PCR検査「拒否」と「行政罰」の悪循環
2020年12月、東京都議会の最大会派である「都民ファーストの会」が、準備していた「新型コロナウイルス対策の罰則つき条例案」の提出を断念したのは、首都圏では報道をご記憶の方も多いのではないかと思います。
しかし、ローカルな話題ですので、全国的には知られていないかもしれません。
「新型コロナウイルス対策」での「罰則」とは何を指すのでしょうか?
コロナ対策「罰則」とは何か?
今回、結局「都民ファースト」が提出しなかった条例案は、既存の都条例を改正する形で、
1 感染疑いのある人が正当な理由なくPCR検査を拒否した場合には「5万円以下の過料」という罰金を科す行政罰
2 感染者が外出自粛要請に反して一定人数以上に感染させた場合の行政罰
3 事業者が休業要請に従わずに一定人数以上の感染者を出した場合の行政罰
などが準備されていました。しかし、感染者や事業者への罰則はさすがに慎重論が多く、当初改正案から結局外されました。
第1の「PCR検査拒否」は罰金というプランだけに絞られ、これに対しても「とんでもない」という反対意見が大勢を占め、仮に提出されても否決されるのが明らかになったため、ひとまず取り下げられたというのが現状のようです。
一方では「PCR検査を受けたい」と切望しながら、なかなか受けることができず、羽田雄一郎参議院議員のように、民間診療機関での検査を待っている間に重症化して取返しのつかないことになってしまった人もあります。
しかし、「PCR検査」を受けることを断固「拒否」する人も日本社会には一定以上、確実に存在しています。
「PCR検査拒否」の論理と心理
微熱がある、息苦しい、報道されているような自覚症状が出ている・・・。
そのような「患者」予備軍の人が全員、ただちにPCR検査を受けるかと問われると、現実にはそのようにはなっていないらしい実態が、様々な調査や取材から浮かび上がっています。
どうしてPCR検査を受けたくないのか?
第1の理由は「コロナ差別」を恐れる心理のようです。
勤め先など周囲から冷たい目線で見られる。働き盛りの年配で、10日間も隔離されてしまったら仕事にならない。後々のキャリアにもいろいろ影響が出るのではないか・・・。
このような懸念から、検査を受けないという選択をする人がいる・・・。
正確な調査などは不可能ですから、あくまで推測するしかありませんが、決して稀なケースではなく、実は驚くほど多い可能性も指摘されています。
もう一つ、関係者の間では指摘されながら、必ずしも表に出てこないのが「親のPCR検査拒否」という問題です。
親が拒否するというのは、当然ながら「子供がPCR検査を受けるのを」拒否するという問題です。
学校で、例えば一人の生徒の家族に濃厚接触者が出たり、あるいはその近辺にいる子供に感染を疑われる症状が出たりといったデリケートな事態が発生したとします。
学校は細心の注意を払って対処せざるを得ません。
非常に神経を使う連絡経路を使って、別の生徒の親御さんに連絡をとり、「念のためにPCR検査を受けてみたら?」と打診したものの、「お断りします」というケースが現実に存在することを関係者から赤裸々に教えてもらいました。
なぜと問うと、「もし陽性と出たら、差別やいじめに遭うから」というのが、この種の多くのケースでの親の理屈になっているのです。
「コロナいじめ」を回避したがる大人たち
背景には、この病気に関するリテラシーの深さ、浅さが直接関係しているようです。
「西洋人は重症化するけど、東洋人、日本人は大丈夫なんでしょ」
「気をつけなきゃいけないのは年寄りや病人で、子供は別に症状出ないんでしょ?」
「それでも検査なんか受けて、万が一陽性とか出ちゃったらどうするの。知らないでやり過ごした方が良いに決まってるでしょ」
こういったホンネを聞かされるケースがある。
これは「親」が、コロナいじめを忌避するケースですが、「学校」がコロナいじめを忌避するケースも確認され始めているとのことです。
1人の濃厚接触者の生徒が出たら、学級全体を10日間休みにするといったシステムが確立されていれば、問題は少ないのかもしれません。
しかし、家族に発症者などが出、特定の子供が特定の日から10日休んだというようなことがあると、周囲が薄々感じ取る「印象」あるいは「風評」などが出て来ます。
また、オフィシャルな父母会などと別に親たちを結ぶSNSなどにも、様々な憶測が流れたりする。
そうした面倒を嫌って、「仮に検査して陽性が出ても、結果は知らせないでくれるとありがたい」的なホンネが、親というより学校関係者側に静かに蔓延してしまっている。
実のところ本当は休ませなければならない状態であるのに、症状が出ていない児童生徒がそのまま登校を続けているケースが、首都圏だけでも複数あるようです。
これは全く洒落にならない話で、かつリアルなのは、昨年末最初にこの話を聞いたときには「東京と神奈川で数件」だったのですが、正月明けに確認したところ「千葉と埼玉でもさらに」と、確認事例が増えている最中でした。
まさに「日本型第3波に特有の現象」になっている。あえて言うなら「PCR検査の自粛」「濃厚接触報告の忖度」といった、英語に訳すのに苦労する、極めてオリエンタルというか、日本的な現象。
「GOTOと感染者数増に因果関係が見い出せない」というのにも通じる「アジアの不可解」と、欧米の関係者から首を傾げられる状態が現出している。
「ことが大きくなる前に、きちんと調べて万全の手当を準備する」よりも「病気にかかっている可能性があることを人に知られていじめられる」方が「かわいそう」あるいは「あれこれ騒ぎになって面倒が起きる」ことを「なかったことにしておきたい」という、極めて特異な<ホンネ>が見えてくるわけです。
こうした「拒否の心理」に「行政罰」で対抗しようというのが、没になった条例案の方針だったわけですが・・・。
どうしようもない悪循環に陥るだけで、「北風と太陽」の寓話でいえば、いくら北風(罰則)を吹きかけても、旅人はコートの襟を立てて、防御的になる(PCR検査の拒否)だけでしょう。
本質は「低リテラシー」
なぜこのような、欧米先進国から見て首を傾げられるような事態が発生するのか?
「アジアの不思議」なのか?
実は理由は極めてシンプルで、いずれのセクターも、この病気の本当の怖さ(いまだその全貌は分かっていない)を意識することなく、軽く考え、表面を流しているからです。
「どうせ軽症なんでしょ」「弱毒性だそうじゃない」「若い人は無症状だから気にしなくてよい」といった、ネットにばらまかれた冗句、ジャーゴンを真に受けるか、あるいはそう考えた方が好適な別の理由を優先して、思考を停止しているだけです。
極めて残念なことですが、これは国政に関しても指摘せねばならないでしょう。
政府・与党は周知の通り、実質的には無策のままです。
これに対する野党側は、旧社会党にあった戦法と思いますが、積極的に対案を出すのではなく、与党の政策が頓挫するのを待ってそれを叩くという20世紀労組風の戦法に終始しているように見える。
残念ながら、そんなことで何とかなるのは春闘とか別の「人為」であって、ウイルスに通用するものではありません。
抜本的に新しい対案、別のスタンダードを私たち自身が新たに模索し、立ち上げていく必要がある。
そのような2021年の始目であると思います。