19日公開の映画『ゴールデンカムイ』。
アイヌファン、『ゴールデンカムイ』ファン、『シュマリ』ファンの私としては、見に行かなきゃ、、、
映画『ゴールデンカムイ』予告①【2024年1月19日(金)公開ッ‼】
スピルバーグ監督 × コーエン兄弟脚本 × トム・ハンクス主演。
見ざるを得ない。2015年のハリウッド映画。
全米が反対して、誰も引き受けなかった、ソ連のスパイの弁護。実話をもとにした。ドノヴァン弁護士 こちら は今もウィキで輝く。
日本中が反対して、誰も引き受けなかった案件を引き受けている私の境遇と似る。
この映画の良さは私と徳永信一先生しか分からないだろう。
刺さったセリフ。何度も繰り返し聞き返して書き取った。
Will we stand by our cause less resolutely than he stands by his?
我々アメリカは、ソ連スパイの彼が大義を立派に貫くほど、断固として大義を貫くことができるだろうか?(いや、ソ連の彼に負けちゃあいけねえよ、って反語)
ハンナ・アーレントを読み尽くさんとしている。
映画も見た。
ユダヤ系の、政治哲学者。ハイデガーと愛人関係にあったのは、この映画で初めて知った。
『エルサレムのアイヒマン』で不朽になった。亡命先のアメリカからエルサレムに足を運んで、ナチのアイヒマン裁判を傍聴して書いた。
やっぱり、足を運ばないと。自分の目で見ないと。自分の目で見ないで、適当な&抽象的なことを言ってはいけない。鈴木エイトさんみたいに。
この『エルサレムのアイヒマン』で問題提起された「悪の凡庸さ(悪の陳腐さ、浅薄な悪)」について改めて学んでいる。
「ヒトラーの言いなりになった、どこにでもいる平凡人」って解釈されがちですが、ぜんぜん違う。
アーレントが言いたかったのは、「自分の言葉で考えない思考停止」。他者のことを考えない思考停止。お仕着せの、世間受けする、バズワードを操って、知的になったつもりになっちゃいけないよ、ということ。
そうやって「腹落ちしない言葉を使う」ことが、全体主義を導くんだよ、と。
カルトとかズブズブとかマインド・コントロールって言葉が広がった令和4−5年の日本に、ズシンと効く、ハンナ・アーレント。
これからも私はアーレントの問題提起を引き受け続けます。全体主義に抗うために。
久しぶりにこういう哲学書みたいなのを読んで、頭が良くなりました。脳に心地よいビジネス本ばかりを読んでいては、馬鹿になっちゃいますね。
ユダヤ人哲学者の女性、ハンナ・アレントが、ナチの逃亡犯・アドルフ・アイヒマンの裁判をイスラエルで傍聴。
それを本にした『イエルサムのアイヒマン』は、「20世紀の出版書の中で最大の論争を呼び起こした1冊」といわれているそうな。
アイヒマンを殺人鬼として描くのではなく、「自分の言葉で考えていない」思考停止しているさまを「悪の凡庸さ(Banality of Evil)」と表現。
その「悪の凡庸さ」が一人歩きしている感があるので、掘り返して、深掘りして、改めて咀嚼している。
単に、「誰にでもあるような、組織のために、上の言いなりになること」ではない。
「自分の言葉で考えないこと」。思考しないこと。Thinkしないこと。
自分の言葉に責任を持たないこと。官僚的に、世間で使われる言葉をそのまま使うこと。
これが、アレントが人生を賭けて攻撃した「悪の凡庸さ」。
ズブズブとかカルトとかマインド・コントロールとか、実態を何も知らずに、メディアで踊る文句をそのまま使うことに痛痒と違和感を感じない多くの日本人。
そんな日本人にこそ、ハンナ・アレントの「悪の凡庸さ」が何かを考え直して欲しい。
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映画『ハンナ・アレント』もよかった。
イチ女哲学者の、一冊の本が、映画になった。
そんな映画って空前絶後では。
彼女がこの本を著したのは1963年。ちょうど60年前。
その当時、彼女に対して殺害予告が世界中から集まるほど、彼女のこの本は攻撃された。
60年経って、評価は真逆に。
一本の映画ができるほど、歴史に残るほど、高く評価されている。
天は見ている。
リドリー・スコット監督、ホアキン・フェニックス主演。
12月1日から上映。
ナポレオンと、最初の妻のジョゼフィーヌとの物語。
ナポレオンが、ジョゼフィーヌにゾッコンで、でもジョゼフィーヌは別の男性と不倫していた、ってのは史実として知っていた。
皇帝なのに、一人の女性も支配できない。
ジョゼフィーヌ(未亡人、2人の子持ち)は32歳から46歳まで、14年、ナポレオンの妻だった。
子供が生まれないから、46歳で離婚された。さすがに46歳ではもう子供を産めないと思われた、、 失意の中、50歳で肺炎で死亡。
ナポレオンは、ジョゼフィーヌの6歳年下。26歳から40歳までジョゼフィーヌの夫。51歳で、セントヘレナ島で死亡。
待ち望んだお世継ぎのセガレ(再婚した別の女性との間に生まれた)・ナポレオン2世は、21歳で、病弱のために早逝。
歴史はいつも皮肉である。
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ジョゼフィーヌは、最期の言葉が、「ボナパルト…」だった。
ナポレオン・ボナパルトは、最期の言葉が、「ジョゼフィーヌ…」だった。
相思相愛の仲だったのだろう。
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別の女性と結婚しても、初婚の女性を思い続ける。
同じく、別の女性と結婚しても、初恋の民子を想い続けた、『野菊の墓』の主人公・政夫を思い出す。
この名作の最後「幽明遙けく隔つとも僕の心は一日も民子の上を去らぬ。」が脳裏に蘇ってきました。
キリスト教の「清貧」の模範で、カリスマ的な魅力を持っている、アッシジのフランシスコを描いた、50年くらい前の映画、『Brother Sun Sister Moon』。
これは近いうち見る。
Amazonで300円。
アッシジのフランシスコは、日本では誰に相当するだろうか。
ぱっと思い浮かぶのは、近江聖人の中江藤樹、ですかねぇ。代表的日本人の一人。
三浦綾子の名作『塩狩峠』。
主人公のピュアで真摯で敬虔な心に、「こんな人間がいるのか」という驚き。
宗教の、信仰の力、というのを教えられる。
クリスチャンのよさ、自己犠牲の尊さを感じることができる。
私が読んだのは三浦綾子 電子全集。
映画にもなっている。
リマスター版ってのもある。
恥ずかしながら、映画は見ていない。
家庭連合内でもこの名画は、古い世代には特にマストらしい。
近いうち、見よう。
見よう見ようと思って見れなかった映画『JOKER(ジョーカー)』。2019年、ホアキン・フェニックス主演、ロバート・デ・ニーロ助演。
いくつか賞も取って、評判がいいらしい。
安倍元首相暗殺犯がこれを見て、えらい影響された。
どんなもんだろうと思って見てみましたが… 後味のいい映画ではない。。。サイコ・サスペンス、ってジャンル? 要するに、この映画の「全部が主人公の妄想」なのでは、と問題提起するもの。
こういう、この映画の真意は? プロットは? という謎掛けを楽しむ人のための映画。
暗殺犯が、このサイコの主人公に影響された、というのもむべなるかな、という気がしました。
憤怒。ふんど。ふんぬ。
どちらの読みでもいい。
映画『君よ憤怒の河を渡れ』(主演:高倉健)を、友人の中国人弁護士(50歳代)が、何度も観た、と。10回以上観た、と。
それくらい、外国人をして、惹きつける何かがある。
検事が主人公。
だから我々法曹には見やすいはず。
いつか見よう。
帝国最後の沖縄県知事、島田叡(あきら)。
昭和20年1月に赴任、6月に死去。
わずか5か月の着任。県知事として何をしたでもない、でも永久に残る名前。
逃げなかったから。
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何をしたでもない、ってのは誇張で彼に失礼ですが、圧倒的な米軍の前に、軍民一如で戦う方針に基づき、本土決戦の礎となる沖縄の、県知事としてできることは、疎開させたり、米を台湾から調達したり、なるべく無駄死にさせない、、、それだけ。
まあ、あれですな、殿(しんがり)を務めるだけ。
逃げずに。
その逃げない姿勢は、戦後、吉田茂をして、「官吏の亀鑑」と言わしめた(と思われる画像が以下の映画にあった)。
実際、昭和20(1945)年7月9日、島田の殉職の報に際し、安倍源基内務大臣は、行政史上初の内務大臣賞詞と顕功賞を贈った。
「其ノ志、其ノ行動、真ニ官吏ノ亀鑑ト謂フベシ」
内務大臣が一知事に対して賞詞を授与することは、これが最初で最後の出来事。
その逃げなかった強さと、周りに見せた人間性が、戦後=彼の死後、80年近く立って、元キャスターの佐古忠彦さんにより映画化された。
Amazon Primeで400円レンタル。
いい映画でした。睡眠時間を削って見る価値がありました。
NZの、2500mちょっとの、タラナキ山ってのは、富士山みたいで、きれいですね。
実際に、映画『ラスト・サムライ』(NZで撮影)では、富士山として映写されたらしい。それは知らなかった。
山頂から10キロが保護区に指定されているので、きれいな円形状の景観が。
Windows10ログイン時の画像で知りました。