話題の菅総理本『政治家の覚悟』をプチ鹿島が読んでみた…収録されている“実はヤバい部分“とは?
《「いいから、代えるんだ」と押し切りました。》
『政治家の覚悟』(菅義偉・文春新書)を読んでみた。
もともと2012年に発売されていた単行本『政治家の覚悟 官僚を動かせ』は、首相の就任後、ネット上で高額で取引されていた。
2012年版が注目された「意外な要因」
今回話題になったのはこれ。
『首相本「記録残すの当然」削除 改訂版を発売』(朝日新聞デジタル10月20日)
「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為」
これら公文書管理の重要性を訴えていた部分が削除されていた。
旧民主党の政権運営などを批判した章で、東日本大震災後の民主党政権の議事録の保存状態を問題視。菅さん、素晴らしいツッコミです。
なので2012年版が注目されたのは菅首相誕生というだけでなく、菅氏も野党時代は公文書の重要性を訴えていたという「意外な要因」もあったと思う。私もそれが理由で読みたかったのだから。
意表を突いた朝日新聞記者の“仕掛け”
3年前のこの「事件」も大きい。
『自著での主張も記憶にない? 菅官房長官「知らない」』(朝日新聞デジタル2017年8月8日)
加計学園問題で議事録の公開に応じる姿勢を示さない菅氏に対し、朝日新聞の南彰記者が議事録の大切さを書いた菅氏の著書の部分を会見で読み上げた。
《「これを本に記していた政治家は誰かわかるか」と尋ねたところ、「知らない」と答えた》
意表を突いた突飛な質問かもしれない。しかし「知らない」「その指摘は当たらない」と常にそっけない答えをする菅氏の出方を読んだうえでの仕掛けともいえる。
少年時代、秋田の裕福な家で育った菅少年は高価な釣竿を持ち「釣りキチ三平」のモデル説まで出るほどだったが、まんまと南記者に釣り上げられたのだ。自分の本の内容も知らないなんて松本伊代かよという事態になったのである(例えが古いので各自確認)。
そんなエピソード満載の注目の部分が今回章ごと削除された。
それでも“ヤバい部分”はたくさん掲載されている
《文春新書編集部は「意図的に削除されたかのような報道も散見されますが、そうした意図は全くない」と説明。新書版に編集する過程で、総ページ数、全体バランスから民主党政権に触れた12年本の第3章と第4章を丸ごと割愛したとしている。》(東スポWeb)
こんなお宝だもの、本当は載せたかったんじゃないかなぁ。そう思いながら読んでみるとこの新書版、実はヤバい部分はたくさん掲載されていた(今回の本題はここからです)。
例えば第6章。総務相時代に同省のNHK担当課長を更迭したことを誇らしげに書いている。その経緯が凄い。
自分の方針に反対するNHK担当課長の発言を確認するために何をしたか? 菅氏は嬉しそうに、
《懇談の議事録が残っていて、はっきりとその課長の発言が記載されていました。》
菅さん、議事録めちゃくちゃ活用してるじゃないですか。やっぱり議事録大事です。
それにしても、この部分も新書では削除したほうがよかったのではないか? もしかしてここを残したのは文春の意地悪か。
あと、NHK担当課長が菅氏の方針に否定的な発言をしたことを最初にご注進したのは「知人の論説委員」と書いている。懇談会には新聞社の論説委員が参加していた。つまり菅氏は新聞社のエライ人まで味方につけ、「情報網」を張って自分への批判を耳に入れていたことになる。怖い。
散見される官僚に対する「強い口調」
更迭するくだりも生々しい。
「質問もされていないのに一課長が勝手に発言するのは許せない。担当課長を代える」
「ダメだ」
そして、
《「いいから、代えるんだ」と押し切りました。》
と自慢げに書いている。
本書ではほかにも官僚に対する「強い口調」の描写は度々出てくる。
・「それなら地方交付税を含めていっさい口出しするな!」つい、語気を荒らげてしまいました。(P78)
・私は強く言いました(P81)
・「何を言っている。当然、全国に波及させるためにやるんだ!」と言うと主計官は絶句していました。(P159)
・こんな理事がいたのでは、改革などできないと感じた私は、道路局長を呼んで、「夜中は走らせないなんて理事は辞めさせろ」と命じました。(略)私がそこまで怒っていると知った理事は、何度も面会を求めてきて、「私の勉強不足でした。ぜひ、そういう方向でやらせてください」と積極的に取り組んでくれました。(P162)
「強い口調」のオンパレードだ。
もともとこの本は『政治家の覚悟 官僚を動かせ』(2012年)というタイトルだったが、これでは官僚を動かせというより脅しているように見える。改革するにしても、反対意見にも耳を傾けて議論していくという発想がこの本からは見えない。自分が一番正しいという結論から始まっているのだ。今回の学術会議の件に見事に通底している。
新たに収録された「官房長官時代のインタビュー」
新書版では削除された章の代わりに官房長官時代のインタビュー収録が売りだが、そこにも怖いことがシレッと掲載されている。
《内閣法制局長官や事務次官の人事については、強引だとの批判もありましたが、政権の方向性に合う人をきわめて客観的に選ぶという方針ですから明快そのものです。》(P195、2014年のインタビュー)
ギョッとする。
内閣法制局長官でさえ「政権の方向性に合う人」と明快に言っちゃってる。そして「政権の方向性に合う人をきわめて客観的に選ぶ」って支離滅裂でもある。いろんな意味でヤバいのだ。こういうのを残したのはやはり文春の意地悪か。
「重みと思うか、快感と思えるか」
菅義偉氏の権力の行使に対するこのヤバさは何なのか。実はその正体を書いた記事があった。
菅官房長官の番記者として取材してきた毎日新聞政治部の秋山信一記者は10月2日の「記者の目」で以下のように書いている。
菅氏は記者に「権力」について、
《「重みと思うか、快感と思えるか」とボソッと語った。重圧に潰されないようにするためには、思うように政策を進める快感を力に変えられるかどうかだということだ。》
権力を行使するのは重みではなく「快感」。
ギョッとする。
権力者はその力を抑制的に使うはずだが、快感らしいのだ。
菅氏は「たたき上げ」を売りにしているがこの振る舞いはただの「田舎っぺ」である。
もとの単行本が発売されたのは8年前だが、現在この権力快感おじさんは総理大臣となった。
新書となった『政治家の覚悟』はむしろ「国民の覚悟」である。