2018年3月29日、トランプ大統領とこの日までホワイトハウスの広報部長を務めたホープ・ヒックス氏のツーショット。ヒックス氏はその後もトランプ大統領の側近として仕えている(写真:ロイター/アフロ)

(舛添 要一:国際政治学者)

 10月2日にトランプ大統領夫妻の新型コロナウイルス感染が判明し、世界を驚愕させた。大統領選挙1カ月前という時期であり、「オクトーバー・サプライズ」と言われている。もちろん選挙の行方に関わってくるし、万が一のことがあれば国際情勢にも甚大な影響を及ぼす。

 

 前日に、トランプ側近のホープ・ヒックス顧問のコロナ感染が判明したが、彼女は9月30日のミネソタ州での支持者集会にトランプ大統領に同行していた。そこで、トランプ大統領とメラニア夫人も、念のため隔離・検査を行ったところ、陽性であることが分かり、2日の夕方には軍の病院に隔離され、レムデシビルなどを投与される治療を受けた。

「核のボタン」を携行する将官までも感染

 トランプ大統領は74歳と高齢であり、しかも肥満でもあるため、重症化が懸念されたが、4日夕方には突然車で病院を出て病院前に集まった熱狂的な支持者に手を振って、またすぐ病院に戻った。これは、元気であることを誇示する政治的パフォーマンスであり、感染を拡大させると批判された。

 そして、5日夕方には退院し、ホワイトハウスへ戻っている。早期の回復と、力強さを有権者にアピールするためで、それを治療よりも優先させたのである。

 

 しかし、ミラー上級顧問、マケナニー大統領報道官らトランプ大統領の側近などに感染者が続出し、FEMA(連邦緊急事態管理庁)によれば、その数は34人に上っている。これはホワイトハウスの集団感染と言うほかはない。「核のボタン」の入った鞄を持って大統領に随行する将官までが感染している。

 米軍トップにまで感染が拡大したのは、危機管理上深刻である。統合参謀本部のミリー議長以下、コロナ感染者と接触した疑いがあるため、ほぼ全員の幹部が自主隔離している。ホワイトハウスの会合に出席した沿岸警備隊のレイ副司令官が感染したためである。

 また、7日には米海兵隊のナンバー2、トーマス大将も新型コロナウイルスに感染していることが判明している。

トランプ一家や側近も「マスク嫌い」を通す

 トランプ大統領、その家族や側近は狭い部屋での会合でも誰もマスクを装着していなかったというし、ホワイトハウスでの式典でも間隔を開けずに密集状態で座っていた。これでは感染しても仕方がない。

 10月2日に感染が判明したということは、潜伏期間が2週間だとすれば、9月18日頃には感染していた可能性がある。つまり、それ以降に大統領に接触した可能性がある人々は感染のリスクがあるのである。

 バレット最高裁判事指名の式典が9月26日にホワイトハウスのローズガーデンで行われており、間隔を開けずに並べられた椅子に150人の招待客がマスクもつけずに座っていた。この会場にいた上院議員らが感染している。

 9月29日オハイオ州クリーブランドで行われたバイデン候補との討論会でも、両候補と司会者以外はマスク着用というルールになっていたのに、トランプ一家や側近は着用を拒否している。

 9月30日には、ミネソタ州での支持者集会で、トランプ大統領は帽子を観衆に投げたが、このような行為は新型コロナウイルスの接触感染につながる可能性がある。この集会で、ヒックス顧問は体調不良を訴え、それが大統領夫妻のPCR検査につながったことは上述した通りである。

9月30日、ミネソタ州のダルース国際空港での選挙集会で、聴衆にキャップを配るトランプ大統領。この行為も感染を広げる可能性があったとして批判されている(写真:AP/アフロ)

 マスクを着用しない、距離を置いて密集状態を避けるという基本的感染防止対策を講じていなかったことが、ホワイトハウスでの集団感染という結果になったのは明白である。

 10月4日発表のロイターの世論調査によれば、アメリカ人の65%が「トランプ大統領がコロナの問題をもっと真剣に受け止めていれば感染しなかった」と考えており、57%がトランプ政権のコロナ対策を「評価しない」と述べている。大統領選挙については、トランプ41%、バイデン51%と、バイデン支持のほうが多い。

 大統領選挙に関する世論調査は、他のメディアの結果もほぼ同様であり、バイデン優勢となっている。ただ、トランプ大統領が直ぐにコロナ感染から回復し、強い指導者であることを印象づけられれば、再選もありうる。今後の展開は読めない。

 ただ問題なのは、新型コロナウイルスの脅威を軽視し、十分な感染防止策をとらなかったことである。治療中にもかかわらず、退院してしまい、感染を拡大させる可能性を高めている。

 しかも、退院後の6日にも、トランプ大統領は、「新型コロナウイルスは多くの人にとってインフルエンザほど致命的なものではない」とSNSに投稿した。これに対して、ファイスブックはこれを誤った情報として削除したし、ツイッター社も警告を発している。

特別治療のトランプ「コロナを恐れるな」発言の大罪

 アメリカにとどまらず、ヨーロッパ諸国でも、実は、マスクが政治的シンボルになってしまっている。ネオナチなどの右翼の人々がマスク着用や様々な規制に反対して、反政府デモを繰り返している。そのような集会そのものが感染を拡大させているのであるが、感染症への対応は科学を基づいておこなうべきであり、政治的イデオロギーで左右されるべきではない。政治を科学に優先させたのが、ナチスであった。

 規制反対には、もちろん経済的な理由もある。感染が再拡大しているフランスでは、パリやマルセイユなどの大都市でバーやレストランの営業停止や営業時間の短縮などの措置が実施され、そのために困った経営者たちが不満の声をあげている。感染防止と経済とのバランスを上手くとるのは容易ではない。しかし、世界でコロナ感染者は3500万人、死者は100万人を超え、終息にはほど遠い状況である。

 これまで、トランプ大統領以外にも、イギリスのジョンソン首相、ブラジルのボルソナロ大統領、ベラルーシのルカシェンコ大統領ら世界の指導者たちが感染しているが、彼らは最高の医療を受けられる立場にあり、彼らが治癒したからといって、普通の人々が「恐れるに足らず」というわけにはいかない。

 トランプ大統領やボルソナロ大統領のようなコロナ軽視の姿勢は褒められたものではない。リーダーとして「愚行」だと言ってよい。

 大衆民主主義の時代、とくにポピュリズムの時代には、大衆の支持を得るために、科学に反することすら平気で詭弁で押し通す指導者が出てくる。右寄りの保守層に支持されているトランプ大統領は、マスク着用などの感染防止対策を講じないことを選挙戦略に使ってきた。その結果が、自らの感染、そしてホワイトハウスでのクラスター発生だったのである。

「必要な対策よりパフォーマンス優先」で日本を混乱させた小池都知事

 必要な感染防止対策を実行することよりも、政治的パフォーマンスで支持率を上げようとしている点では、小池都知事もトランプ大統領と同じである。2つ例をあげる。

 1つは、3月23日に「ロックダウン」や「オーバーシュート」という刺激的な言葉を使い危機感を煽り、自分が国よりも優れていると誇ったことである。その結果、東京のスーパーでは買い占め騒ぎが起き、大衆はパニックに陥った。

 2日後の25日には、一日の感染者増が41人になったとして、慌てて外出自粛などの措置を発表した。しかし、41人の内訳を見ると、病院でのクラスター感染者や海外からの帰国者を除いて、感染源の分からない患者は10〜13人で、過度に騒ぎ立てることはなかったのである。

 さらには、自粛要請をするのなら、爆発的感染を警告した19日の政府の専門家会議の後にすべきであって、1週間も遅れてしまっている。医学や疫学には関係ないパフォーマンスであり、その結果、政府は、当初3月末に予定していた緊急事態宣言を4月7日まで待つことになってしまったのである。

東京アラートは単なる「都知事選の景気づけ」だったのか

 第2の例は、「東京アラート」である。6月2日に東京都のコロナ感染者が34人になり、増加傾向にあるとして、小池都知事は「東京アラート」を発令した。そして、都庁やレインボーブリッジを夜11時に真っ赤に染めるパフォーマンスを行った。

 6月11日には、基準を満たしたとして「東京アラート」は解除されたが、感染者数はPCR検査数次第で変わるので、操作しようと思えばいくらでもできるのである。「東京アラート」解除の翌日、小池都知事は再選を目指して都知事選立候補を表明した。結局、「東京アラート」は何の意味があったのだろうか。立候補の景気づけにすぎなかったようだ。

 実際に、12日以降は、それ以前に比べ感染者が倍増している。6月12〜25日の2週間の感染者数は500人で、5月29〜6月11日の2週間の252人の倍になっているのである。

 新型コロナウイルスは潜伏期間が長いので、感染してから発症まで1〜2週間はかかる。つまり、「東京アラート」を発動した6月2日以降に感染した人が、解除した11日以降に発症して検査で判明するので、「東京アラート」は都民に対して警戒の意味は何もなかったことになる。6月24日には感染者は55人にまで増加している。

 ところが、11日に、感染が落ち着いたと判断したから「東京アラート」を解除したとして、小池都知事は「アラートの役目を果たした」と評価し、「これからは自らの力で守る自衛の時代。自粛から自衛の局面だ」と述べたのである。これには呆れて、言葉も出なかった。

 トランプ大統領や小池都知事のように、科学を無視して政治的パフォーマンスで人気を博すようなリーダーでは、国民や都民の生命と財産は守れない。「愚行」のツケは大きいのである。