2019年夏の参議院選挙における、「れいわ新選組」の候補者を追ったドキュメンタリー『れいわ一揆』が9月11日より公開されている。参院選では、女性装の東大教授として知られる安冨歩氏をはじめ、個性豊かな10人の候補者たちが出馬し、熱戦を繰り広げた。 17日間に及んだ選挙戦を約4時間のドキュメンタリーにまとめあげたのは、『ゆきゆきて、神軍』の奥崎謙三、『全身小説家』の井上光晴など「強い個人」に焦点を当てた作品で知られる原一男監督。本来は4月に公開が予定されていたものの、コロナ禍の影響で公開が延び、その間には山本太郎氏の都知事選の立候補と、新たなドラマもまた生まれた。公開を前にした8月、原監督にれいわ新選組や党首である山本太郎氏の変遷を中心に、お話をうかがった。
――映画の公開日はコロナ禍で延びてしまい、結果的に9月11日の公開になりました。
本来の公開予定日は4月17日だったので、5ヶ月も延びてしまったことになります。時期が決めにくかったのは、コロナの第二波と重なるかもという懸念と、いつ(衆議院の)選挙が起こるかがわからないという懸念があったからですね。そして、その間にれいわ新選組の支えになっていたものが、がたがたと音を立てて崩れていったことも大きかった。
公開延期によって生まれたもの
――そうですね。大西恒樹氏の「命の選別」発言や野原善正氏の離党問題もありますが、いちばんは山本太郎氏の都知事選の出馬であったと思います。
ちょうど1年前は、こんなことがあるなんて夢にも思いませんよね。今日の時点の、れいわ新選組の動向を予測している人はいなかったのではないかと思います。私自身、撮影当時は一点の曇りもなくこれは凄いなと思いながら、嬉々としてカメラを回していました。1年たってみると、それがまさかの……という感じですね。
――山本太郎氏の印象はどのように変わりましたか。
これは正直なところ、良いものにはなりませんでしたね。ただ、それは遠目で見てどうということではなく、私や映画との関わりの問題です。
繰り返しのようですが、参議院選挙の場において、山本さんのスピーチの現場でカメラを回しているときは何の問題もありませんでした。普通に「いい話だな」と思っていて。ただ、カメラから距離があって、直接山本さんと対峙しているという感覚は持てなかったので、選挙演説の撮影とは分けて、個別にインタビューをしなくてはいけないと思っていました。それは候補者全員に対して考えていたことで、選挙戦の撮影から2ヶ月たって、山本さんを除く9人の候補者に個別のインタビューをしたいと申し入れました。皆さん受け入れてくれて、それぞれ、いいインタビューがとれたなとも感じています。
山本さんに関しては、選挙中からちょこちょこインタビューの申し入れをしていました。ところが、無視なんです。最初に山本さんを見たのは安冨さんの記者会見で、そこに彼が来ていたんです。チャンスだったので直接挨拶をしようと思って、安冨さんの横で本人を見て、「どうも、原です」と話しかけようとしました。ところが、いないように扱われてしまって。その後も事あるごとに声をかけようとしたんですけど、反応してもらえることはなかったんです。そのうちに選挙期間は終わってしまいました。
――『れいわ一揆』では山本氏の応援演説に来た茂木健一郎氏が、あそこに原監督がいると言って、あの時は山本氏も反応されていますね。
そうですね、あの時だけは反応してくれましたけど、ただ、茂木さんが言わない限りは無視だったのではないかと思います。それで選挙後に個別インタビューを申し入れた際にも、見込みは薄いと思っていました。
――『れいわ一揆』は東京国際映画祭でも上映されましたが、その前後ではいかがでしたか。
いったん映画の撮影は終わりました。ワールドプレミアは東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門での上映と決まったのですが、ただその時点では完成しておらず、インタビューの撮影も並行して行っていました。ちなみに、同じく日本映画スプラッシュ部門に出品された、森達也さんの『i -新聞記者ドキュメント-』も同じ状況で、こうした状況は特に珍しいというわけではありません。
そして、山本さんサイドにインタビューを依頼し、また映画祭のレッドカーペットを歩いてほしいとお話ししたら、まずはこれまでに編集したバージョンでの、作品を見せてくださいと言われたんです。それがなくては話にならないと。これは最後まで、先方の一貫した主張でした。隠し撮りなんかしてないし、それは向こうも知っているはずなんです。正直、検閲のような感じもして、違和感は拭えないわけですね。人に見せられる形にはまとまっていなかったし、撮影も並行していたから、山本さんへの働きかけもうまくいかない。
山本太郎さんって、もともとは俳優ですよね。劇映画でも、俳優さんがまだ見てないまま映画祭で上映することもありますし、ドキュメンタリーでも同じですよと主張したら、「山本太郎は政治家なので、マスコミからの取材を受ける時にうまく反応しなくてはなりません。だから事前にどういう内容か知っておかないとだめなんです」と。しょうがないから3時間に編集したバージョンだけ見せたんです。ただそれでも、インタビューに関しては許可が降りなくて、あげくには安冨さんの映画だから、こちらは関係ないでしょうと事務所の方から言われました。
しかし、安冨さんが被写体の中心であっても、私たちがれいわ新選組の候補者全員にインタビューしていることは知っているわけですから、これはもうインタビューを受ける気がないんだと思って、もういいですとお伝えしました。ただ、観客が山本さんのみインタビューがないことで違和感を持って、山本さんが無駄な詮索を受けることにもつながるのではないかとも伝えましたけど、先方からは「それで結構です」と言われました。
最終バージョンについてどうなるかも伝えました。3時間のバージョンに候補者それぞれのインタビュー、および開票速報のシーンを付け足すような形で、特に隠し撮りとかひねった取材もありません、と。ちなみに、東京国際映画祭では山本さんの席も用意したんですけど、いらっしゃいませんでしたね。
――その後、山本氏のサイドとは何かしらの接触はあったのでしょうか。
映画祭が終わった後、山本さんの事務所の方から連絡がありました。おそらく、東京国際映画祭での上映をどなたかが観て確認されたんだと思うんですけど、ちょっと困ったシーンがあると。街頭演説で、政党名や個人の名前を書いたのぼりが映っていて、それは公職選挙法に違反するから、削除してくれないかと打診されました。確かにそうなんですけど、それは有名無実な規則で、みんなが破っているわけですよ。注意を重ねて受けて、それでも無視するようなら捕まるケースもあるようですけど、正直、選挙においてはありふれています。
それだけに、対応については少し迷っていたんですけど、また事務所の別の方から、ほぼ恫喝みたいに「切るんですか、切らないんですか」と迫る電話がありました。さすがに、そんなのおかしいと思って、切りませんと応えました。そうしたらメールと電話がばんばんかかってきて、弁護士さんに相談したんです。そこで言われたのは、公職選挙法にはいろいろ細かい規則があるんですけど、私たちが該当シーンを切ろうが切るまいが、のぼりを立てていることは同じなので、あえて切る必要はないということでした。その由を先方にも伝えたんですけど、連絡はやみませんでした。
特に連絡が集中していたのは今年の2月、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で『れいわ一揆』の上映を行っていた時です。その時に安冨さんに相談してみました。そうしたら同じ時期、ニューヨークタイムズの一面に、のぼりの横で安冨さんが街頭演説をしている写真が載ったんですよ。これで世界に知られたんだから、もう文句言えへんやろと安冨さんがおっしゃられて。その後にまた事務所の方から電話がかかってきて、切りませんと言ったら、その人は安冨さんに泣きついたみたいでしたけど、安冨さんは私たちの味方になってくれました。
もし原さんに切れといったことがばれたら、政党としてもまずいだろうと。表現の自由を求める、いわゆるリベラル層から支持を受けているれいわ新選組に、どんなにダメージを与えると思っているのかと安冨さんが事務所の方に一喝されて、それでようやく、連絡がやみました。
1年前のれいわ新選組と、現在との変化
作品を見た人からは、内容的に山本太郎を貶めるものでもないのに、なぜ山本太郎のインタビューがないのかと問われます。私のTwitterに直接聞きに来る人もいる。また、山本太郎だけがれいわ新選組のメンバーの中で、SNSのアカウントで『れいわ一揆』に関して一切触れてないことも気になりましたと。みんな薄々勘づいている。これは映画の本筋とはずれていく話だし、党を貶めたいわけでもありませんから、自分たちからはなるべく話さないようにしていました。ただ、映画の本公開も近づいて、「なんとなく」な違和感が、少なからず人に伝わっていくようになったと思います。
それには、山本さんの変節もありますね。党としての混乱もそうですけど、ひとつには、去年の参議院選挙について、なるべく話したくなさそうな感じがあって、かつ、否定するような発言もしている。しかし、参議院選挙におけるれいわ新選組の功績は、言うまでもなく大きかったですし、本人がそれを自覚できておらず、かつ、そうした過去を振り切ろうとしているのはまずい気がする。
また、人を軽視するようになったという感じはします。都知事選の際に、ラジオに山本さんが出たんですね。ラジオ局のまわりを、(山本さん目当てで)たくさん記者が囲んでいるとパーソナリティが指摘したら、山本さんが「あれはハトです」と言ったんです。彼らはパンくずを食べにくるハトで、僕はパンくずをまいているんですと続けられたんですが、これには大きな違和感を覚えました。 メディアは政治家にとって、自分たちの活動を広めるうえで欠かせない存在ですし、自分の周りに誰がいて誰が支えてくれているかという視点が抜けている印象は否めない。また最近の番組で、自分に対して批判的な意見はダークサイドと言って、私たちもダークサイドと言われているのかとは思いましたし、異なった他者に対して、より不寛容になっているようにも思えます。
――じっさい、映画を改めて見直しても、いまとはちょっと隔世の感があるように思えます。ただ逆説的に、当時の熱狂をいまになって冷静な目で見直せるということはありますね。
そうですね。私はいままで、政治を題材にした作品を撮ってみたいという気持ちはあったんですけど、ただ、あれは撮ってはいけないとか、あれは落としてくれとか、予期しないところでのいちゃもんがつきそうだということで、なんとなく避けていたんです。それが安冨さんとの出会いで、ひょんなことから撮ることになった。その時点で山本太郎の今までの歩みに詳しいわけでもなかったですし、ほとんど素人同然なままで、カメラを回し始めた感じでした。
再三となりますが、山本さんを含め、候補者たちの顔ぶれは撮影をしているときは絶妙だなと思っていました。個々のスピーチも私にとってはものすごく新鮮で刺激的で、いい機会をもらったなと。そののりで完成まで突っ走ったんですよ。映画自体は、れいわ新選組の可能性を本当に信じて撮りました。1年後にこんなことになって、手前みそですけど、逆に価値が高まったところもあるかもしれません。
――れいわ新選組の今後の展望については、どう思われますでしょうか。
れいわ新選組、今後の展望は
正直、期待はできないですね。それよりは、れいわ新選組に心を動かされた人、一人ひとりが何に心を惹かれたのかということを振り返るべきだと思います。
「れいわ一揆」というタイトルですが、これはれいわ新選組の一揆ということではないんです。去年のれいわ新選組が行ったような、パフォーマンスのような明るい選挙はひとつの理想ではあると思うので、ほかの政党や候補者でもああいうやり方をできる人がいれば続ければいいと思うし、より広い文脈でタイトルをつけたつもりです。山本さん以外の各候補者の皆さんは、私が見る限りは、去年の自分と応援してくれた人たちを裏切りたくないという気持ちが強くて、それを支えに頑張っている感じではあります。それだけに、れいわ新選組という政党を応援するというよりかは、去年の候補者の方たちに最後まで頑張ってほしいという気持ちのほうが強いですね。
――ちなみに、原監督自身は選挙に出たいとは思われますか。
あと50年早ければ、出馬したかもしれません。候補者である自分自身にカメラを回して、自分自身の視点から「選挙」をとらえるような映画ですね。ただ、今はそういう映画が増えたから、はやりには乗りたくない(笑)。
<取材・文/若林良> <撮影/八杉和興>
1990年生まれ。映画批評/ライター。ドキュメンタリーマガジン「neoneo」編集委員。「DANRO」「週刊現代」「週刊朝日」「ヱクリヲ」「STUDIO VOICE」などに執筆。批評やクリエイターへのインタビューを中心に行うかたわら、東京ドキュメンタリー映画祭の運営にも参画する。