だから「認知症の最大のリスク要因」と注目される…65歳以上の3人に1人がかかる「難聴」の放置で起きること
プレジデントオンライン 2025/3/18
老化のサインにいち早く気づき、対策するにはどうすればいいのか。医学博士の伊藤裕さんは「体に蓄積する『老化負債』を返済できるように意識すべきだ。老化には44歳と60歳という2つの大きな節目があり、60歳の節目からは、誰もが老眼や難聴などの老化を感じるようになる」という――。
※本稿は伊藤裕『老化負債 臓器の寿命はこうして決まる』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
「見えにくくなった」という視力低下から「老化」を実感
60歳頃の第二のピークを迎える頃には、実際に体の調子がやはりおかしい、とはっきりと自覚する負債が芽生えてきます。いくつかの例を紹介します。
【1】「小さい文字が見えにくい」視力負債
最近近くのものが見えにくくなってねえと嘆き、実際、細かい文字の文章は避けるようになることは、50代を過ぎると多くの方が経験します。その時、生まれて初めて自分の老いを口にする人も多いと思います。しかし、自分も年だ、と冗談半分に軽く言っているうちは、真剣に老化を考えているわけではありません。老眼鏡をかければ見えるかもしれませんが、この症状をスルーしてはいけません。
老眼は40歳頃から起こり始めています。われわれの眼は、水晶体というレンズの厚さを変えて、さまざまな距離のものから来る光が網膜の上にちょうど届くようにして、ピントを合わせしっかりと見ています。水晶体は遠くを見る時は薄くなり、近くのものを見る時は厚くなります。この水晶体の厚さは、水晶体を支える毛様体と呼ばれる水晶体を取り巻き支えている筋肉が調節しています。毛様体筋が収縮すると水晶体の円周が小さくなり、水晶体は厚くなり、毛様体筋が弛緩すると円周が大きくなり、水晶体は薄くなります。このように水晶体が厚さを変えられるのは、水晶体が弾力を持っているからです。この弾力性が年とともに失われて硬くなっていきます。その結果、近くのものが見えにくい老眼が進行していきます。
初期の症状として他に、
・夕方や暗い時に見えにくくなった
・目が疲れやすくなった
・読書やパソコン作業で肩が凝るようになった
・本やパソコン、スマホの画面の文字の読み違いが多くなった
などがあります。
なんとか近くのものを見ようとして、毛様体筋は一生懸命に収縮し、疲労を起こし、その結果、収縮する力が衰えていきます。残念ながら水晶体が硬化することを元に戻すことは難しいです。ですから、まだ水晶体が弾力性を持っている間に、老眼のこれらの症状に気付き、なおざりにせず、毛様体を疲労させず、鍛えるようにすることが、老眼を遅らせることにつながります。
・部屋と手許の両方を明るくするために、天井灯とスタンドを併用する
・パソコンのディスプレイから30cm以上目を離し、1時間に一度は休息する
・デスクワークの間に時々視線を遠くに移し、ピントを合わせることを繰り返す
などが毛様体の疲労回復法、あるいは目の筋トレになります。
その他に、
・眼精疲労を回復させるといわれている、アスタキサンチン(サケ、エビに多く含まれる)や、アントシアニン(ブルーベリーに多く含まれる)、ルティン(ほうれん草やブロッコリーに多く含まれる)などを食事に加えてみる
こちらも一法です。もちろん、
・良質な睡眠を取ること
も大切です。
毛様体の筋肉の衰えは、まさに視力負債の始まりで、全身の筋肉の衰えの現れです。視力の衰えは、全身の筋肉の衰えと相まって転倒事故を増やします。また知覚情報の70%は視覚情報なので、その不足は認知症にもつながります。
65〜74歳の3人に1人、75歳以上では半数以上が「難聴」
【2】「人の声が聞きとりにくい」聴力負債
老眼は、皆さんあいさつ代わりの“病気の自慢話”のネタにされることがよくありますが、多くの方があまり気にしないのは、聴力の低下です。実に、65〜74歳の3人に1人、75歳以上では半数以上の方に難聴が認められます。
老人性難聴は高い音が聞こえにくくなることから始まり、50歳ぐらいから起こってきます。患者さんに聴力検査で異常が見つかると、われわれ医師のほうから「何か不自由はないですか」とたずねて、初めて、そういえば、がやがやしているところでは人の話が聞きとりにくい、電話やテレビの音を大きくするようになったと言われます。聴力負債の始まりです。視力の衰えと同じぐらいに、全身の老化負債のサインとなります。
難聴は認知症の最大のリスク、補聴器を着けることが大切
80歳でもささやき声程度、30デシベル程度の音が聞きとれることが目標にされています。難聴は、治す方法がないので、早めにいい補聴器をつけ、聞こえる体を保つことが老化負債を大きくしていかないためには重要です。
ただ、現実は、多くの方が補聴器をつけることを拒否されますし、また装着してもすぐにギブアップされます。最近はAIを利用したデジタル補聴器も開発され、うまく会話の音域を中心に増幅できるようになっています。しかし、問題は補聴器そのものだけではないようです。補聴器をつけているということで“老けて見られる”ことに対して、心理的に拒否反応を示す方も多いです。
最近は、スマホの音声を聴くためにワイヤレスイヤフォンをつけている若者も多く、彼らにとっては補聴器姿も見慣れたものだと思いますし、相手の話をしっかり聞こうとする姿勢を示しているのだと自分に言い聞かせて、補聴器に挑戦してほしいと思います。
夜間の頻尿は腎臓と脳の老化、昼間の頻尿は筋肉の衰え
【3】「頻尿」「つまずき」「腰痛」筋肉負債
これらの症状は、すべて筋肉の衰えのサインです。「筋肉負債」です。
夜間の頻尿は、筋肉の問題ではなく腎臓や脳の老化の現れです。腎臓が弱ってくると、尿を濃縮する力が衰えます。また、尿を濃縮させる作用を持つ、脳から分泌される、抗利尿ホルモンというホルモンの分泌が低下します。さらには、眠りが浅くなり、交感神経が高ぶって、夜の尿量が多くなることで起こります。一方、昼間の頻尿は、膀胱の筋肉が衰え、尿を保持することができなくなっているために起こります。
年を取ってくるとつまずくことが多くなったと実感される方も多いと思います。つまずきは、急な坂道、でこぼこ道などといった特殊な場所で起こるのではなく、多くは普段生活している居間が多いです。実際に、転倒事故の半数は自宅で起こっています。
横断歩道を7秒で渡れるか、「健脚度」を判断する3つのポイント
自分の「健脚度」を知ることが大切です。
1)「10m全力歩行」――歩く力
おおむね10mを全力で歩行して6秒以上の場合、遅いと判断される。東京の平均的な横断歩道は17m。青信号が点滅して赤に変わるまでの“7秒”で「渡りきれる」か「戻るべき」かが判断目安になる。
2)「踏み台昇降」――昇って降りる力
バスのステップの高さ40cmを安全に昇って降りられるかが判断目安になる。
3)「最大一歩幅」――またぐ力
駅でホームから電車へ乗り込む時や家の中の敷居(障害物)などをまたげるかが判断目安になる。
また、「継ぎ足歩行」――まっすぐに片足のつま先に反対の足のかかとをつけて、4歩以上歩けるか、片足立ちで靴下が履けるか、などもバランス感覚のチェックになります。
すべての診療科の中で最も受診者数の多いのが「腰痛」といわれています。また会社の検診の訴えでも最も多い症状の一つです。腰痛は椎間板の変性や椎骨の変形で起こりますが、背骨を支える筋肉が衰えることでその症状は悪化します。日々の生活で不自然な姿勢で物を持ったりすることが続くと、それに耐えられず筋肉に負荷がかかり続ける、つまり筋肉負債によって起こります。基本は、痛みやしびれを恐れずに、“体を動かして治す”ことで負債が大きくならないようにすることです。
「たるみ」「ほうれい線」は、細胞の再生力の衰えから
【4】「顔のたるみ」:皮膚負債
「顔のたるみ」「ほうれい線」は単に見た目だけの問題ではありません。皮膚をふくよかに見せる真皮の繊維芽が細胞の活力の低下、そして皮膚組織が線維化していることを示しています。夏場でもあまり汗をかかなくなった、手がカサカサする、というのも皮膚(皮脂腺や汗腺)の老化の現れです。
皮膚は、細胞リニューアルの激しい臓器で、皮膚の衰え、皮膚負債は、体全体の細胞の再生力の衰えを表します。顔色がいい状態は皮膚負債が小さいことを示しています。ちょうどお金の負債が少ないほど晴れやかな顔になるのと似ています。
晴れやかな人間には多くの人が近寄ってきます。コミュニケーションが盛んになります。
実際、入院中の方、介護を受けている方でも、お化粧すること、散髪することで元気づく方も多いです。
ソーシャル・コネクティビティーの高さは幸福感、ウェルビーイングにつながります。それがなくなると、難聴と同じく孤立を引き起こします。孤立は、うつ、引きこもりを生み、肥満、糖尿病、高血圧などの原因となります。そのリスクの大きさは、タバコ、飲酒などに匹敵します。
「相手の話を聞かない」のは脳負債の始まりのサイン
【5】「人の話を聞かない」:脳負債
・腹を立てやすい、人の意見を聞かないという状況は、その人の脳の力の低下を表しています。「脳負債」の現れです。人の話を聞く、理解する力が低下しているから、自分のことしか言わない、人の意見を取り入れて自分の意見を柔軟に変えられない頑固さを生みます。人の話をさえぎって話をするというのは脳負債の始まりのサインです。
・同じ話を何度もしてしまうのも脳負債の現れです。「その話はこの前聞いた!」と言われることが増えてきたら、その兆候ありです。
・夫婦げんかが増えてきたというのも、脳負債の始まりかもしれません。
・「年寄りだと思ってバカにして」のような言葉が出てくるとすれば、それはかなり進んだ症状です。内心、自分の体の衰えを感じているからこそ、つい被害者意識が高まってしまう状態です。
こうした症状は、本人はなかなか気がつきにくいものです。まずは、誰かと話をする時には、努めてその人を“ほめる”ように意識するのがいいと思います。ほめるためには、相手を観察する必要があり、ほめられた相手もうれしくなり、話が弾みます。それがなかなか難しそうであれば、最低「そうやね」と相手の言うことに相槌を打つ努力をしましょう。
---------- 伊藤 裕(いとう・ひろし) 慶應義塾大学名誉教授 慶應義塾大学予防医療センター特任教授、医学博士。1957年、京都市生まれ。京都大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程修了。専門は内分泌学、高血圧、糖尿病、抗加齢医学。世界で初めて「メタボリックドミノ」を提唱。著書に『幸福寿命 ホルモンと腸内細菌が導く100年人生』『なんでもホルモン 最強の体内物質が人生を変える』(以上、朝日新書)など。 ----------
人間の寿命の限界はどこ?幸福寿命を伸ばすことが新しいウェルビーイング|#01 慶應義塾大学 伊藤裕先生
2023/07/14
遺伝子は設計図ではなくて「カタログ」自分にあったものを選ぶ|#02 慶應義塾大学 伊藤裕先生
2023/07/16
遺伝子の情報量は意外と少ない「経験豊かな人は遺伝子をうまく使いうまく生きることができる」理由とは?細胞内の「ミトコンドリアの元気」は「身体の健康」|#03 慶應義塾大学 伊藤裕先生
2023/07/19