感動を呼び起こして頂きました。
拓さんは当地を度々訪ねられており、絶景を伝えて下さいます。
それでもご本人は未だ満足できる写真をものにしていないと仰います。
小生、この画は当地をモチーフに暫く前に描いたものですが、満足できず放置していました。
しかし、満足できなくても記録に留めるべきと思い直し、この度裏打ちしてみました。
実は、当時は当初から旅のコースに入れていたわけではありません。
事前の予備知識は多少あったものの、先ずは瀞峡でジェット船に乗るつもりでした。
半世紀ほども前、瀞峡でジェット船(当時はプロペラ船?)に乗った時のことが忘れ難く、画の題材に格好と思っていたからです。
ところが、台風災害の影響でジェット船の運行が休止になっていました。
そこで、急遽近くの丸山千枚田を訪ねることにしたのでした。
瀞峡に行っていれば丸山千枚田を見ることはなく、これほどの感動を得ることもなかったでしょう。
たまたま往路はメインの道路ではなく苦労してたどり着いた記憶があります。
そして、偶然集落の方々とお話しする機会に恵まれ、ご苦労話しを窺い、互いにエールを交換し感動に拍車をかけたのでした。



水墨画「犬吠埼」

2023年02月26日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3  

怒濤の波しぶきを上げる犬吠埼を描いてみました。
激しい波しぶきを表現するため、ドーサ液を利用しました。
ドーサ液は膠(にかわ)の薄い溶液に少量の明礬を溶かしたもので、白抜きするために用います。
前もって波しぶきの上がる部分にドーサ液を吹き飛ばしておきます。
これまでも何度かドーサ液を用いて描いていますが、加減が難しい。今回は少ししつこ過ぎたかもしれません。
犬吠埼は、関東最東端に位置する銚子の太平洋に突出した岬です。
犬吠埼を訪れたのは7、8年前になるでしょうか。6月だったと思います。
怒濤打ち寄せる波を想像していましたが、当日は穏やかな海でした。
白亜の灯台が印象的で、思った通りの画になる風景です。
ただ、イメージにあるのは穏やかな海ではありません。何分、犬が吠えるような激しい海から犬吠の名がついたのだろうと思い込んでいましたから。
実は、当地には義経伝説が有り、義経が奥州に逃れるとき愛犬が主人を慕って鳴き続けたという言い伝えからきていると言います。
しかし、一度頭に刷り込まれたイメージはなかなか払拭できないものです。
寒風吹きすさぶ厳寒期ならこんな風景が見られるのではないでしょうか。

水墨画「冬の磐梯山」

2023年02月21日 | 水墨画:風景他
画仙紙 色紙  


福島県は会津の磐梯山を水墨画で描きました。
これまで東北の冬山を三山描きましたが、福島県の名山を描かないのは手落ちのように思えてきました。
福島県には各地域にシンボル的な名峰があります。
知名度ではやはり磐梯山でしょうか。小生の勝手なイメージなので間違っていれば申し訳ないことです。
しかし、会津のシンボルの山となれば間違いないでしょう。
会津には度々行っています。昨年も行きました。今は高速網が整備され日帰りも可能です。
会津に向かう観光ルートは幾つかありますが、メインは郡山から磐越自動車道や国道49号線を使うルートです。
猪苗代湖が見えると間もなく磐梯山が見えてきます。ネット公開されているこの方向からの磐梯山をモチーフにしてみました。
正面にスキー場のゲレンデがひときわ目立つのが微妙ではありますが、無視するわけにもいかないようです。
ところで、磐梯山は別名を会津富士とも呼ばれることを知らずにいました。確かに遠くから見るとシルエットは富士山型に違いありません。



水墨画「冬の岩手山」

2023年02月16日 | 水墨画:風景他
画仙紙 色紙  


東北を代表する山の一つ岩手山を水墨画で描きました。
標高は2千mを越え「南部片富士」の名で知られる岩手県のシンボルとも言える名峰です。
過去に、冬季に岩手山の近くを通る機会は何度かありました。
しかし、綺麗に見えるような絶好の日はありませんでした。大概は悪天候で見えないか見えても下の方だけだったような気がします。
地吹雪で視界が遮られ苦戦した時のことはよく憶えています。
画はネットで公開されている盛岡市郊外から見た岩手山をモチーフにしています。
雪が降り積もった広い草原から岩手山を遠望する岩手らしい雄大な風景です。
夏場にはこれに近い風景を見る機会があって、素晴らしいと感嘆したものでした。
名前が似ている津軽の岩木山は優美で女性的な山、岩手山は豪快で男性的な山というのが小生の印象です。
これで、北東北を代表する、しかも何れも富士の名を冠した名峰、鳥海山岩木山、岩手山を描いたことになります。


水墨画「冬の津軽富士」

2023年02月07日 | 水墨画:風景他
画仙紙 色紙  

青森県津軽地方のシンボルとも言える岩木山を水墨画で描きました。
色紙に風景画を描くことは殆どなく、しばらく前、モウズイカさんの画像をモチーフに鳥海山を描いて以来です。
津軽地方も今冬はとりわけ雪が多いと聞きます。岩木山がくっきりと見えることも少ないことでしょう。
雪に慣れているとは言え、そのご苦労を思いつつ描いてみました。
津軽は何度か訪ねています。しかし、冬季には経験がありません。
ネットに公開されている画像をモチーフにしましたが、見る位置で姿も変わり、平野部の正面から眺めた岩木山はこれよりもっと山の字に見えるようです。
前方に見える立木は当然のことながらりんご園。深い雪に覆われた先に雄大な岩木山を望む絶景です。
岩木山は「津軽富士」と言われる綺麗な単独峰で、画になりやすい。
山には登ったことはありませんが、麓の岩木山神社には参詣したことがあります。
姿形がやわらかく、女性的な優美さを感じさせる山です。
地元では親しみをもってお岩木山やお岩木様と呼ばれるのも頷ける気がします。


水墨画「山寺」 芭蕉の名句あり

2022年12月05日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3  

隣県の山形には各地に紅葉の名所がありますが、昨年の11月初めに10年ぶりくらいに訪ねたのが山寺。
険しい岩山にお堂が散在し、松の木と広葉樹がマッチングして絵になります。
正に山寺の名に相応しい。錦秋の秋はとりわけ見事な風景です。
山寺は慈覚大師の開山による天台宗の寺院で、正式名称は宝珠山立石寺(りっしゃくじ)。
登山口から奥の院まで1000段余りの石段があります。
訪れたときは足の調子が悪く自信はありませんでしたが、何とか登り通し、達成感を味わいました。
岩壁に建つ五大堂の舞台から望む景色も素晴らしい。
かの松尾芭蕉はみちのくの旅すがら人に勧められて尾花沢からとって返しわざわざ山寺を訪ねたと言います。
芭蕉は真夏にあの姿で奥の院まで登ったのだろうか、いや江戸から歩いてきたわけだから平気の平左で登ったのだろう、などと馬鹿なことを思ったことでした。
松島では一句も詠まなかった芭蕉は、当地では名句を残しました。
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」はあまりにも有名で、像や石碑も建てられています。
閑かさや蝉の声では我が家も負けていません。そこで小生も一句。
「古家に降り注いでや蝉時雨」(汗)

水墨画「松島」 松尾芭蕉と松島

2022年11月29日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3  

松島には何度も足を運んでいますが、正直なところ水墨画では描きにくく、避けて通りたいと言うのが本音。
とは言っても、松島は当県では最も知名度の高い観光地に違いありません。
松島のシンボルと言えば、やはり五大堂なので、それをモチーフに描いてみました。
松島の名は景勝地の代名詞として、おそらく大概の人が知っていることでしょう。
かの松尾芭蕉も心躍らせて当地を訪ねています。
古典音痴の小生にも奥の細道の序文は少し分ります。
「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也・・・松島の月まづ心にかゝりて・・・」と、みちのく旅で目指した第一が松島だったことが窺えます。
松島の地では、中国の景勝地洞庭湖や西湖に勝るとも劣らない扶桑第一の絶景と称賛しています。
しかし、芭蕉は松島では句を残していません。詠んだのは同行した弟子の曾良だけです。
隣県の名所では代表的名句をいくつか残しているので、甚だ残念なことでした。
あまりの絶景に句では表現できぬほど感動したというのですが、真実はどうなのでしょう。
小生が勝手に思うには、ひねり出そうと相当頑張ったが満足できる句が出なかったと言うことではないか。
目指した松島で詠むなら名句でなければならず、万が一駄作と評されるようなら芭蕉のプライドが許さないでしょう。
後年、「松島やああ松島や松島や」の句があたかも芭蕉作のように流布されましたが、そんなことがあろうはずもありません。


水墨画「秋保大滝」

2022年11月08日 | 水墨画:風景他
画仙紙 半切1/3  


過日、紅葉の秋保(あきう)大滝を訪ねました。
やはり滝には紅葉が一段と映えます。
秋保大滝は日本の滝百選の一つ。水量が多く豪快に水煙を上げて流れ落ちるのが魅力です。
当地方はここ1ヵ月殆ど雨が降っていないためか、いつもよりは水量が少ないように感じました。
それでも、紅葉に染まる中を流れ落ちる落差55mの大滝は見事。画になります。
この滝は垂直でなく、やや傾斜があるのが特徴。
当地には新緑の時にも訪れており、新緑もまた映えます。
水墨では新緑と紅葉を区別して表現するのは難しいですが、水量が多かった新緑の時をイメージしました。
水しぶきを表現するのにドーサ液を吹いてみたのですがどうでしたか。豪快な大滝を表現するのは難しい。



水墨画「夏の穂高連峰」

2022年09月12日 | 水墨画:風景他
画仙紙 全紙2/5   


上高地には三度行っていますが、一番近いのが10年ほど前でしょうか。8月下旬だったと思います。
抜けるような青空が広がり、何処までも見渡せるような好天でした。
大正池から望む穂高連峰は素晴らしいの一言。
奥穂高岳を主峰とし、3000m級の峰々が連なる景観は誠に雄大です。
小生は登山をしませんが、多くの登山家が圧倒的スケールの岩壁に魅せられるのも頷ける気がします。
数年前、この風景を水墨画の作品に仕上げようと描いてみました。
しかし、評価はあまりはかばかしくありませんでした。
確かに前景は濃く、遠景は薄くのセオリーからは外れています。ただ、連峰の雄大さを表現しようと、このように描きたくなったのでした。
結局この画はお蔵入り。
このタイミングでどうかとも思いましたが、敢えてここで記録に留めることにしました。