最近、寝る前にはyoutubeで『睡眠 音楽』で検索してから、なんだか寝られそうな音波を感じながら寝ようとしてます。
これが意外と効果ありそうで・・・、早めにお酒を断絶できたらと思います。
お酒が強い訳ではないんですけど、お酒から睡眠に入っていくのが、僕には耐性が出来てしまったのかも知れません、体質的な事でしょうか?
毎日、いつ死んでもいい!!とか言いながら健康に気を遣う矛盾した生き方をして、恥を晒しています。
生きると言う事は、恥ずかしい事なんじゃないかな?とか思ってます。
立派な生き方とか、立派な人間とか、存在するんでしょうか?
今日『チャッピー』と言う映画を観ました、『第9地区』の監督の作品です。
すごく衝撃的なオチでした。
ザックリとネタバレ話しちゃいます。
人工知能チャッピーが、バッテリー切れで死ぬんだろうな・・・、なんて陳腐なオチを想像していると、自分の想像力の乏しさに困惑します。
チャッピーを創造した開発者も、チャッピーの意志によって、ロボットとして、生き永らえると言う・・・。
そして、その『意識』をバックアップしておけば、それをロボット化出来るという、とんでもない世界観の話し。
それが2016年と言う設定だったのも面白いです。
勿論、来年そんな事が出来るとは思いませんが、いずれ来るのだろうと思います。
それを来年出来るという設定にして、なるべくSFの距離(未来感)を縮めているのが素晴らしかったです。
すごく哲学的な視点だったと思います。
知識を得る過程の重要性や、生きる意味。
生きる意味と言う事よりも「生きていく」と言う【ing】な現在進行形で生きている事の重要性と言うか。
やっぱり『死ねる』から生きている訳で、死なないなら生きてもいないのかなぁ・・・とか、思います。
『死ねる』と言うのは、人間にとっての最高級の権利なのかも知れません。
もう、本当に面白い映画でした。
『誰か愛している人と観に行って下さい』とは言いません、一人で観て欲しいです。
欲を言えば、映画館で観なくてもいい。
DVDを借りてきて、真夜中を過ぎて、新聞配達のバイクの音しか聞こえない様な静かな時間帯に見て欲しい。
終わってエンドロールが流れた時に、僕が映画館で観た作品の中で『誰も席を立つ人がいなかった』かなり珍しい作品です。
最近、マジック道具を入れてるリュックが破けて、使い物にならなくなったので、新しいものを買いました。
もっとマジックを頑張ろうとは思いますが、その反面、そんな事に意味はなく、ただ何かによって生かされているんだろうなと思います。
生かされている事には感謝をしていますが、なんの説明もなしに生かされている事には疑念しかありません。
多分、人間を生かしているナニモノかの存在も、人間を生かしている意味など解らないのかも知れません。
【何らかの存在】と言うのは大きくなって、キリがなくなれば、無限と言う、究極の【無】になるのかも知れません。
何もかも解りませんね。
所謂「宗教的ではない生き方」、死んだら何もない!って考え方の方が、幸せなのかも知れません。
今日買った、新品のリュックには何も詰まってないけれど、解らない事でイッパイです。