辛い時を経験してきた人には、共鳴できる和歌があります。 『ながらへば またこの頃や しのばれむ 憂(う)しと見し世ぞ 今は恋しき』 (新古今集・藤原清輔) 「ながらへば」とはこの世に生き永らえたらということ。 「憂し」とは嫌なこと。 嫌で、つらくて、どうしようもないこの頃だけれども、このまま生き永らえていたら、いつか懐かしく思う日が来るだろうな。 辛かった昔のあの頃が、今は恋しく感じられるように。 確かに、そう感じます。 古代の人も同じなんだと親しみを感じます。 さあ、今日も辛いこと あるかもしれませんが、懐かしく、恋しくなる思いでだと気楽に行きましょう! 『ながらへば また懐かしく 思い出すことだろう 平成の嫌なことを』。 合掌
施設の利用者に朝から晩まで愚痴ばかり言ったり、人をけなして誉めることをしないお年寄りがいます。 身体中が痛い痛いと言ってはあちこちの病院通いして治らないと、あのやぶ医者がと医者の悪口も言っています。 そのためか誰も近づかなくなりました。 「自性清浄心(じしょうしょうじょうしん)」という言葉があります。 人間は本来きれいな心を持っているという意味です。 それが、長く生きると欲といういわゆる煩悩に汚れてしまいます。 それを、様々な修行に よって本来のきれいな 心に戻すのです。 自我を捨て、他者を救う気持ちを持つこと。 我利我利亡者(がりがりもうじゃ) 自分のことばかり考えている人をいいます。 このような人は神は好みません。 他人に目を向けている人を、神の分身と考えてあらゆる力を与えてくれます。 例えば、苦をなくしてくれます。 生きる力をくれます。 是非とも試して下さい。 奉仕活動すると人の喜びを頂けます。 何度もありがとう!と言われるたびに心が清らかになっていくのが分かります。 平成最後の思い出の言葉にしよう。 神の分身になれ。 合掌
人は自分の才能を見つける人が少ないとおもいます。 誰もが埋もれて隠れた才能があるのを気づかず終わってしまうのだと思います。 私が父や姉の書にはかなわないと思っていたのに、そばで見ていていつしか追い越した事からそう思うのです。 私はまだまだ隠れた才能があるのではと思うのです。 飲んべえからかウイスキーやワインのテースティング大会でイギリスやドイツから表彰され、その才能からドイツのワイン会社に採用されました。 私はもっと隠れた才能もあるのではと錯覚してしまいます。 フランスのラベルという作曲者は戦争で右手を失いました。 左手だけで弾けるピアノ協奏曲を作曲しました。 とても重厚な曲で感動しました。 だから皆さんも自分の隠れた才能を見つける努力をして欲しいと思います。 連休はボランティア10連勤に頑張ります。 合掌
ひさかたの ひかりのどけき 春の日に しづ心なく 花のちるらむ。 (紀友則) こんなにのどかな春の日に、桜の花だけは落ち着きなく散るのだろう。 春は華やかで、心落ち着かないところがあるが、ふと哀愁がよみがえるときがありますね。 春秋とか春かなし、という時期のようです。 一時的に過ぎ去るもので、花や木、遠い雲などを眺めては何かに想いをはせるのでしょうか。 お年寄りに現われる精神的情緒不安定な時期とも言われます。 寝付かれない、不安、食欲減退、生きる気力喪失、絶望、恐怖、徘徊など。 できる限り傾聴してあげましょう。 いずれ通る道ですから。 合掌