埼玉県川越市。JR川越駅から徒歩20分ほどのところに、築約40年のAマンションがある。長年、このマンションのすべてを一手に引き受けていた70代の女性管理人が突然いなくなった。
それを機に、ゴミをめぐるトラブルや住居への落書きトラブルが勃発する。
新しい管理人を探すも、給料の問題で、なかなか見つからない。
【前編】『日本中で急増している「マンション管理人失踪」…住民が青ざめた「最悪の異常事態」』
誰でも務まる仕事ではない
屋上階に行くと、住民の誰かが勝手に置いたのか、古びた食器棚やカーペットが放置されている。周囲には、鳥についばまれところどころ破けたゴミ袋が散乱し、異臭を放っている。
「粗大ごみの廃棄は自治体への申請が必要なのに、バレないと思って屋上に置いていく人がいるんです。誰のものか特定して注意すればいいんでしょうが、住民が住民を直接注意するのも角が立つのでやりにくい。主体的に住民間の調整をしてくれていた管理人さんのありがたさが今になって身に沁みる」(男性住民)
管理人がいなくなったことで、もはやコミュニティのルールさえ崩壊してしまったのだ。
近隣の不動産業者もAマンションの惨状を心配して言う。
「あそこは売り出し物件も出ていますが、値段を下げても、半年以上買い手がつきません。荒れているから人が寄り付かず、住民が減り、更に荒廃する悪循環に陥っている。お年を召された住人ばかりなので、先を考えると大変でしょう」
Aマンションのケースは決して特異な例ではない。いま、管理人が消え、後任が見つからずに荒廃するマンションが全国で急増している。
全国マンション管理組合連合会の会長を務める川上湛永氏が言う。
「近年、小規模な管理会社の人間と話していると『管理人のなり手が足りない』という話はよく聞きます。募集してもなかなか集まらないので、マンションから受注しても紹介できずに撤退する案件が多い。
もちろん、予算が限られていることもありますが、最大の原因は、これまで管理業務の中心を担ってきたリタイア世代の高齢化。
もともと管理業務は肉体的にしんどい仕事のうえ、増加する外国人居住者への対応や、高齢者の介護に近い仕事もあり、精神的な消耗も大きく敬遠される要因になっています」
とはいえ、なかなか応募がないからと、採用の間口を広げれば痛い目を見ることもある。
「『経費の支出がスムーズにできるように』と管理人が管理組合から通帳やハンコを預かり、管理費を横領してしまうマンションは少なくない。中には、管理に必要だからと、勝手に自分名義の車を買っていたケースまであります。
マンション管理人の仕事は、住民の生活に密着し、時には個人情報も扱うため、悪意を持った人がやると犯罪行為も容易に行えてしまう。だからこそ、採用にあたっては注意深く人柄を見なければいけない。誰でも務まる仕事ではないのです」(中堅管理会社の社員)
1週間で廊下がゴミの山に
賃金は安いのに、精神的にも肉体的にも負担が大きい管理人の仕事。なり手がいないからと放置しているうちに、崩壊寸前にまで至ってしまったマンションがある。
神奈川県横浜市。中華街からほど近いところにある築40年超のBマンション。コンビニエンスストアや大規模スーパーも揃い、真新しい高級マンションが林立する一帯で、古ぼけた茶色い建物が逆に目立つ。
外壁はひび割れてところどころ塗装が剥がれ、バルコニーの手すりの周りもコンクリートが割れ、鉄筋がむき出しになっていた。
正面のエントランスにまわると、使われなくなった古いテレビや炊飯器などの家電製品が無造作に放置され、「ゴミ屋敷」の様相を呈している。中に足を踏み入れると、廊下の天井の蛍光灯はだいぶ前に切れたのだろう、真っ黒に煤けていた。
「昔は清掃の行き届いたきれいな建物だったんですけどね。どうしてこうなっちゃったんだか」
ため息混じりに言うのは、このマンションに住む70代の女性住民だ。
Bマンションは全40戸程度の9階建てで、最上階を所有するオーナーが管理人の役割を担う、いわゆる「自主管理」の形態をとっていた。
女性によれば、荒廃が一気に進んだのはおよそ5年前、オーナー兼管理人の男性が亡くなってからのことだ。
Bマンションには、各階に缶、ビン、生ゴミの3つのゴミ捨て場が設置され、それを管理人が収集日にゴミ収集場に運ぶルールがあった。
「それまで管理人さんにすべてお任せしていたので、亡くなって1週間で、廊下があっという間にゴミの山になってしまいました。もう誰も運んでくれないので、自分たちで収集日に直接運ぶことにしたのですが、老体にはキツいものがある」(女性住民)
下水が逆流して……
「いてくれて当然」の存在だった管理人が消えた――。自分たちの建物の管理にまるで関心を抱いてこなかった住民たちは、とっさの事態に、どう対処すればいいかまるで見当がつかない。
「ゴミの片づけや、簡単な清掃くらいなら有志で分担すればどうにかできた。でも、建物のメンテナンスとなると、私たちの知識ではどうにもならない。
2年ほど前には、給水管が壊れて水が溢れ、全階の廊下が水浸しになった。でも、そういうときに、どこに修理をお願いしていいかもわからず、途方に暮れました」(女性住民)
その後もBマンションでは、あちこちで綻びが生じ、状況は悪化の一途をたどった。
「一番大変だったのは下水管の故障。サビやゴミで詰まり気味のところに無理に流し込むから、配管の中でゴミが固まり詰まってしまう。たくさん水を流すと逆流してくるので、洗濯もまともにできない。
あの頃は、1ヵ月に3回も4回も水道業者を呼んで応急処置をしていた。埒が明かないので、全面的な修理をしてもらうために専門業者を呼んだのですが、『老朽化しすぎていて修理の途中で破損してしまう可能性がある』と、ほとんどのところに断られてしまった」(女性住民)
管理人を失い、定期的なメンテナンスを怠ってきたがゆえに次々噴出する「異常事態」。
現在、住民たちの頭を一番悩ませているのは、飲み水の問題だという。
本来、年に最低1回は受水槽の点検を行わなければならないと法律で定められているが、Bマンションでは管理人の死後、一度も行われていない。
「最近心なしか、水がサビたような味がするんです。お腹を壊すと嫌なので夏でもかならず一度沸かして使っています。これもまた検査をしようとすれば手間とお金がかかるので、住民は見てみぬふり。この先、みんな動けない歳になったときどうなってしまうのか、不安だけど、どうしようもできない」(女性住民)
前出の川上氏が言う。
「これからは、マンション住まいの多い団塊の世代が認知症を患う年齢に差し掛かるので、例えば共用廊下での徘徊やゴミの放置など、新たな問題が次々出るでしょう。
管理人に求められる仕事は増える一方です。それが嫌になった管理人が逃げ出しても、住民はそのマンションに住み続けるほかない。任せきりにせず、主体的に知恵を絞るしかありません」
あなたのマンションの管理人も、いつ消えてもおかしくはない。
「週刊現代」2017年7月15日号より