春待草の独り言

日々思ったこと、感じたことを日記代わりにつづっていきたいです。昨日コブクロライブに行った記念に。

13年目。

2008年01月17日 | 想うこと感じたこと
あれから13年。
阪神淡路大震災。
今朝の新聞には6434人の方の命を奪った震災から13年とありました。

毎年この記事を書くときに庭には決まって白い小さな水仙の花が咲いていたのですが、なぜだか今年はまだ咲きません。

代わりにに今年の元旦の雪景色を載せてみました。

今日は風が吹いてとても寒い日でした。
岡山県北では雪が降ったそうです。
13年前の今日はもっと寒かったような気がします。
こんな真冬の体育館で毛布を敷いて余震におびえながら避難していたと、看護学校の先輩が話をしてくれました。
その日には救助の車が来なくて、大阪よりもどこよりも早く来てくれた救急車に「岡山日赤病院」と書かれてあるのを見つけたときは涙が出た。と話していました。

看護学生の頃、当時関連病院には小児科がなくて,私たちはなぜだか救急車に乗って何日間か、日赤病院の小児科病棟へ看護実習に行っていました。

年々ニュースや新聞に取り上げられることが小さくなっていく震災のこと。
私は被災したわけではないですが、こうして毎年書いていくことで自分の中d風化させたくないという気持ちがあります。

友人は当時幼稚園の先生として被災したそうです。
その日に生田神社に初詣遠足をする予定だったそうです。
「あと数時間地震が遅くおきていたら・・・」と思うと今でもたまらな気持ちがするそうです。
園児のお母様が一人亡くなったそうです。

彼女は卒園の記念に手作りでアルバムを作って教え子にプレゼントをしていたそうですが、ある卒園時のお母さんが、マンションはめちゃめちゃになって、思いでも何もかもなくなってしまったけど、このアルバムだけはこのこのためにと思ってやっとの思いで、必死で探して持ち出しました。
と聞いたときはたまらなかったそうです。

当時子供だった人も13年もたてば立派な大人になられているんですね。
知らない人が訪れればすっかりときれいな街になっている神戸。

しかし被災された方の心の傷は一生消えることはないのでしょう。

うちの小学校では今日避難訓練が行われたそうです。
子供から聞いたのですが、震災のときに一度は外に避難したのに、もう一度家に戻って再び来た余震によって命を落とされた方がたくさんいらっしゃるそうです。
だから一度外に避難したら何があっても絶対に戻らない!ということを教えられたそうです。

またうちの地域では炊き出し体験なども行われる予定です。
この寒い時期にするということがとても大切なんだなと思いました。

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