春待草の独り言

日々思ったこと、感じたことを日記代わりにつづっていきたいです。昨日コブクロライブに行った記念に。

森山直太朗さんのさくらのお話,再び。

2012年03月12日 | 森山直太朗さんのこと
昨日友達がMラバで「あなたを元気にする名曲SPでコブクロにあえるよ~」とメールをくれました。

お陰でオフィシャルに桜が聴きたいと書いた日にコブクロの桜を聴けました。

音楽はいいですね。

なかでもふいに涙が流れたのは、久々の森山直太朗さんのさくら。
コブクロと同じくらい直太朗さんのことが大好きな時期がありました。
コンサートには二回しか行けてないけど。
一昨年はフリーライブのあとサイン入りのCDのクレジットプレゼントもありました。
握手はしてもらいました。たぶん。

今日は卒業や受験のシーズンなので、森山直太朗さんのことを書いた記事をもう一度読んでもらいたくて、紹介させてください。

過去の記事を引っ張ってきます。

このみさとさんのお母様は福島FMのパーソナリティを以前されていたようですが、震災の被害はいかがだったでしょうか?

馬場ニ三子さん。一昨年新潟の居酒屋でお隣のグループに座られていた中に馬場さんかもしれない方がいらしたかもしれません。
確かめるすべがありませんが。

もし福島の方で馬場さんのことをご存知の方がいらしたら教えてください。今でもラジオやボランティアの視覚障害者の方への朗読などされているのでしょうか?





2005年の記事より引用。



私はコブクロと同じくらいに森山直太朗さんのことが大好きな時期がありました。

直太朗さんの存在を知ったのは2002年年12月6日。NHKスタジオパークからこんにちはの、金曜日のコーナー「スタジオDEライブ」に出演された時のことでした。

そのとき何を歌われていたのか、森山良子さんの息子さんと紹介されたのかははっきり覚えていないのですがUPテンポの「星屑のセレナーデ」といっぺん変わって、
最後の曲として歌われた「さくら」・・・。これがすばらしかったのです。
もちろんコブクロの「桜」も大好きだったのですが、すばらしい歌があるんだな~って感動しました。その翌年、「さくら」が120万枚を超える大ヒットにつながったときは、やっぱりいい曲は多くの人の心に届くんだな~と実感しました。

そして先日、直太朗さんが、NHKの「スタジオパークからこんにちは」にゲスト出演されていたとき偶然、見ることができました。(朝ドラ主題歌の関係だと思います)

その中で、2002年に初出演の時歌われた「さくら」が多くの人の心を打ったという話になり
そのときの映像も少し流れました。

その放送を見ていたある福島県在住の女性の番組宛の手紙があまりにも大切な内容だったので、スタッフがすぐに直太朗さんに届けられ、翌年桜前線とともに全国北上ライブをしていた直太朗さんはずっとこの手紙を大事に持って回られたそうです。
この手紙が本当にすばらしくご本人の許可を得て、テレビでも黒田アナウンサーが涙をこらえて紹介してくださいました。

見られなかった人にも「みさとさん」というこの方の娘さんが実際に力強く生きてきた足跡を感じていただけたらと思い、テレビで紹介された手紙をここで紹介させていただきたいと思います。


~福島県在住の方が 森山直太朗さんにあてた手紙~
 

「スタジオパークに出演されていた森山直太朗さんの澄んだ歌声に
心が洗われる思いでした。

実はそのとき披露された「さくら」を聴きながら、共にに見ていた
主人と涙があふれて仕方ありませんでした。

その歌詞は、新しい道を歩んでいく希望に満ちた者たちへの応援歌なのでしょう・・。けれど私たちには2002年年3月に亡くなった娘への想いが重なり、森山
さんが、コンセプトとして持っていたであろうものとは別の思い入れをもって
この曲を聴くようになりました。

娘「みさと」は小学6年生なかばに病に冒され、科学治療にも、度重なる手術にも堪え、
一年後、摘出したがん細胞は100パーセント死滅。まず再発の心配はないだろう、とのお墨付きをもらって退院しました。

しかしその喜びも8ヵ月半という短い期間でした。
再発、転移、手術、再々発、再手術。・・それでも娘はしっかり前を向いて
生きました。



中学卒業、高校受験も果たしました。
咳き込みながらも5教科の学科試験をやり遂げ、次の日は面接試験。


悪魔は声帯をも押しつぶし、声なき声で面接官の質問にも答えた娘です。

がんばりました・・・・・・・・・・・・・・。




その日の午後でした。
家族みんなで受験が終わるまで我慢していた映画を見に行きました。

その途中でした・・・・・。

15歳の春にするべきことをしっかりと成し遂げて、娘は逝ってしまいました。
暖かい春でした。
例年よりも早く咲いた桜はあっという間に散ってしまいました。

戒名にも「桜」の字が使われています。
きれいだけれども、なんとなくはかない名前です。
記録を残したわけでもなく、優れた詩や絵を残したわけでもなく、しかしとても強く生きた娘でした。

しかしその生き方はあまりにもドラマチックでした。
「さくら」を聴く度、そんな想いになることを、森山さんにお許しいただければ幸いです。」

直太朗さんも泣いているし、手紙を読んだ黒田アナウンサーは、震える声で声が詰まりそうになりながらもしっかりと読まれました。

何回も何回も同じ歌を唄いつ続けていると、時折誰に歌っているのか、その対象がわからなくなるそうです。この手紙はそんな時いつも心をゼロにしてくれて、きちっと歌わなければ。と前を向かせてくれていたそうです。

コブクロの「桜」もいつも自分の立ち位置を教えてくれる曲。と言われていました。「桜とさくら」「手紙」「太陽」と同じタイトルの曲を持っている、直太朗さんと
コブクロ。不思議な共通点をまた見つけたような気がしました。

直太朗さんが出演されるということでまた、あのお手紙を下さった福島県の女性から、お手紙が来ていました。娘さんは生きていらっしゃったら、今年19歳だそうです。直太朗さんが主題歌を歌われている「風のハルカ」を見ながら主人公ハルカに娘さんの姿を重ねてみていらっしゃるようです。「出会った人もあまりにも少なく恋愛など知らず逝った娘ですが、このような機会をいただき、直太朗さんをはじめ多くの方に「みさと」を知っていただくことができました。皆さんの心の中にみさとを生かせていただければ幸いです。今年も娘の旅立った日には同級生が集まってくれます。久々に友達に囲まれ楽しそうに笑っているみさとに会えるような気がします。
そのときには私も直太朗さんのうたが笑顔で聴けるようになっているかしら・・・。」

出会った方があまりにも少なく経験したことも少ないと、悲しんでおられ、みさとさんのことを知っていただいた方の心のどこかに生かしていただいたらうれしいということでしたし、短かったけれど力強く生き抜いたみさとさんを知っていただきたくて紹介させていただきました。(番組ではお名前も公表されていました。)

私はこの放送を見て涙が止まらなくなってしまいました。また直太朗さんのさくらを聴きたくなりました。



  以上2005年の記事より。




また一層「桜」と「さくら」が特別な曲になった気がします
みさとさんのお話しを読んでくださってありがとうございます。

一昨年の夏、新潟の酒蔵「やど」というお店に行ったとき、おとなりのグループのかたが「そんでさあ、急に馬場ふみさんにおねがいしたわけ」という話が聞こえてきたのです。

ラジオ局風な感じのかたがただったし、もしあの中に馬場二三子さんがいらしたなら、みさとさんが会わせてくれたような気がしました。


馬場さんは以前朝日新聞の天声人語でも紹介された方です。

今日のたなくじは「ちょびっと吉」でした。
良い一週間に!
タニケンさんのおうちもおでんのようですが、実はうちも今夜おでんでした。

いりことこぶと鰹節のだしで、うどんのだしみたいなあじで作りました。


これが!結構いけました。

この前つくった写真も載せます。


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2 コメント

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桜とさくら (ぶっちい)
2012-03-12 15:40:43
きょうちゃん こんにちは
みさとさんのお話 教えてくださってありがとう
胸がいっぱいになりました
わたしもこれから さくらを聞くたびに みさとさんのことを思うでしょう

歌にはいろんな思いがあるのですね



今朝 時間があったので0655みました
大吉でした
またこれから 1週間はじまるんだ~という 少し憂うつな気分が 少しだけ ハッピーになりました





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ぶっちぃさんへ (きょうちゃん)
2012-03-18 18:26:32
お返事遅くなってすみません。

みさとさんの記事読んでいただいてありがとうございます。

明日のたなくじ、お忘れなく!
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