井上啓太2020.5.17 09:00dot.#安倍政権 AERA
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ツイッター上で500万件以上ツイートされ、騒動となった「#検察庁法改正案に抗議します」。ことの発端は約4カ月前にさかのぼる。
【写真】黒川弘務・東京高検検事長
安倍晋三内閣は1月31日、東京高検検事長の黒川弘務氏(63)の定年延長を閣議決定した。森雅子法相はその後、国家公務員法の規定を用いて定年延長できると説明したが、野党やマスコミからは「検事総長人事に絡んで政権の政治的意図が働いたのではないか」という批判が集まった。
この閣議決定について、憲法・法政策論専門の早稲田大学・水島朝穂教授はこう指摘する。
「検察の定年については、検察庁法22条で『検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する』と定めています。国家公務員法を適用するのは無理があるし、政府は過去に『検察官と大学教官は、(検察庁法などで)既に定年が定められている。(国家公務員法の)定年制は適用されない』と答弁している」
そこまでして、黒川氏の定年延長を閣議決定したのはなぜなのか。水島教授は強い口調で憤る。
「現検事総長の稲田伸夫氏(63)がこの7月、慣例に従い約2年の任期で退任すれば、後任は7月に定年を迎える名古屋高検検事長の林真琴氏(62)になるのが順当です。ところが、2月に定年を迎える黒川氏は、官房長や事務次官など、政治まわりの経歴で評価されてきた人物。安倍政権が検察トップを“トモダチ化”して、検察を私物化しようとしている。こんな露骨なやり方は、まともな法治国家ではあり得ません」
そして今回、議論となっているのが「検察庁法改正案」である。改正案では、これまで63歳だった検察官の定年を一律65歳に引き上げ、最高検の次長検事などには63歳で役職を去る「役職定年」の規定を新たに設けた。そのなかで批判を集めたのが「22条2項」の規定だ。検事総長などについて、内閣が必要と認めれば定年以降もその役職のまま在職できる、という規定である。
【写真】黒川弘務・東京高検検事長
安倍晋三内閣は1月31日、東京高検検事長の黒川弘務氏(63)の定年延長を閣議決定した。森雅子法相はその後、国家公務員法の規定を用いて定年延長できると説明したが、野党やマスコミからは「検事総長人事に絡んで政権の政治的意図が働いたのではないか」という批判が集まった。
この閣議決定について、憲法・法政策論専門の早稲田大学・水島朝穂教授はこう指摘する。
「検察の定年については、検察庁法22条で『検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する』と定めています。国家公務員法を適用するのは無理があるし、政府は過去に『検察官と大学教官は、(検察庁法などで)既に定年が定められている。(国家公務員法の)定年制は適用されない』と答弁している」
そこまでして、黒川氏の定年延長を閣議決定したのはなぜなのか。水島教授は強い口調で憤る。
「現検事総長の稲田伸夫氏(63)がこの7月、慣例に従い約2年の任期で退任すれば、後任は7月に定年を迎える名古屋高検検事長の林真琴氏(62)になるのが順当です。ところが、2月に定年を迎える黒川氏は、官房長や事務次官など、政治まわりの経歴で評価されてきた人物。安倍政権が検察トップを“トモダチ化”して、検察を私物化しようとしている。こんな露骨なやり方は、まともな法治国家ではあり得ません」
そして今回、議論となっているのが「検察庁法改正案」である。改正案では、これまで63歳だった検察官の定年を一律65歳に引き上げ、最高検の次長検事などには63歳で役職を去る「役職定年」の規定を新たに設けた。そのなかで批判を集めたのが「22条2項」の規定だ。検事総長などについて、内閣が必要と認めれば定年以降もその役職のまま在職できる、という規定である。
次のページ改正案は「指揮権発動の制度化だ」
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これらに対し、野党や一部の国民からは「政権による検察の恣意的運用につながる」と批判が集まっている。そもそも、検察の人事権は誰がもつべきなのか。改めて水島教授に見解を聞いた。
* * *
検察の人事は、検事総長は内閣が、検事長以下は法務大臣が任命権を持っています。しかし、検察官適格審査会(国会議員+学識経験者等で構成)によらなければ罷免されないなどの身分保障が検察にはあり、独立性をもっています。公訴権を独占する機関なので、これをチェックする仕組みとして検察審査会があります。十分に機能しているとはいえず、改善の余地はありますが、不当な不起訴処分などを抑制する機能はもっています。
今回の検察庁法改正案は大問題です。ただ、「三権分立が侵される」と言う人がいますが、それは必ずしも正確ではありません。検察は行政機関だからです。
では何が問題なのか。私は、今回の検察庁法改正案が、独立性を有する検察を時の政権の道具とする「指揮権発動の制度化」だと思っています。それはどういうことか。
検察庁法14条には、「法務大臣は、第4条及び第6条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる」と書かれています。法務大臣は検事総長を通じて、起訴・不起訴について指揮できるのです。つまり、今回の法改正案以前から、内閣は検察をコントロールできる力を持っていたのです。これを「指揮権発動」といいます。でも、これは“禁じ手”とされてきました。国民の反感を買うからです。
これまでに唯一、指揮権が発動されたのが、1954年の「造船疑獄」事件です。安倍首相の大叔父にあたる佐藤栄作自由党幹事長(当時)が収賄の疑いで逮捕される見通しでしたが、犬養健法務大臣が、「重要法案の審議中」を理由に指揮権を発動しました。捜査は中断され、その後不起訴になりました。世論の反発は大きく、法務大臣は辞任しています。
* * *
検察の人事は、検事総長は内閣が、検事長以下は法務大臣が任命権を持っています。しかし、検察官適格審査会(国会議員+学識経験者等で構成)によらなければ罷免されないなどの身分保障が検察にはあり、独立性をもっています。公訴権を独占する機関なので、これをチェックする仕組みとして検察審査会があります。十分に機能しているとはいえず、改善の余地はありますが、不当な不起訴処分などを抑制する機能はもっています。
今回の検察庁法改正案は大問題です。ただ、「三権分立が侵される」と言う人がいますが、それは必ずしも正確ではありません。検察は行政機関だからです。
では何が問題なのか。私は、今回の検察庁法改正案が、独立性を有する検察を時の政権の道具とする「指揮権発動の制度化」だと思っています。それはどういうことか。
検察庁法14条には、「法務大臣は、第4条及び第6条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる」と書かれています。法務大臣は検事総長を通じて、起訴・不起訴について指揮できるのです。つまり、今回の法改正案以前から、内閣は検察をコントロールできる力を持っていたのです。これを「指揮権発動」といいます。でも、これは“禁じ手”とされてきました。国民の反感を買うからです。
これまでに唯一、指揮権が発動されたのが、1954年の「造船疑獄」事件です。安倍首相の大叔父にあたる佐藤栄作自由党幹事長(当時)が収賄の疑いで逮捕される見通しでしたが、犬養健法務大臣が、「重要法案の審議中」を理由に指揮権を発動しました。捜査は中断され、その後不起訴になりました。世論の反発は大きく、法務大臣は辞任しています。
次のページ法案を急ぐのは「河井克行・案里議員に捜査が及んでいるから
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今回の検察庁法の改正は、「指揮権を裏で発動している」ことに他なりません。なぜなら、政権に近い黒川氏を検事総長に据えることで、指揮権を発動しなくとも、検察官が政権の意向に忖度するようになりかねないからです。
このコロナ禍に、法案成立を急ぐのは、河井克行議員と妻・案里議員に捜査が及んでいるからでしょう。広島地検の捜査を牽制したいという安倍首相の思惑が透けます。そして今回、「定年延長」を設けることで、黒川氏に限らず、今後も検事総長や検察幹部に政権に近い人を座らせることができる。これで、自分たちにとって都合の悪い捜査は止めることもできるわけです。
今回、たくさんの人々が「これはまずい」と抗議の声をあげた。これは正常な市民感覚だと思います。時の政権が検察人事に介入することが、市民の権利や自由にも影響をおよぼすことを見抜き始めたのだと思います。(構成=AERA dot.編集部・井上啓太)
このコロナ禍に、法案成立を急ぐのは、河井克行議員と妻・案里議員に捜査が及んでいるからでしょう。広島地検の捜査を牽制したいという安倍首相の思惑が透けます。そして今回、「定年延長」を設けることで、黒川氏に限らず、今後も検事総長や検察幹部に政権に近い人を座らせることができる。これで、自分たちにとって都合の悪い捜査は止めることもできるわけです。
今回、たくさんの人々が「これはまずい」と抗議の声をあげた。これは正常な市民感覚だと思います。時の政権が検察人事に介入することが、市民の権利や自由にも影響をおよぼすことを見抜き始めたのだと思います。(構成=AERA dot.編集部・井上啓太)