佐藤究の「テスカトリポカ」を、心臓が重苦しくなりながらも読み終えました。
『古代王国アステカの神話を下絵に、無国籍児童を狙う「心臓移植ビジネス」を中核に
据えたノワール小説の傑作だ。その背後には、国際的な「麻薬資本主義」の地下組織が
ある。麻薬やアステカなどの設定から、チリの巨匠ロベルト・ボラーニョの暗黒世界を
彷彿させるが、舞台はメキシコ北東部の街から、ジャカルタ、川崎へと移り、麻薬密売
の親玉、野望を抱く闇医者、天涯孤独の怪力の少年、表向きは虐待児童を救うNPO<かが
やくこども>の職員、地下に匿われる児童などの姿を群像劇として描き出す。』
朝日新聞4月28日「文芸時評」;翻訳家・文芸評論家 鴻巣友季子 より一部抜粋
メキシコのクリアカンに暮らすメスティーソ(インディオとスペイン人の血を引く)
である17才の少女ルシアが日本に密入国するまでの悲惨な話しから始まります。
麻薬密売人による虐殺、臓器売買や残虐なシーン、悪夢のような惨情が続き、また
アステカの生け贄の儀式がいまだに受け継がれている、まさしく暗黒小説でした。
メキシコ、ジャカルタ、日本の川崎を舞台に登場人物ひとりひとりが主人公でした。
人間の振りをした悪魔のような人物しか登場しない息苦しさの連続でしたが、コシモ
という純心な少年が現れ、ほっとしたのも束の間。
人並み外れた腕力と巨大な身体のコシモ。純心だからこそ影響を受けやすいコシモが
罪に染まっていくのには、耐えられないほどの哀しみをもちました。
ストーリーの中で登場した骨ごと咬み砕くほどの獰猛かつ危険で、鉄の鎖のリードで
なくては制御できない白く大きな犬がどんな姿なのか気になり、調べると
猟犬の血を引継ぎ、アルゼンチン原産「ドゴ・アルヘンティーノ」、
「愛情深い、友好的、忠実ではあるが破壊力抜群の犬種。体重40~45kg,
身長はオスで62~68cm, メス60~65cm. 」と紹介されていました。
写真ではおとなしそうな愛嬌のある顔に見えるのですが・・・
コシモとナイフメイキングの師匠パブロ、そしてシェルターで暮らす無国籍児童の9才
の順太、この三人に私は最終的に救われ、読み終えた後でも悪夢を見ないで済みました。
パブロの亡き父がメキシコ紙幣を挟んでいた新約聖書のページ
マタイによる福音書 9章13節
「 わたしが求めるのは憐れみであって、生け贄ではない 」
この小説で、カズオ・イシグロの「わたしを話さないで」、最近読んだ「クララとお日さま」
の話しを思いました。
「テスカトリポカ」も富裕層の子どもに、無国籍児童の心臓が売買されるストーリーで、
富める者が生きながらえるという共通点があります。
この本の題名「テスカトリポカ」はアステカ王国の最高神のことのようです。
その神のために生け贄の心臓を捧げてきたのです。
アステカの暦、ユリウス暦、グレゴリオ暦。メキシコ国旗のアステカの印。
(下線はメキシコ旅行ブログ内にリンク;この小説を読んでいたなら、アステカ王国の
遺品を実際に目にしたブログはもっと違ったものだったかと悔やまれます。)
フィクションではありましたが、ノンフィクションのようにも感じられました。
こんな残酷かつ強烈過ぎる「直木賞」受賞作は記憶に残るひとつとなりました。
読み終えて時間が経つと「滅びたインディへナの文明の儀式、アステカそのものの精神」
を知りその当時のインディへナの人々に思いを馳せ、また、闇の麻薬密売が他国の事で
はなく日本にも今現在拡がっている現実への警告のようにも受け取り、重苦しい内容では
ありましたが読んでよかったと思います。
この本の多くの参考資料の一つとして、先日読んだばかりの知念実希人著「ひとつむぎ
の手」があり、なんだか私事のように嬉しい思いでした(^^)