トヨタのシビアなコロナ対応が示す日本産業界の未来
トヨタ自動車が販売会社の整理や取引先への値引き要請など、コロナ後の社会に向けて矢継ぎ早に施策を繰り出している。自動車産業はコロナの影響を真っ先に受けた業種のひとつであり、日本経済の屋台骨でもある。業界の頂点に立つトヨタの動きは、日本の産業界の今後を示唆するものとなるだろう。(加谷 珪一:経済評論家)
販社再編とコスト削減に乗り出したトヨタ
トヨタ自動車は2020年7月22日、各地に展開する直営の販売子会社5社を、独立系販売会社に譲渡する方針を明らかにした。売却の対象となるのは、札幌トヨペット、ネッツトヨタ苫小牧、トヨタカローラ宮城、大阪トヨタ自動車、大分トヨペットで、それぞれ同じエリアで展開する独自資本の販売会社などに売却する。
今回の売却によって、トヨタ自動車本体が運営する販売会社はトヨタモビリティだけとなる。同社は先端的な取り組みを行う戦略販社であり、他のディーラーとは位置付けが異なる。トヨタは以前から販売店(ディーラー)網の再構築を進めてきたが、事実上、自動車の販売業務はすべて地域資本の会社に委ねることになった。
トヨタが販売網の再構築を進めてきた理由は、自動車業界が100年に一度の大きな転換点を迎えており、従来と同じ体制の維持が難しくなっているからである。今後、自動者業界は自動運転システムの導入やEV(電気自動車)化、ITサービスとの連動が進むので、クルマを単体で販売するというビジネスモデルは通用しなくなる。
これまで自動車ディーラーはメーカーが作ったクルマを販売することが主業務だったが、10年後には、販売だけでは事業を維持できなくなる。既存の店舗をカーシェアの拠点にしたり、介護ステーションを兼ねるなど、地域の特性に応じた事業展開を余儀なくされることから、メーカーとの関係は希薄にならざるを得ない。
こうしたところにやってきたのがコロナ危機である。一連の販売網整理は、コロナが直接的な理由ではないが、コロナによって当初見込まれていた変化が一気にスピードアップしたのは間違いないだろう。
トヨタは同じタイミングで取引先の部品メーカーに対して値引きを要請している。自動車メーカーからの値引き要請がさらに強まった場合、部品メーカーの中にはリストラを余儀なくされるところや、場合によっては廃業に至るところも出てくるだろう。
EVが主流になった場合、自動車産業が従来の垂直分業から水平分業にシフトするのは確実であり、部品メーカーの多くが消滅するというのは業界の一致した見方といってよい。
こうした状況になるまでには10年程度の時間的余裕があると思われていたが、コロナ危機の発生でその見立てが大きく狂ってしまった。自動車メーカーは売上高激減というショックに見舞われており、部品メーカーとの関係見直しを一気に進める可能性が高い。10年かかると思われた変化が5年で到来する可能性も十分にある。
経営統合で規模のメリットを追求せざるを得ない
これはあくまでもトヨタ自動車の話だが、多かれ少なかれ、自動車業界はどの企業も似たような状況に追い込まれるだろう。コロナ危機は需要全体に影響を及ぼすとともに、多くが不可逆的現象であり、時間が経てば回復するというシナリオは立てづらいからだ。
では、トヨタの動きを参考にこれからの日本で起こる出来事を予想してみよう。
最初に顕在化するのは、やはり販売網の抜本的な見直しだろう。多くの企業が、国内に巨大な販売網を張り巡らせているが、販売チャネルのスリム化が一気に進む可能性が高い。
もともと日本の国内市場は人口減少から縮小が予想されており、販売網の見直しはどの業界においても必須の課題であった。コカコーラの地域販売会社が経営統合するなど、飲料業界でも2~3年前からこうした動きが顕著になっているし、携帯電話の販売店も似たような状況にある(携帯電話の販売店は、例えばドコモショップなら看板はNTTドコモだが、経営はドコモが行っているのではなく、地域ごとにそれぞれの企業がショップを運営している)。
縮小市場において規模が小さい企業は存続できないので、小規模な販売会社が中規模以上の販売会社に吸収される形で、販売会社の数が減少していく(1社あたりの規模は拡大)。だが、規模が大きくなった販売会社が従来と同じ雇用を維持するとは限らない。
例えば50人の社員がいる販売会社A社を、100人の社員を抱える販売会社Bが吸収した場合、最終的にB社が雇用する社員は150人ではない。コスト削減を進めるため、20人から30人の社員は雇用しない可能性が高く、ここで一定割合の雇用が失われてしまう。
最終的に行き着く先は雇用の流動化
取引先への値引き要求も結果的に同じ効果をもたらすだろう。例えば、完成品メーカーが下請けの部品メーカ-に対して値引きを要求した場合、部品メーカーの利益は当然のことながら減少する。これまでなら、不景気は一時的なものなので、やがては市況が回復し、受注の総量が増えることで利益低下分を補うことができた。
だがポストコロナ社会では、当分の間、需要の低迷が続く可能性が高い。部品メーカーの利益率低下は半ば恒常的なものとなり、一部の部品メーカーは事業の継続が難しくなる。完成品メーカーは部品メーカーを失うわけにはいかないので、部品メーカーの統合など取引先の再編に乗り出さざるを得ないだろう。
しかも困ったことに、コロナ危機で需要が減っているにもかかわらず、仕入れコストが上昇する可能性も指摘されている。全世界的にサプライチェーンの見直しが進んでおり、原材料の調達コストが上がっていることがその理由である。部品メーカーは原材料の価格上昇にも対処しなければならないため、さらに利益が圧迫される。
部品メーカーに限らず、商品を納入する企業への値引き要請が強まった場合、最終的には業界再編と雇用の流動化をもたらすことになる。体力の弱い会社が、体力のある会社に吸収される過程で1社あたりの企業規模が大きくなり、人員整理によって業界で働く労働者の総数が減少する。
最終的には本体企業の業績も低迷し、本体でもリストラが行われる。賃貸アパート大手のレオパレスが1000人の希望退職を募ったことが話題となっているが、業績が悪化していた企業がコロナをきっかけにより大胆な人員整理に踏み切るケースは今後、確実に増えてくるだろう。
今のところ、雇用の流動化は外食など特定業界が中心だが、時間が経過するにつれ、あらゆる業種に拡大するのはほぼ確実である。コロナによってビジネスそのものが消滅するわけではないが、多くの業種や階層において市場規模が縮小するので、日本経済全体では相応の労働者が市場に放出され、雇用の流動化が進む。
この動きは基本的に回避できないが、そのショックを緩和できるかどうかは、ITなどコロナ危機でも成長できる分野において、どれだけ雇用を増やせるのかにかかっている。政府は従来型のコロナ対策に加えて、大規模な職業訓練など、ソフト面での支援策について検討を進める必要があるだろう。