皇室記者が現場で感じた、新天皇夫妻と上皇夫妻の「大きな違い」
「お堀の内側」で目にしたもの
現代ビジネス 2019/11/10 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68337
天皇夫妻は日ごとにその安定性を増しているように思えます。皇后となってからの雅子さんが公務をほとんど完璧にこなしていることに驚きの声がありますが、私には予想どおりのことでした。
「本当は雅子さんはもう、なんだってできますよ」。5年ほど前、夫妻に近い筋からそう聞いていました。前天皇夫妻に過剰な遠慮をする必要がなくなれば、雅子さんは必ず復活する。それは現役の担当記者をしていた十数年前から信じていたことでした
①
「生前退位」が明らかにしたこと
私は2008年までの約2年間、宮内庁の常駐記者でした。70代半ばだった前天皇の公務軽減策が提案されていましたが、前天皇は簡単には首を縦に振りませんでした。
生真面目な性格を考えれば、思うとおりの活動ができなくなった時に「位を譲る」ことは、容易に予測できたようにも思えますが、当時は考えもしませんでした。昭和天皇の闘病の記憶があり、天皇とは最後まで天皇であるのが当然だと思っていたのです。
初めて「退位の意向」が報じられた時は、驚き以上の激しい感情がありました。「政治的発言に当たらないのか」という憲法上の疑義とともに、メディアを利用して自ら世論の醸成を図っているとしか思えなかったからです。その気持ちは今も変わりません。
当時の宮内庁幹部は記者に囲まれ「報道のような事実はない」「陛下のそのよう なお気持ちは聞いたことがない」と完全否定する立場を取っていました。この言葉はいまだに修正されたわけではありませんが、結局前天皇は退位してしまいました。
2016年8月8日のビデオメッセージには「退位」「譲位」の言葉は一つもありませんが、国民のほとんどが「お気持ちはよく分かりました」という反応を示しました。事前にさんざん報道されていなければ起きえない現象です。こうした筋書きを考えたのが誰だったのかと考えると、私は何とも言えぬ反感をぬぐえなくなるのです。
②
「他人の口」を使う
正直に言いますと、私は現役記者当時から、前天皇夫妻を好意的に見ることができませんでした。「他人の口を介した報道で世の共感を得る」のは、何度となく繰り返されたやり方だと思っています。
たとえば2008年に当時の宮内庁長官が定例記者会見で「(皇太子一家の御所への訪問は)増えておらず、両陛下も心配されていると思う」と、皇太子に「苦言」を呈したことを、突如明らかにしたことがありました。
皇太子誕生日の記者会見の数日前です。本人の回答を求めているのは明らかでした。質問項目はすでに決まっていたため、「苦言」については志願して私が追加質問することになりました。皇太子は「家族のプライベートな事柄なので立ち入って話すのは差し控えたい」と話しました。<iframe class="teads-resize" style="margin: 0px !important; padding: 0px !important; border: currentColor !important; width: 100% !important; height: 0px !important; display: block !important; min-height: 0px !important; border-image: none;"></iframe>
当然だと思います。私は、自分では言えないだろうから代わりに言ってやろうと思い、質問の中にある言葉を忍ばせていました。「皇族に仕える立場の長官が自分の一存であの発言をしたとは私には到底思えません」。この言葉は今も宮内庁のホームページに載っています。記者の質問も一言一句保存されるのです。
長官は当時の天皇夫妻の意を受けてあの発言をしたのだろう。多くの記者もそう思っていたはずです。皇太子が言うように家庭内のことは家庭内で言えば済むのに、なぜわざわざ幹部の口や記者会見を通すのか。それが皇室というものなのかもしれませんが、私はこんな役目ばかりさせられる歴代の長官や幹部を心底気の毒に思っています。
この会見の直後、前天皇夫妻の側近とされる人を訪ねたところ、私の質問が気に入らなかったらしく、激しく叱責されました
記者会で目にしたもの
当時、皇太子夫妻は雅子さんの適応障害のため2人そろっての活動が極めて少なく、一方で高級レストランに通っているといったバッシング報道がされていました。
記者会でも「平和を希求し、戦没者慰霊や被災者への寄り添いを続ける素晴らしい天皇、皇后両陛下」との比較で反感を抱くのか、平場ではほとんどの記者が雅子さんを「雅子」と呼び捨てにしていました。皇太子を「息子」とか「長男」と呼んではばからない人物も、前天皇夫妻の周辺にはいました。
私は不愉快でした。皇室という閉ざされた世界で生きている人に対してあまりに失礼だと思ったからです。姓さえ奪われて名前だけになった女性に、なぜ一言「さん」を付けることができないのか。そんな記者が「弱者に寄り添う」などという記事を書いても私は信用できません。
新天皇が即位した今、このような記者はいなくなったそうです。みんな「両陛下万歳」「雅子さん大好き」だそうです。しかし、もし仮に彼らが「一番上の人だから当たり前」のような気持ちでいるのなら、手のひら返しもいいところであり、中身のない称賛報道がまた繰り返されるだけではないでしょうか。前天皇夫妻はあまりにも称賛されすぎたと思います。
記者と皇族の「距離感」
「退位の意向」でマスコミが大騒ぎになった当日、私が所属する共同通信編集局の幹部がこんなことを言いました。「天皇の次の定例会見はいつなんだ!」。天皇本人の真意がそこで明らかになると考えたのでしょうが、閣僚ではないのですから、天皇に定例会見などというものはありません。会見は、毎年の誕生日前と、海外公式訪問の前だけです。
④
マスコミ幹部ですらこんなものですから、少なからぬ国民は、皇室記者というのはプロ野球の「番記者」のようなもので、皇族と顔を合わせれば雑談でもすると思っているのかもしれません。
全然違います。そのような「対等」に近い関係ではないのです。数㍍ほどの距離にいるわけですが、天皇や皇后が報道陣に会釈でもしようものなら、記者は反射的に頭を下げます。無言です。顔を上げることもできません。そんな関係性の中で、決められたとおりの位置から記事を書いているのが宮内庁記者です。
こうした「記者との距離感」を知った上で報道を見てもらわないと、本当のことは読者や視聴者の方々には分からないのではないか。記者の立ち位置と目線からどんな世界が見えるのか、興味のある方は拙著『皇室番 黒革の手帖』を手に取っていただきたいと思います。
「自己プロデュース」
前天皇夫妻の行ってきた慰霊の旅や被災地訪問はいずれも立派なことで、「象徴天皇」の在り方としても適したものだったと感じます。
ですが私は、前天皇が多用してきた「象徴の務め」なる言葉に反感を持ちます。象徴天皇の「義務」は、憲法に定められた国事行為のみなのに、それ以外のことも含めて「務め」と言ってしまえば、後の天皇たちは、それぞれの思いで自由にふるまえなくなってしまうのではないかと心配です。
前天皇夫妻、特に美智子さんは、プロデュース能力にたけた人だと思います。若い読者には「優しいおばあちゃん」のイメージしかないかもしれませんが、若いころは、大きなサングラスを頭の上にかけるなど、女優然とした振る舞いで世間の憧れを浴びるファッションリーダー的存在でした。そこには強い「自意識」を感じます
⑤美智子さん自身が「天才女優」と言ってもいいと思います。自分がどう見られているか絶えず意識し、自分たちを報じるものにはほとんど自ら目を通していると聞きます。「自分が一番目立っていないと気が済まない人」と評する人も何人もいます。
天才女優ですから「慈悲深い聖母」になることもできました。「平成の天皇皇后像」は、こうした美智子さんの演出能力で形作られたと考える識者は少なくありません。阪神大震災でのスイセンの花、東日本大震災でのハマギクの花。被災地との交流のストーリーも、へそ曲がりな私の目には「用意された通りに書かされた」と屈辱を感じることがありました。
新時代の天皇像
新しい天皇夫妻には自己演出にあくせくするような姿勢はなさそうです。いかにも自然体の夫婦のように思え、私は新時代の「新しい天皇像」に期待しています。
即位後いくつかの地方訪問に同行し、気付いたことがあります。施設訪問でも何かのレセプションでも、前天皇夫妻は「それぞれが一人一人に相対する」姿勢だったのに対し、新天皇夫妻は「2人一緒に、気がつくとみんなに囲まれて笑っている」のです。欧州的なフレンドリーな王室に近づいている。そう言うと反発する勢力もあるでしょうが、私はそれでいいのではないかと思います。
平成の天皇夫妻がああした姿を見せたのは「生き残り戦略」だったと思います。国民の関心を失うことは皇室にとって一番の脅威のはずです。必死に考えた結果が「寄り添う」ことであり、その姿を見せることが時代の要請だったのかもしれません。
新しい天皇夫妻はもっとナチュラルな道を歩むでしょう。欧州の記者が王族の子どもたちに気軽に手を振るように、記者との距離も縮めてくれたらいいなと思います。新しく築かれる皇室の中で、みんなが真の自分らしく、幸せな人生を生きてほしいと願っています。
この文章では、意図的に敬語を排し、普段の新聞の基準とは異なる表記をしてきました。過剰な敬語を使いながら批判を含む言説を展開するのはほとんど不可能です。天皇の在り方や皇位継承に関する議論は続くのですから、無用なタブーは極力排し、考え続けなければならないと思います。