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(高橋 義明:中曽根平和研究所・主任研究員)

 新宿区には東京都庁だけでなく、国立感染症研究所、国立国際医療研究センターが戸山に、そして東京都内のPCR検査の主力である東京都健康安全研究センターが大久保に所在して、まさに感染症対策の要が集結している。しかし、その足元の新宿区でエピセンター化(感染の震源地)が進行した。新宿区在住者の累計感染者が7月19日に10万人当たり422.1人に達した。つまり、住民240人に1人が感染したことを意味し、イタリアの感染率(406.0人)を超えた。

 

 政府は東京都を除外することとしたとはいえ、22日からGo Toキャンペーンを開始するなど、いわゆる集団免疫戦略あるいは壮大な社会実験に転換したようにも見える。関係者に求められる姿勢について考えてみたい。

新規感染者数では新宿区が突出

 東京都の居住地別患者数の推移をみると、緊急事態宣言が解除された5月25日以降、突出して陽性患者が多かったのが新宿区民である(7月19日現在、1058人)。次いで大阪市(383人)、世田谷区(278人)、横浜市(274人)、中野区(246人)、豊島区(202人)、札幌市(190人)、北九州市(183人)、川崎市(178人)、足立区(174人)、板橋区(152人)、練馬区(151人)、渋谷区(150人)、港区(150人)、杉並区(145人)、さいたま市(135人)、福岡市(133人)と続くが、新宿区が断然に多い。

 ただし、上記は人口規模を勘案していない。ドイツでは外出制限の再要請の基準として市・郡レベルで1週間の感染者数が人口10万人当たり50人を超えた場合としている(詳細は筆者の研究レポート「新型コロナウイルス政策における証拠に基づく政策決定(EBPM):日本の政府・自治体の主要政策指標は正しい政策判断に資するのか」参照)。この基準に基づきノルトライン・ウェストファーレン州は食肉加工工場でクラスターが発生した人口37万人のギュータースロー郡を6月下旬に外出制限している。同じ基準で東京都の区市町村の状況をみてみると、新宿区が6月25日に警戒レベルの25人を超え、7月5日から14日連続でドイツの再要請基準50人を超えている。

(*赤字は管理人「空を飛ぶカバ」)

数字のマジックで低く見えていた都の陽性率

 東京都のホームページによると、7月20日現在、陽性率は6.0%とされる。問題は都の陽性率は全区市町村の平均だという点である。陽性患者が少ない市町村部で検査が多いと陽性率は低く、陽性率の高い地域の数値をマイルドにしてしまう。

 国立国際医療研究センターの情報から新宿区PCR検査スポットでの陽性率を計算すると5月10日の週は0.7%とゼロ近くに一旦低下した。しかし、翌5月18日の週には5.8%、緊急事態宣言が解除された5月26日の週には10.7%となり、その後、8.3%、15.4%、15.4%、22.8%と推移し、6月29日の週に30.2%、7月6日の週に32.2%と3割を超えた。一方、同時期の東京都の陽性率は4.9%、5.9%であり、新宿区と3〜6倍の差がある。

 新宿区PCR検査スポットはその立ち上げの際に「新宿モデル」としてマスコミも先進的事例として報じた。基本的に新宿区民だけが対象で、実施も平日の午前9時から11時までに限られている。しかし、「夜の街」が強調されるだけで、都庁、新宿区から新宿区全体の感染状況を示す情報を公表していなかった。土日に検査を実施しない中、新宿区の感染者数が毎週水曜日に極端に少ないのは都庁に報告されるまで3日程度かかっていることを意味する。さらに陽性率が高いままということは感染の急拡大に検査のキャパシティ限界に近いことを示唆している。

 独自にPCR検査数を公表している都内11自治体の陽性率を新宿区も含めて比較したのが図1である。

図1 直近の陽性率の推移(自治体別)(備考)感染率は7月6~12日の数字。新宿区にはデータを依頼しているが、原稿執筆時に入手できなかったため、国立国際医療研究センター資料。その他は各区資料。ただし、足立区は7月1日~7日、北区は7月4日~10日などと集計期間が相違。一部医療機関による検査数を含まない区がある© JBpress 提供 図1 直近の陽性率の推移(自治体別)(備考)感染率は7月6~12日の数字。新宿区にはデータを依頼しているが、原稿執筆時に入手できなかったため、国立国際医療研究センター資料。その他は各区資料。ただし、足立区は7月1日~7日、北区は7月4日~10日などと集計期間が相違。一部医療機関による検査数を含まない区がある

 陽性率にはかなりの差があるが、一般的傾向として6月22日の週当たりから陽性率が上がってきており、かつ感染率が高いところは陽性率も高くなっている。ただし、感染率が低い千代田区、大田区ではPCR検査数が少ないために陽性率が高く、感染率は高いものの区内保育園における集団検査(濃厚接触者53人)などで検査数を増やしたと思われる墨田区では7月6~12日の陽性率が低くなっているなどの違いもみられる。東京都内の自治体で検査数と陽性率を見ることができなかったことが変化を見逃しまった要因の1つと言える

厚労省・東京都による抗体保有調査の問題点

 さらに人々の市中感染状況の理解に誤解を与えた可能性があるものとして厚労省・東京都による抗体保有調査が挙げられる。マスコミは「東京都の感染率0.1%」と報じたが、これはデータの解釈として不適切である(詳細は「社会調査の視点から考える厚生労働省の抗体保有調査の意味と問題点:今後の抗体調査の改善に向けて」高橋・田辺、参照)。

 まず東京都での調査は対象者が豊島区・練馬区・板橋区の3区の区民のみである。なぜその3区が選ばれたかは定かではないが、3区で調査したこと、イコール東京都の感染状況とはいえない。例えば、新宿区では6月初の時点でPCR検査による感染率が既に0.1%に達して都内で最も高かった。感染率が高いことは他区よりも市中感染が広がっていた可能が高く、新宿区で抗体保有調査をしていれば厚労省・東京都調査の0.1%よりもかなり高かったと推定できる。惜しむべきは新宿区で抗体保有調査を実施しなかったことであるが、新宿区などの感染率が高いところの市中感染の状況を調査は反映していない。

 さらに問題は東京の調査対象が1971人と少なかったため、統計的に誤差が大きくなってしまったことである。結果的に3区の推計市中感染率は最小0.008%、最大 0.284%の範囲となってしまう(ウェイトバックなしのベイズ推計の場合)。つまり、最小値で解釈すれば市中感染はほぼなし、最大値で解釈すれば3区の陽性患者率0.035%の8倍の市中感染があったと言える。どちらにも解釈できる結果となってしまっているのは調査規模が小さかったからだ。もし豊島区の市中感染率を把握したかったのであれば、逆算すると豊島区だけで6380~2万5517人の対象者が必要だった。つまり、この調査から東京都あるいは3区いずれの感染状況も正確に把握するのは難しい。このような調査結果が独り歩きしている。

企業、大学、病院などが発表する情報に注目

 もう1つの問題は、新宿区の感染が夜の街に限定されているのか否かが見えなかったことである。新宿PCR検査スポットの6月の陽性者のうち、飲食業関係者は58.8%に過ぎない。つまり、4割は会社員、学生、高齢者などだった。歌舞伎町から1キロの範囲には高齢化率56.8%の戸山ハイツがあり、高齢者への感染も懸念される。

 そうした中、日本で貴重な情報源となるのが企業・団体・大学・病院などの組織による発表である。従業員・スタッフ・顧客・学生などの中で新型コロナの感染者が発生するとプレスリリースを行っている。また、企業であればどの事務所で勤務している者であるかを公表していることが多い。

 こうした記者発表を確認すると、緊急事態宣言解除後は新宿区が突出している。5月末にはいくつかのホストクラブが感染発生を公表している。しかし、6月に入るとホテルの宿泊者、企業スタッフ、専門学校生、お客様センタースタッフ、下旬に銀行職員、酒類配送スタッフの複数感染、そして人材派遣会社ではクラスター(16人)が発生したとされる。7月に入ってもコンビニ、ショップ、飲食店、企業社員、そして劇場での巨大クラスターにつながっていく。ここ1週間には保育園、障害者施設、特養のスタッフ、そして百貨店販売員にも感染者が出ている。こうした公表情報からは「夜の街」と括るには広範に拡大していた。千代田区、中央区、港区、渋谷区でも7月に入ると企業・店舗などでの感染発表が増えている。ただし、全ての企業・組織がこうした情報を公表しているわけではない点に注意が必要である。

通勤圏を勘案した感染の広がり

 図2は、7月9~15日の1週間とその1カ月前の6月9~15日の1週間における、1都4県の人口10万人当たりの感染率である。

図2 ドイツの外出制限再要請基準でみた1都4県の感染状況(左が6月9~15日、右が1カ月後の7月9~15日)(備考)千葉市、横浜市、相模原市の区別の数値は不定期の公表であるため、千葉市、相模原市は7月7~13日、横浜市は7月4~10日。濃い茶色ほど数値が高く、濃い青ほど数値が低い。1週間の感染者0人の場合は色なし。人口が少ない地域では感染者数が少なくても感染率が高くなることは留意© JBpress 提供 図2 ドイツの外出制限再要請基準でみた1都4県の感染状況(左が6月9~15日、右が1カ月後の7月9~15日)(備考)千葉市、横浜市、相模原市の区別の数値は不定期の公表であるため、千葉市、相模原市は7月7~13日、横浜市は7月4~10日。濃い茶色ほど数値が高く、濃い青ほど数値が低い。1週間の感染者0人の場合は色なし。人口が少ない地域では感染者数が少なくても感染率が高くなることは留意

 この図から1カ月の間に感染が拡がり、かつ新宿区周辺などで感染率が上がっていることが分かる。例えば、渋谷区(22.8)、中野区(23.0)、文京区(14.8)、豊島区(14.6)と1万人当たり1人以上と高くなっている。

 2015年国勢調査によると、それぞれ自区内の勤務が多いものの、新宿区が中野区民には1番目、豊島区民には2番目、文京・渋谷区民には4番目の通勤・通学先である。また、例えば、飲食店でクラスターが発生したさいたま市は千代田区、港区に次いで新宿区への通勤が多い。

 中曽根平和研究所の遠藤客員研究員、高橋主任研究員による研究レポート「新型コロナウイルス感染拡大の決定要因:四大都市圏と百万都市の検証」を参考に、「関東において新宿区との人の行き来が緊急事態宣言解除後の市区町村ごとの感染拡大に影響を与えているか」を統計解析したところ、新宿区への通勤・通学率、新宿区民の市区町村への通勤・通学率がともに統計的に影響を与え、感染の4割を新宿区との関係で説明できる。そうした中、介護施設、企業事務所、工事現場、幼稚園・保育園、専門学校、病院など各地で集団感染が発生している。濃厚接触だけを追っていると感染経路不明として一括にされ、こうした空間的な感染の広がりを見逃していた

自治体ごとに異なる情報公表の姿勢

 表1は東京都下の自治体内で新型コロナ感染症の発生状況についてどの程度の情報をHPで知らせているかを分かる範囲でまとめたものである。

表1 東京都基礎自治体の感染者情報の公表状況(備考)各自治体のHPの情報(2020年7月13日現在)からまとめたものである。筆者による見落とし、自治体の開示方針の変更で修正の可能性がある点に留意© JBpress 提供 表1 東京都基礎自治体の感染者情報の公表状況(備考)各自治体のHPの情報(2020年7月13日現在)からまとめたものである。筆者による見落とし、自治体の開示方針の変更で修正の可能性がある点に留意

 他府県の自治体では基本的に公表している患者ごとの個別情報を出しているのは東京都内では墨田区など6自治体にとどまる。この中で墨田区、江戸川区は職業とともにその勤務地が区内か区外かについての情報も含めている。

 一方、個別情報は公表せず、集計値のみ公表しているのが千代田区などの11自治体である。ただし、その内容はかなり相違しており、(1)感染者数は日次だが性別・年齢内訳などの詳細は週に1回更新する港区、大田区など、(2)週に1回感染者数を含めて更新する千代田区、品川区など、(3)累計感染者数、死者数などの総括表を更新する渋谷区など、に分かれている。

 さらに中央区など8区、東京都が所管する保健所管内の自治体は東京都庁の居住地別内訳で計上されている数値の引用にとどまる。つまり、新宿区、中野区、文京区、豊島区など今回感染が拡大した区はいずれもほとんど区内の情報を公表していない。なお、墨田区、葛飾区、荒川区などは大阪府、神戸市、北九州市などと同様に自区内の小学校・保育園・介護施設などで、感染が発生した場合、学校名・施設名を公表している。一方、文京区、江東区などは学校名を公表していない。その点での情報公開の姿勢にも違いがある。

いずれの自治体や企業にも欠けている情報とは

 こうした中、関係者に求められる姿勢はどのようなものであろうか。やはり感染拡大の状況に関する的確な情報提供が最大の防御になる。米国では感染爆発が起きたが、そのような中、ニューヨーク市、シカゴ市などエピセンター化したメガシティーはPCR検査サイトの地図情報などに加えて、どこで感染が起きているかを市民に知らせるため、郵便番号別で感染率、死亡率、陽性率などを公表している。例えば、ニューヨーク市マンハッタンのソーホー地区では感染者194人、死亡9人ということが分かる(図3)。

図3 ニューヨーク市の感染率(郵便番号別)(備考)ニューヨーク市のデータによる© JBpress 提供 図3 ニューヨーク市の感染率(郵便番号別)(備考)ニューヨーク市のデータによる

 日本では保健所が感染者の情報に加えて、企業などに対して積極的疫学調査を実施しており、その動向も把握している。しかし、その情報を公表している自治体はない。東京と同様に感染拡大している大阪市も区別の情報は公表していない。自治体にはこうした感染者と企業などの情報を組み合わせてエピセンターを地図化するなど、情報の効果的な活用が重要になってこよう

 また、感染症法では「厚生労働大臣及び都道府県知事は、・・・収集した感染症に関する情報について分析を行い、感染症の発生の状況、動向及び原因に関する情報並びに当該感染症の予防及び治療に必要な情報を新聞、放送、インターネットその他適切な方法により積極的に公表しなければならない」としている。つまり、集団感染も会食で発生したのか、職場の打合せで発生したのかといったクラスターの具体的な発生状況の分析、原因の解明なども厚労省、都道府県の役割である。台東区の永寿総合病院など院内感染の経験に学ぶ報告書、港区みなと保健所による飲食店での濃厚接触者の健康観察結果報告がみられる。しかし、それ以外では未だ政府、自治体から伝えられるのは基本的に「3密の回避」「新しい生活様式」であり、そこから進化していない。

 さいたま市のクラスターが発生した店舗でもスタッフには手指消毒、グラス類の除菌洗浄、テーブル、ソファーのアルコール消毒&清掃、検温、マスク着用などをしていたという。それにもかかわらずなぜ集団感染が起きたのかなどの分析はさいたま市からは現状、見当たらない。そもそも夜の街に最初にどのようにウイルスが入り込んだかも解明されていない。

 海外では、例えば、米国各地の保険当局が事例の具体的な検証を行ったものとして、最近のものでは、テキサス州立大学の学生数人に感染が発生した後の大学との合同による積極的疫学調査の事例分析やミズーリ州の美容院での2人の美容師が感染した後の濃厚接触者の追跡分析などがアメリカ疾病予防管理センター(CDC)のHPで公表されている。日本では、既に全国で2万5000人あまりが感染した経験に学ぶ体制になっていない。大学・企業なども感染の発生を伝えるだけでなく、なぜ感染が起こったのか、その具体的な経験や教訓を共有することこそ、大学や企業の社会的責任であろう

 市中感染が広範に起こっている場合には誰がかかるか分からず、感染者の注意・不注意の状況ではなくなる。また検査の精度の問題から、感染していないにもかかわらず、一定割合で陽性と診断されることもある。そうした中、感染者のプライバシーには配慮しつつ、感染拡大抑制のためにはどのような情報が必要なのか、改めて議論することが重要になっている。