観たいと思って観ていなかった。
「感性」を磨くためには、「月イチ、映画を観るのがいい」って言っておきながら、最近数ヶ月、映画を観ていなかった。
そこで、日比谷シャンテで鑑賞。
よかった。
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アウシュビッツ収容所でユダヤ人を虐殺していたヘスが、毫も、その行為を疑っていない。全く悪びれていない。
正しさは歪む。正しさは色褪せる。
しかし。
美しさ(カッコよさ)は歪まない。美しさは色褪せない。
まとめると、
正しさは色褪せる。
美しさは色褪せない。
あえて英語を混ぜると、分かりにくいかもですが、
Right(正しさ)は色褪せる。
Righteous(美しさ)は色褪せない。
古今東西、歴史の篩に掛けられても、色褪せない、美しさ、潔さ、カッコよさ、というのがある。嘘をつかないとか、正直とか、誠実とか。
これを私はRight よりも Righteousだと捉えている。
日本の、最近の、トヨタその他の大企業の不祥事は、「歪んだ正しさ」から来ている。
「組織の論理」で、先輩がずっとやってきた、美しくない、かっこよくない、セコい、ダッサい行為を、「正しい」ものだと思って/信じて/疑わず、やってきた。
いわゆる「カビ型」の不正。「ムシ型」ではなく。
これらは、「正しい」けど、「美しくない」。カッコよくない。
そう。
「組織不正はいつも正しい」のです。
だから、「正しさ」を相対化する仕組みと努力が必要。
そのためには、感性を磨くことが必要。
そのためには、非日常を味わうことが必要。
そのためには、映画鑑賞が最適。旅行に続いて。
そんな中で、この映画を見て、改めて思った。
感性と勇気を養うためには、「歴史を学ぶこと」が大事。
歴史を学ぶと、いかに、たくさん、「正しさ」が相対的であったか、後世に覆されたか、危うい、儚いものか、が分かる。
当時の「時代精神」が如何に間違っているかを知ることができる。
例えば、日本の近代。
尊王攘夷、富国強兵、帝国主義、鬼畜米英、共産主義、環境とかを犠牲にしての高度経済成長、、、
それぞれの時代を彩ってきた精神(正しさ)が、如何に、30年後に「誤っていた」と判定されることが多いか。
時代の篩に掛けられて、消え去っていった「正しさ」が、いかに多いか。
この辺の呼吸は、歴史をしっかり学ぶことで身につく。
この『関心領域』みたいな映画を観ることを含めて。
感性と勇気を磨くためには、歴史を学ぶこと。
「正しさ」を相対化するためには、歴史的な、長い時間軸での視点が大事。
「時空を超える」ことで、眼前の正しさが相対化される。
ってなことを、この映画で学びました。