生きる力になれば

ペンネーム良寛地蔵。70代のブログです。言葉で生きる力になればと綴って15年が過ぎました。

清らかな心

2024-12-05 03:00:07 | 日々の暮らし
今日はお釈迦様の弟子の話しとして伝えられている
「貧乏を買ってくれる人」を紹介します。
『誰一人身寄りのないおばあさんが村の長者の下働きをして、かろうじて日々生活していました。
体もきかず、そそうばかりして、孫みたいな小娘たちにどやしつけられていました。
台所のすみで、はいつくばるようにして生きていくしかありません。
あまりに情けなくて、近くの川に水汲みに行っては、さめざめと泣いていました。
そこへ、ある日、一人のお坊さんが通りかかりました。
「何が悲しくて泣いているのかな」
おばあさんの訴えを聞いたお坊さんは、こう言うのです。
「そんな貧乏な身の上が切ないのなら、その貧乏を売ってしまったらどうかな?」
おばあさんは、びっくりしました。
「貧乏を売るといっても、買ってくれる人などいるわけがございません」
「いや、それを買ってくださる人がおられるのだ。
それを教えてあげるから、私の言うとおりにするんだよ。
まず、川で体を清めなさい」
おばあさんは、いぶかしげな顔をしながらも、言われるとおりにしました。
「体を清めたら、お布施をするのだよ」
「でも、お坊さま、私はこのとおり何一つ自分の財産など持っておりません。
この水がめもご主人様のものでございます」
「いやいや、おばあさんも尊い財産を持っているんだよ。
そのかめにきれいな水を汲んで、私に供養をしてくれないか」
おばあさんが川の水をすくって捧げると
お坊さんは
「貧乏を買ってくださるのは、仏さまなんだよ。
清らかな水で体を清めたように、自分の心を清めれば、それが何よりも尊いおばあさんの財産だ。
そして、きれいな水を私に捧げてくれたように、その清らかな心を、人様に差し上げるのだよ」
ご主人やまわりの人への恨みの心を、ここで捨ててしまいなさい。
今日から、みんなに喜んでもらうために自分のできることを精一杯やろうと、それだけを考えるようにしなさい。
それがお布施なのだよ。
どうだね、おばあさんにもできるだろう」
おばあさんは、うなずきました。
「今夜みんなが寝静まったあとで、一心に仏さまを念じなさい。
仏さまは、いつもおばあさんのそばにいて、全部聞いてくださりますよ」
おばあさんは生きる元気が出ました。』
こんなお話です。
この世は忍土(にんど)と呼ばれ、様々なことを忍ばなくてはなりません。
どんな試練も、どんな仕打ちを受けても耐えていかなくてはなりません。
それを忍辱(にんにく)といいます。
いまの境遇を恨むのではなく、積極的に受け入れてへこたれずに、明るく思いやりの心を倍返ししてお布施をすれば、仏さまが、貧乏を買ってくれるのです。
いや、貧乏が逃げていくと私は思います。
毎日シャワーで体を清める時、嫌なことは水に流して、心を清めてください。
あなたのお布施は清らかな
心なのだから。
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