喜びよりもミスの悔しさが先立った三浦璃来
世界選手権のフリーで=2023年3月23日、さいたまスーパーアリーナ
フリーではプレッシャーもあったのか、珍しいミスが出た。三浦がサイドバイサイドのサルコウジャンプで2回転になり、後半のスロウ3ループで転倒したのである。それでも最後まで力強く滑り切った二人に、さいたまスーパーアリーナの観客たちはスタンディングオベーションを与えた。
三浦はよほど悔しかったのだろう、氷を上がるとマルコット・コーチにもたれかかって号泣した。フリーは141.44で、アメリカのアレクサ・クニエリム&ブランドン・フレイザーに次ぐ2位。それでもSPでの点差で逃げ切り、総合222.16で初優勝をきめた。
「フリーで気持ちの弱さが少し出たかなと、すごく悔しい思いが今あります」
三浦は初優勝の感想を聞かれて、喜びよりもまずその悔しさを口にした。普段の練習では出来ている技なのに、それがこの大事な試合で見せられなかったことが、やりきれなかったのだろう。
「でも嬉しいです」と気を取り直して、最後はちょっとだけ笑顔を見せた。
フリーの演技を終え、ブルーノ・マルコット・コーチ(右)に抱き寄せられる三浦璃来と木原龍一=2023年3月23日、さいたまスーパーアリーナ
そんな三浦に、マルコット・コーチはどんな言葉をかけたのか。
「リクに、そんなに自分に厳しくしなくても、と言ったんです」と苦笑い。「もっと今のこの瞬間を楽しんで、と言いました」。そう言いながらも、「でもこれこそが、彼らが世界チャンピオンになった理由なのでしょう」と続けた。
自国開催の世界選手権で優勝するというのは、誰もが経験できることではない。ごく一部の、実力と運を兼ね備えたスケーターだけが手にできる、稀有な宝物である。それを手にしながらも、喜びよりもミスをおかした悔しさが先立った三浦にとって、最優先はメダルの色ではなく、練習してきたことをしっかり見せることなのだろう。
「次世代がペアに挑戦するきっかけになったら」
昨年(2022)の夏、日本で開催されたアイスショーで三浦が肩を脱臼し、二人は試合への準備が2カ月遅れたという状態でこのシーズンをスタートさせていた。だが結果的に今季出場した大会すべて、GP(グランプリ)ファイナル、四大陸選手権、そして世界選手権優勝というグランドスラムを成し遂げたのである。
「年間グランドスラムはあまり意識していなかったので、そういうものがあるんだという程度だったんですけど、そこは達成できてよかったです」と木原。日本選手としては、男女シングルも含めて初の快挙だった。
これほどの成果を上げながら、残念なのはまだ次に続くペアが出てきていないことだ。ジュニアの村上遥菜&森口澄士は世界ジュニア選手権で総合4位と健闘したものの、来季から森口はジュニアの制限年齢を越え、一方村上は現在のISU(国際スケート連盟)の年齢ルールではあと3年間シニアの国際競技には出られない。本来ならば三浦&木原が獲得した世界選手権の出場枠は3組あるのに、彼らしか出場する組がいないというのが現実だ。
世界ジュニア選手権で4位となった村上遥奈、森口澄士組だが、シニアの国際大会に出場するのは当分先になる
三浦&木原が自国開催の世界選手権で優勝したことが、日本のペアの未来にとってどのような意味があるのか。メディアから繰り返し、そういう質問が出た。
「こういった結果を見て、日本の次世代がペアに挑戦してみようというきっかけになったら、ものすごく……今シーズン達成したグランドスラムの結果が10年後20年後に出てくるんじゃないかと」と木原。
そう語った彼自身、2013年までシングルで競っていた。だが2014年ソチオリンピックの団体戦に向けて、高橋成美と組む男子のペアスケーターを求めていた日本スケート連盟にリクルートされてペアに転向。この時、連盟からトライアウトを勧められた男子選手の中には、シングルでのキャリアを否定されたように感じて落ち込んだスケーターもいたと聞く。
だが木原は「オリンピックに出るチャンス」と前向きに捉えて、ペアに転向。ちょうど10年後に、3人目のパートナーである三浦璃来と世界タイトルを手にしたのだった。
「日本のペアが変わったね、というきっかけが今日になったらいいなと思います」。木原はそう締めくくった。