なぜ8時に当選確実が出るの? テレビ選挙報道の舞台裏
参院選は投開票日の21日を迎えました。投票が終わる午後8時、テレビ局は当選が確実となった候補者の名前や各政党の獲得議席予測を一斉に報じます。国政選挙では恒例のようになっていますが、開票作業が始まっていないのになぜ結果が分かるのでしょうか。TBSテレビの選挙特番で当落判定の責任者を務める嶌暢大(のぶひろ)さんに、各局が総力戦で臨むという選挙報道の舞台裏を聞きました。【青木純】
「しっかりとした根拠がなければ『当選確実』は流せません。候補者一人一人、確信を持って速報しています」
21日の特別番組「Nスタ×NEWS23 選挙スペシャル」を担当する嶌さんによると、午後8時の「当選確実」を誰に出すかは、その1時間ほど前の会議でほとんど固まっているそうです。多くの地域では、投票時間は午後8時まで。つまり、まだ投票が続いている段階で「当選確実」を決めていることになります。その判断材料の中で大きなウエートを占めるのが、有権者の投票行動を示す2種類のデータです。
その一つが、何日も前から繰り返し行う「電話調査」の結果です。調査ではオペレーターやコンピューターがランダムに選んだ家庭に電話をかけ、誰に投票するのかや、支持政党などを尋ねます。「リアルタイムで有権者の考えていることが分かるのですが、最近は固定電話がない家も多いので調査対象が限定されます。曜日や時間帯によって回答してくれる人の年齢、性別などにも偏りが出てきます」と嶌さん。そこで使うのが、過去の調査結果と実際の得票を照らし合わせてつくった補正のための計算式です。この計算式を使うと、より実際の得票に近いデータが得られるのだそうです。
そして、もう一つの大事なデータが「出口調査」の結果です。選挙当日に投票に行けない人のための「期日前投票」の投票所、そして選挙当日に各地に設けられる投票所の前に調査員が立ち、出てきた人に直接「誰に投票しましたか」と尋ねるのがこの出口調査です。電話調査と同じように一定数のサンプルを調べて、全体の傾向を探ります。嶌さんは「昔は選挙当日の出口調査に重きを置いていましたが、最近は期日前投票をする人が増えているので、そちらの方もしっかり調査しています」と言います。
これらのデータを分析していくと、どの候補者がどのぐらいの票を取りそうか、投票終了前でも大体見えてくるのだそうです。
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とはいえ、データ分析の結果と実際の得票にはどうしても差が出てしまいます。候補者同士で大きな差がついていない場合など、データだけでは当落の判定が難しい場合もあります。そんなとき、嶌さんたちが注目するのが演説会場の雰囲気や選挙事務所の様子など、記者が直接取材して集めた「生の情報」です。
「足を止める人がどのぐらいいるのか、聴衆の反応はどうかなど、街頭演説を取材すると候補者の勢いが分かるんです。慣れた記者なら(主催者側が集めた)サクラもすぐに見破れます。取材を重ねていくと、選挙戦の中で強くなったり弱くなったり、突然逆向きに吹いたりする『風』も敏感に感じ取ることができるんです」。嶌さんによると、データの分析結果と記者の取材を組み合わせて得票数を予測すると、実際の得票にぐっと近づいたことがこれまで何度もあったそうです。「データと記者の取材が食い違ったとき、どちらを取るか……。うーん、僕の場合、最終的には記者の取材かもしれませんね」
TBSでは、これらのデータと記者の取材を基に候補者一人一人の得票数を予測し、次点の人との差が一定以上開いていると判断した場合に「当選確実」を速報しています。2016年の前回参院選で、選挙当日の午後8時にTBSと系列の計28局が「当選確実」と速報した候補者は、選挙区(改選数73)で52人、比例代表(改選数48)で38人だったそうです。
開票が進めば分かることを急いで報じる意味は何なのかという声もありますが、「民主主義の根幹である選挙の結果をいち早く伝えるのは、報道機関の使命だと思っています」と嶌さん。もちろん、スピードが求められるのと同時に、間違いは許されません。他局の速報を見ると焦ってミスしやすくなるからと、作業部屋には自分たちの番組を見るためのテレビを1台置いているだけだそうです。
最近の選挙特番で、テレビ各局がとりわけ力を入れているのが各党の「獲得議席予測」です。各局は午後8時ちょうど、画面いっぱいに棒グラフを映し出したり、大きな文字で数字を表示したりと工夫をこらしつつ、独自に予測した「選挙後の勢力図」を発表しています。
嶌さんは「午後8時の『当選確実』よりも、実はこちらの予測の方が大変なんです」と打ち明けます。データから単純に予測したり、当選しそうな候補者の数を合計したりしても、実際の議席数とはかけ離れた数字になってしまうのだそうです。「候補者はもちろん、政党やその支持母体、業界団体などを徹底的に取材して『風』を読み、データと照らし合わせて必死で予測しています。でも、すべての党の議席数を正確に当てるのは本当に難しい。全部をピッタリ予測できたら、伝説になれると思います」
実際、この獲得議席予測は毎回、テレビ局ごとに数字が違っているそうです。すべての局がゴールデンタイムに同じテーマの番組を流すのは、選挙特番ぐらいのもの。その中でも獲得議席予測は全局が一斉に報じるため、テレビ局にとっては一番の勝負どころだといいます。
嶌さんの上司で、選挙本部担当部長の鈴木達さんは言います。「選挙特番は『報道局の通信簿』だと言われています。番組全体の評価も大事ですが、正確にものごとを予測できたかどうかは、報道機関としての力が最も試される部分だと思います」。嶌さんも「この予測を基に番組の方向性を決めていくので、大きく間違えば番組全体がおかしな方へと行ってしまいます。当然、視聴者に事実と大きく違った数字を伝えるわけにもいきません。何となく数字が並んでいるだけに見えるかもしれませんが、毎回ものすごく緊張しながら数字を出しているんです」と説明します。
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今回の選挙で嶌さんが注目しているポイントは、
(1)憲法改正に前向きな「改憲勢力」が3分の2を維持するのか
(2)2017年の前回衆院選から約2年間の安倍晋三首相の政権運営に有権者がどんな評価を下すのか――の2点だそうです。
その結果は、選挙当日の午後8時以降に明らかになります。
嶌さんは言います。「選挙は『私たちが考えていること』を政治に反映させるためのもので、これほど重要なイベントは他にありません。テレビ局も取材力や演出力、技術力など持てる力をフル稼働させて番組をつくっています。選挙結果はもちろんですが、番組に込められた各局の『気合』も見てもらえたらうれしいですね」