豊田章男社長を取材し続けた筆者が思う、退任の本当の理由
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ITmediaビジネス online
(抜粋要約)by管理人
「トヨタ自動車の豊田章男社長が、退任を発表した。後任はレクサスカンパニーとGRカンパニーのプレジデントを務める佐藤恒治氏である。」
「公式には内山田竹志会長の退任をトリガーとして決まったことと発表された。それはそれでうそではないだろうが、豊田社長はことあるごとに、「こんなに長く社長をやるとは思わなかった」と繰り返してきた。」
「政治を当てにしていないトヨタ」
「菅政権の発足によって、カーボンニュートラルが最優先政策として定められ、理想主義に特化して実現がほぼ不可能と思われるルールがどんどん策定されようとした。隙あらば「内燃機関の完全撤廃」を掲げようとする勢力が暗躍し始めた。結果的にはハイブリッドを除外するという形で落着しているが、これをさらに押し込もうとする勢力が今も実在している。」
「突如として政治が自動車産業に干渉を始めたのである。その力学的変化の結果、政治と対話をする産業側のカウンターパートがどうしても必要になった。政治に面と向かって、「NO!」と言える組織を作らずにいたら何がどう決まっていくか分からないからである。」
「結果的に、豊田社長が担ぎ出されて、経団連モビリティ委員会の委員長をやむなく拝命しかかったタイミングで、心無いメディアが、「経団連会長への野望のルート」などと書き立てた。豊田社長にもとよりそんな気はない。
「豊田社長の原動力となった2つのポイント」
「1つは創業以来のトヨタ自動車を担って来た歴代創業家の人々の苦労に報いたいという思いである。」
「そしてもう1つは、豊田綱領にもある「産業報国」である、、、、。豊田社長が常に経営判断の大原則に置いているのは「日本経済を良くするにはどうしたらいいか?」であり、世界の人々をモビリティの力で幸せにすることである。「誰か」のためであって、「自分」のためではない。優等生発言に聞こえる「幸せの量産」が指し示しているのはつまるところ産業報国なのだ。」
「もちろん利益は上げる、、、。利益を出し、サステイナブルであることは、志を実現するための基礎である。儲けるのは当たり前。利益の先にある「何のために」こそが企業の価値である。」
「「ボクは日本経済の応援団であるつもりです。」
「今回の人事の本質は」
「豊田社長の体制は、そもそもがアゲインストからスタートした。役員時代も副社長時代も、反創業家勢力はいたし、そういう勢力に豊田章男氏は散々足を引っ張られてきた。、、、、だからそういう中で、豊田社長はある種の“親衛隊”を組織した。、、、現“番頭”の小林耕士氏、そして直属の部下として実務を担ってきた現エグゼクティブフェローの友山茂樹氏である。日々裏切りを警戒するしかない中で成果を挙げるには直属部隊を組織するしか方法がなかった。」
「創業家プリンス、豊田章男氏の14年」
「ちまたにうわさされる、「豊田章男は創業家のボンボンで、銀のスプーンをくわえて歩んで来た世間知らず」というイメージと現実の乖離(かいり)である。端的な話、豊田章男という人はトヨタに自らの意思で入り、そこで創業家のプリンスであることを理由とした壮絶ないじめを生き抜いてきた。そういう人である。」
「今回、豊田章男氏は、自身が社長に就任した際を振り返り、「過去に相当時間を費やした」と説明している。仕事ができるようになる前に、まずは原状回復が必要だったということである。状況を整理し、改善することは経営の大原則であり、今でも変わらないが、それをしてゼロに戻すリセット作業に膨大な手間暇を費やしてきた。」
「「畑に例えますと、種を蒔いたばかりの畑もあるし、収穫前の畑もあるし、これから種を蒔ける畑もある」。そういう仕事に専念できる状態に戻したことでバトンタッチの好機だと判断したというのである。」
「豊田章男氏の14年が、リセットだけの14年だったなどと言うことはない。もっといいクルマをあらたに定義し、クルマ好きの琴線を揺さぶる多くのクルマを世に問うてきた。もちろんさまざまな問題と闘い、未曾有(みぞう)の危機、例えば、リーマンショックの後始末から始まり、米国の公聴会、東日本大震災、チャイナショック、円高、デフレ、コロナ危機、ウクライナ侵攻とロシア撤退、サプライチェーンの棄損、半導体危機、円安と、多くの困難を乗り越えながら、業績も躍進させてきた。」
「おそらくは後の世に、トヨタ自動車中興の祖と言われる名経営者でもある。たぶんだが、経営者に最も必要な素養は「明るさ」である。おそらくそれを豊田章男という人は本能的に知っている。経営は迫り来る危機に対応し、失敗すればもう一度どうすべきかを考え直して、何度でも何度でも立て直し続けていく仕事である。 人として前向きに考えられる明るさなしにできることではない。だから人前での彼は常に明るいし、華がある。しかしながら、誰にもその裏側はある。嫌が応でも目立つ立場ゆえ、ネット上での誹謗中傷はすさまじい。表舞台で明るく振る舞うが故に、1人でそのネットの海に立ち向かう時、孤独は深い。」
「コロナ禍で利益死守を宣言したトヨタ、豊田社長退任の本当の理由」
「例えばコロナ禍を迎えた20年、5月の本決算発表で、ほとんどの会社が見通し発表を控えた。それはそうだろう。そんなタイミングで見通しなどうっかり発表すれば事故の元にしかならない。しかしその時、たった1社、トヨタだけが5000億円の利益を死守すると昂然と発表した。」
「わが国のトップ企業、トヨタが、先行きが全く読めないと発表したら、サプライヤーをはじめ、多くの企業が事業計画を立てられない。」
「だから、まさに日本経済のためにトヨタは、リスクを取ってまで、黒字死守を決算でアナウンスし、その思いを説明した。、、、「われわれも頑張る。だから日本中の働くみなさん、希望を忘れないでください」というメッセージだった。」
「 翌朝、日本経済新聞の一面を飾ったのは「トヨタの今期営業利益、8割減の5000億円 新型コロナで」という大見出しである。恐怖を煽って部数を伸ばす常套手段である。お前らの記事が売れれば、それでいいのか。日本経済に対する想いはないのかと。儲けるのがいけないなどと言うつもりはない。金を儲けた先に「何のために」がない。トヨタの爪の垢を煎じて飲むべしと、筆者は、はらわたが煮えくり返る思いだった。」
「膨大な準備をして、日本経済のために不退転の覚悟で絶対死守ラインを発表した豊田章男氏がどれだけ落胆したことか。そういうくだらない揚げ足取りに、人は傷つくものである。このようなボディブローと闘いながら、明るく振る舞うエネルギーがたぶんそろそろ限界に達した。筆者個人としては、退任の本当の理由はそこにあるのだと思っている。 (池田直渡)」