9月16日、いよいよ菅内閣の顔ぶれが決まった(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

(舛添 要一:国際政治学者)

 9月16日、菅義偉が第99代首相に選出された。組閣は派閥均衡、友人重視の気配り内閣である。20人の閣僚のうち、再任が8人、初入閣は5人、女性は2人である。

 

 官房長官には加藤勝信厚労大臣が横滑り、副総理兼財務相は麻生太郎、外務相は茂木敏充、文科相は萩生田光一、法務相は上川陽子、デジタル担当相は平井卓也と実力派の布陣となった。行革担当に河野太郎を横滑りさせ、その破壊力に期待するとしている。

 目立つのは、菅流の「気配り」である。安倍首相への感謝は実弟の岸信夫を防衛相に、安倍首相の家庭教師で長らく無役だった平沢勝栄を復興相に、秘書として仕えた小此木彦三郎の息子、小此木八郎を国家公安委員長に据えた。また、政治の師、梶山静六の息子、梶山弘志は経産相続投である。

 総じて、無難な組閣であるが、閣僚平均年齢が60.38歳と若手の抜擢が少ないこと、また女性もあまり登用されなかったことが批判されている。

 

厚労省のコロナ対策には不安も

 党役員人事のほうは、二階俊博幹事長、佐藤勉総務会長(麻生派)、下村博文政調会長(細田派)、山口泰明選挙対策委員長(竹下派)であり、これも派閥均衡である。総裁選を戦った岸田派、石破派は排除されている。

 首相就任後の初会見で、菅首相は、「安倍政権の取り組みを継承し、前に進めていくことが私の使命だ。経済再生は引き続き最重要課題。アベノミクスを継承し、一層の改革を進める」と述べている。そして、「今取り組むべき最優先課題」として新型コロナウイルス感染対策を挙げた。

 問題は、そのコロナ対策である。アベノマスク・アベノコラボ、10万円の現金支給、PCR検査の不徹底など、加藤・西村両大臣のコンビで失策を重ねてきた。そして、それが国民の批判するところとなり、安倍内閣支持率も下落した。おそらくそのストレスが安倍首相の持病を悪化させたのであろう。

 厚労省に改革のメスを入れなければならないが、田村憲久厚労大臣にはそれを断行するタイプの政治家ではない。菅首相が打破するという前例主義を墨守しているのが厚労省である。私が予てから指摘してきたような感染症法の抜本的改正、感染研の改革、PCR検査の迅速化などはまた遠のいてしまった。

 これで第三波が到来したときに、本当に日本は対応できるのであろうか。この人事で最も安堵しているのは厚労省の役人たちであろう。

 さらには、感染防止対策と経済とのバランスも重要である。菅首相は、経済重視の姿勢を崩していない。それは、GoToTravelキャンペーンの早期実施などに主導権を発揮したことにも表れている。しかし、今のヨーロッパ諸国のように、今後の感染状況次第では感染防止策を強化せざるをえない状況が生まれる可能性がある。その場合に、うまく舵取りができるのかどうかが問われている。

 今後のコロナの感染状況は、東京五輪を来年開催するのか、中止するのかの判断にも大きく影響する。菅首相は、安倍晋三前首相と同様に、五輪開催に熱意を示しているが、世界の感染状況、ワクチンの開発などの様々な要因を総合的に考えながら、難しい判断を下さざるをえなくなるであろう。

 IOCは、10月末までに結論を出すつもりであったが、日本政府は3月末まで決定を延ばしたい意向であり、恐らく12月末頃には決めることになるのではないかと思う。

 ワクチン開発について、トランプ大統領は年末までに1億回分を供給できると言っているが、それは大統領選再選を狙った政治的意図から出ており、CDCの所長は2021年半ば以降になると述べている。また、ロシアや中国も開発済みと公言しているが、効果や安全性についての確証があるわけではない。

 そのような中で、東京五輪をどうするかの決断は、容易なものではあるまい。その際に、菅首相と小池百合子都知事の連携が上手く行くかどうかも問題である。

デジタル庁創設はよし、ただし省庁間の調整が難問

 コロナ対策との関連で注目されるのは、デジタル庁の創設である。10万円の現金給付を行うとき、マイナンバーカードを利用すると時間がかかり、自治体によっては郵送で書類を送るようにと住民に要請するところまで出てきた。こんな馬鹿げたことはない。その反省からも、菅首相はデジタル庁の創設を掲げたのであろう。

 日本のデジタル化は世界に遅れている。隣国の中国や韓国にも先を越されている。問題は、各省庁が持つ権限を抑え込むことができるかどうかである。平井卓也大臣はITの専門家であり、その専門知識は問題ないが、政治的に省庁間の調整ができるかどうかである。

 役人の統制、行政改革が菅政権の目玉政策である。その役割を担わされたのが河野太郎大臣である。官庁の規制を打破することをライフワークとし、役人と軋轢を繰り返してきたのが彼である。菅首相はその破壊力に期待すると述べている。

 具体的には、既得権益、前例主義、縦割り行政を打破するとしている。河野大臣は菅首相から「縦割り110番」の新設を指示され、早速実行に移している。

 建前上は、行政改革に反対する国民は少ないであろう。しかし、実際の運用次第では、弊害を生むこともありうる。

 選挙で選ばれた議員が構成する国会が国権の最高機関であり、原則として、第一党の党首が首相となる。選挙で選ばれた国民の代表が政治を主導すべきで、それに官僚は従う義務がある。しかし、官僚制は近代国家の基礎であり、政権をとる政党がどこであれ、官僚機構が守るべき自立性もある。その両者のバランスが重要である。政治主導が過ぎると、アメリカのスポイルズ・システム(猟官制度)、のようになってしまう。

ふるさと納税導入の実行力は認めるが、政策的な正当性には疑問

 私は、ふるさと納税制度には一貫して反対してきたし、今でもそうである。それは、サービスの受益者が負担すべきだという原則に悖るし、過剰な返礼品競争を招き、高額所得層の節税対策に悪用されるからである。政治的にも、都知事の立場からは、賛成するわけにはいかなかった。

 しかし、菅官房長官は、それを政治的に押し切って実行に移した。その政治力は買うにしても、ふるさと納税制度の問題点が解消したわけではない。この制度を実行する過程で、反対した総務省の幹部は左遷されたという。

 この一件を見ても、菅の機嫌を損なうことを避けようとする忖度官僚が増えるのは理解できる。しかし、それが国民のためになるのか否か、議論が必要である。

 さらに言えば、ふるさと納税制度だけで、中央と地方の格差が解消するわけではない。東京一極集中をどうするのか、各都道府県の中でも地方の中心的都市に人口が集中し、そこにまた格差が生じている。このような問題の解決策として、首都移転、道州制の導入などが考えられる。ふるさと納税のような個別の制度ではなく、「この国のかたち」をどう変えていくのか、そのような大戦略がほしいものである。

 このように、今回の政策発表では、すべて「小政治」で「大政治」が欠けている。「桜を見る会」を中止すれば、存在しないものについて議論するのも無意味となる。しかし、このイベントを首相の後援会活動に利用することを役人が支援するような体制をどう改革していくかという議論があるべきである。それは、政治主導とは何かという問題に帰着する。

 不妊治療の保険適用も結構であるが、それだけで少子化現象が無くなるわけではない。これもまた、誰かの提案をすぐに政策化するような「小政治」である。働き方、労働時間や通勤時間の長さ、保育者の不足など、様々な問題がある。そういう総合的な政策が必要である。

 携帯電話料金の値下げも同じである。ユーザーは喜ぶに違いない。しかし、日本の電波行政が公平な競争を担保できているのかどうか、多くの疑問符がつけられよう。ここでも、「小政治」を超えた「大政治」、つまり国家戦略が必要である。

 オンライン診療の恒久化、地銀の再編なども、「小政治」であり、根底にあるデジタル化、IT化の遅れ、金融の国際化などの「大政治」とも言うべき課題について改革の意欲をもっと語るべきではなかったのか。

「忖度官僚」の弊害をどうする

 ところで、官僚の人事と言えば、首相官邸への権限集中の問題がある。内閣人事局がトップ官僚600人の人事を決めることから、官邸にゴマをする、つまり忖度する役人が増えたのである。

 経産相から出向していた官邸官僚3人(今井尚哉・首相補佐官兼首相秘書官、佐伯耕三・首相秘書官、長谷川榮一・内閣広報官)は退任した。その点では、安倍政権の問題を引き継がないことになった。しかし、国交省出身の和泉洋人補佐官は続投である。彼は、公務出張について批判されたことがあり、今後とも、その動静が注目されることになる。首相補佐官としては、他に木原稔衆議院議員と阿達雅志参議院議員が就任した。

 内閣広報官には、元総務審議官の山田真貴子が就任した。女性で初である。

 首相秘書官には、新田章文(政務)、増田和夫(防衛)、鹿沼均(厚生労働)、門松貴(経済産業)、遠藤剛(警察)、高羽陽(外務)、大沢元一(財務)が就任したが、新田、増田以外の4人は官房長官秘書官だった官僚である。

 菅首相は、総裁選の最中に、政権の意向に反対する官僚は異動させるという発言を行ったが、それは役人を萎縮させ、諫言するどころか、忖度を助長することにつながりかねない。この点はやはり注意する必要があり、「過ぎたるは及ばざるがごとし」という状況にならないようにしなければならない。

 私も厚労大臣や都知事として、改革の大なたを振るったが、官僚機構から猛反発を食らった。改革を急ぎ過ぎたことが、中途で都庁を去った背景にあると思っている。1年間のリリーフ期間に大きな成果が出せなければ即退陣ということではない。慎重に焦らずに改革を進めるべきである。