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第一夜★
本当の布団の中で起きてみて、どこかに感じる違和感は、直ぐに"あのキツネ顔の美少女"の存在だと思った。
会ったことはないけど、僕は彼女の事を知っている、もう一度寝てもいいと思える眠気に負けそうになるけど、彼女の正体を確かめるべく
思い当たる節のあるInstagramをタップした。
僕が夢に見た女の子は、そのシュリちゃんなんだと・・・確認した。
勝手に好意を寄せている女の子だ。
あー、そうか、あれはシュリちゃんだったのか・・・
自分は欲求不満なんだなとも反省する、見知らぬ女の子まで自分の夢の中に出演させてしまうとは・・・
その日の仕事は、どうにも上手くいかなかった。
僕はパッとしない芸人で小さなショーパブのボーイとして、客にポップコーンを配ったりしている。
舞台に上がる先輩芸人の事を面白いとは思えないし、それを超える面白さも、自分では思いつかない。
あと半年で、30歳を迎える。
30歳になったら、芸人の道を諦める事も視野に入れている。
バイト中は、ただ時間が過ぎるのを待った。
自分の部屋に帰宅して、安い焼酎で棒状のチーズを飲み込んだ。
部屋には何もナイ、散らかっているけど、「コレ」と言うものはナイ。
一言で説明するなら、ゴミの山ってのが簡単だ。
明日は起きるのが早い、アラームを設定して、布団に入った。
僕は夢の中で目を覚ました。
寝る前の自分の部屋には絶対に置けるはずもない、ふかふかの緑色の皮のソファーで目覚める。
あ・・・、昨日と同じ家だ・・・
やはりガラス窓は割れている。
昨日は、この豪邸に寂しさを感じたけれど、今日は、違う。
まず、食事の匂いがするし、空気の流れも感じられる、周りを見渡すと、肌の色が赤や青、黄色、他の色もある、沢山の女性のマネキンが部屋のそこら中に立っていて、不気味さも備えているけど、それは、一つ一つが違う表情をしていて、芸術品の様に見える。
昨日はなかった、抽象画も飾ってあったり、ショーケースの上の花瓶の色も表現し難い美しい色、花の造形などは特に、夢でなければ見られないだろう。
庭の景色も、昨日とは違う、見たこともない果物がなっている木や、
重力に逆転して、上流にゆっくり向かう川。
遠くには、鳥の様な羽ばたきを見せるものもあった。
風景が、カラフルになった。
まるで、クレヨンで描いたような世界観だ。
『起きた?』
ふと振り向くと、シュリちゃんが、トーストの上にベーコンを乗せた皿を持って、ニコリと笑っている。
「あ・・・、シュリちゃん・・・」
僕は、これが夢であると言う事を確かめるように彼女の全身を見た。
彼女を知る訳がないし、彼女が僕を知っている訳は、絶対にない。
『え?何?"ちゃん"って、気持ち悪いよー』と言いながら、シュリちゃんは僕の前に、朝食を用意した。
僕は、この世界の中でシュリちゃんの事を「シュリちゃん」と呼んでいないらしい。
僕にとっては、知らない女の子だけど・・・この世界の僕にとって、シュリちゃんは、信頼できるパートナーなんだろう。
だから誤魔化した。
「ははは、たまには"ちゃん付け"も新鮮だろ?・・・」、相手の顔をうかがいながら冗談にはならない言葉で確認した。
『昔から、シュリって呼び捨てにされたけど、今は慣れたよね』
シュリは後姿のまま、コップに何かを注いでいる。
僕は沈黙して、現状を理解しようとした。
テーブルに優しく、牛乳が置かれる。
牛乳でトーストを流し込んで、僕は質問した。
まるで、この世界を知っている様に
「このマネキンさ、最近、動いてるの?」
(なんとなく、今にでも動き出しそうな気がした、そのマネキンに対する質問としては上出来だろう)
シュリは、僕の顔をまるで、この世界の人間ではナイ様な顔で見る、
少し眉間にしわがよる。
『動いている・・・って言うか・・・、最近、貴方が寝てたし、動いてなかったよ』
???
もう、疑問しかない。
「そうだよね・・・」
沈黙を続け、何分で朝食を食べて休んだか、判断出来ない。
でも、僕は迷った挙句、シュリに僕のすべてを告げた。
僕は、今寝ているという事。
現実の世界で、君と会った事がナイ事。
でも、なんとなく知っていて、憧れている存在だと言う事。
寝ている部屋は、ゴミ部屋で、こんな優雅な朝食は久しぶりだし、出来る事なら起きたくない。
この世界にずっといたい事。
シュリに笑われると思った。
彼女は、この夢の世界で現実を生きている。
僕はシュリの彼氏で、優しくしてくれて、愛されているのも感じている。
だからこそ、シュリは優しく。
笑って、全てを肯定して、僕の現実世界での失敗談や、自慢話を聞いてくれた。
一通り聞いた後で、【この世界】の扱い方を教えてくれた。
赤色の物が欲しければ、赤いマネキンに命じる事。
「赤、俺は、リンゴが食べたい」と言えば、赤は少し庭に出てきて、リンゴを持ってきてくれる。
赤の姿はまるで彫刻だ。
当然、服を着ていないし。
僕が見たこともナイような体つきをしている、乳房も美しい。
ウエストは、僕の両手を締め付けたら、自分の指先がつく位の細さ、
スラリと伸びる脚で、歩く姿にさえ、見惚れる。
しかし、その【赤】はマネキンで、髪の毛もないし、表情もナイ。
うつろな目で、返事もしないけれど、忠実に動く。
たまに、【青】にも話しかける。
青には、「シュリに、透き通るようなネックレスを」と告げると、青は近付いてきて、シュリの鎖骨の辺りを撫でると、透き通る海色の青く光るネックレスを出現させた。
『ありがとう、私に、これって似合う?』と照れながら聞くシュリ。
僕は「もちろん」と言って、部屋の中を散歩した。
玄関から入って来て、リビング、その先に右にカーブしながら進んでいくと、お風呂に続く部屋や、トイレ、一番奥には、古臭い色褪せた本棚に囲まれた書斎。
大きな背もたれの椅子が、主人を待っている。
僕のものではないとは理解していたので、座る気にはならなかった。
この豪邸の秘密を聞きたい。
シュリなら知っているんだろう。
「なぁ、シュリ・・・」と振り返ると、シュリはいない・・・、あれ?
さっきまで稼働していた色のマネキンの気配もない・・・
ふと、前を向くと、書斎の大きな椅子の後ろに、見覚えのあるワンピースを着た女が立っていた。
昨日見た女の様に汚くはないし、髪もキレイで肉付きも標準だった。
しかし、どうみても昨日のワンピースだ。
目の奥にある気配も、昨日の狂った女のものだと思って間違いない。
僕が一歩下がると、"大丈夫よ"と頭の中で音が揺れた。
「え?・・・」
"あなたは、まだ起きない、私が起こさないからね・・・"
僕が意識を失って起きた時には、まだこの世界にいた。
『あぁ・・・、やっと起きた・・・』、シュリだ。
『何度寝れば気が済むの??最近どうしたの?』、質問がそれから次々と飛んできたが、答えられなかった・・・
僕は、シャワーでも浴びながら"起きたい"と思った。
この世界は、素晴らしいけれど、少し怖い。
カラフルなマネキンが機械の様に動くし。
それが、妖艶でいて表情がない、不気味だし、会話も出来ない。
やはり、僕とシュリしか、人間としては存在していないのかも知れない。
意識を失う前に見た、あの女の不気味さは一日目に見たものが忘れられない。
僕は"起きたい"と言う気持ちが薄れていくほどの日々を、ここで暮らした。
少なくとも、50回前後は寝て起きた、けれど、【汚い自分の部屋】に戻ることはなかった。
そんな暮らしの中で、僕は例の書斎には近付かない様にしていた。
またあの女に会ったらイヤだし。
しかし、この世界から目覚めるには、あの女の説得が必要なのかもしれないとも思う。
たまにシュリに女の事を尋ねるが、シュリは話を逸らす・・・。
僕は、マネキンを動かすことにも慣れてきた。
けれども、この世界では僕は生きていない。
僕は、ただ寝ているだけなのだ、起きて、しっかりと自分の現実世界を見ないといけない。
何日経ったか数えるのを忘れた頃、朝食を食べた後に
勇気を出して、書斎へ向かった・・・。
大きな部屋のカーブを曲がると、あの女が、書斎の大きな椅子の隣に座っているのが見えた。
足が震えていたけど、しっかりと踵に力を入れて、進んだ。
女の目の前で、言った。
「なんで起きれない?」
女はしっかりと僕の目を見ても、言葉を出さない。
「俺は、起きたいんだ、これは夢の世界だろう?僕は寝ているんだろう?」
女が、僕の目から視点をズラす。
僕の後ろを見た、
僕も振り向く。
すると、あの東洋人のオジサンがいた。
あの時の恰好と同じだ、この世界の中では相当な時間が経っている。
しかし、オジサンは同じ恰好、
紙袋をおもむろに渡してきた。
紙袋の中を見ると、
うわぁーーー!!!!
さっきまで、僕を見ていた、あの女の生首が紙袋の中からこっちを睨んでいる!
女の方を見ると、
女の首はなく、グッタリと力が抜けて・・・、前に、重力に負けて、ドサリと倒れ、ズザザリ・・・と音を立てて砂の様に崩れて散らかった。
「なんなん・・・(だよ!!)」と叫ぼうとオジサンの方に振り向けば、オジサンはいない。
遠くの玄関の方から、キャァーーーーーーーーーー!!!!!!と、絶叫が聞こえる。
これはシュリの声じゃない。
赤や青、緑、など、色々なマネキンが、とても人間らしく、僕の方へ逃げてきた。
今まで機械の様だったマネキンが走ってくるのも不気味だったが、なにより不気味だったのは、首から上のナイ女が、障害物を手探りで避けて、こちらの方に全力疾走で向ってくる姿だ。
何かを叫んでくれるならまだしも、首から上がないので、無言。
テーブルや家具に、ぶつかりながら、どんどん僕の方へ向かってくる!!
僕は、自分が持っている紙袋に入った生首を求めて向かって来ているのが分かったので、吐き気を抑えながら、生首の髪の毛を掴み、その女に投げつけた。
ゴッ!っと頭蓋骨の当たる音がした、床に転がる自分の生首を拾い上げて、クルクルとネジを回すように女は自分の頭を取り付けた。
『ご、こ、ご・・・・・ごれは・・・・・・・・ごぉ、、、ゲホォ!!!これは・・、ごれは私のぉぉぉぉぉおおおおおおおぉおぉぉぉおおおおおおおおぉぉおおおーーーーーーーーーーーーー』
絶叫に、広い家が揺れた。
振動からか、女の長くて乾いた髪の毛が逆立ち、血管が浮き出て、全身が、床から数センチ、浮いていた。
僕は叫んだ、「シュリ!!!シュリィィィィーーーーー!!!!」
つづく