日本人としてのアレ。

通りすがりで会ったなら、その出会いを大切にしたい

『自らを祝福せよ』

2007-09-08 | 考え事
最近、衝撃的とも言うべく漫画「祝福王」に出会った。

「宗教」をテーマにした漫画で、作者は「たかもちげん」と言う先生。
既にお亡くなりになられている方ですが、これを残してくれて本当に感謝、面白過ぎました。
自分は「目に見えないもののパワー」的な事は非常に好きで、「宗教」自体に興味が湧く結果になりました。

日本人は宗教には無関心です、それも仕方のない事で、日本人が「宗教」と言う言葉を口にする様になってまだ150年ほどしか経っていないのだそうです。

勿論、それ以前に「宗教」と言う概念がなかったわけではありません、言葉としてって事です。
現代社会より、昔の方が霊的なものを見ていたでしょうし、信仰も深かったと思います。

ここ数年、一種の「オカルト集団」が「宗教団体」の代名詞になる様な事が続き、「宗教=オカルト」や「頭がおかしい人たちが縋るもの」と言うイメージになってしまったのではないでしょうか??

たかもちげん氏はこの様な事を言っています。
『人間の幸せという物は宗教によってでしか探しだせない』と・・・
普通に聞いたら、「勧誘?」としか思えませんが、素直な気持ちになってみると、まんざら間違ってもいない事に気付くはずです。

生きていく、と言う事は誰にしても初めての事で、死ぬ事も初めてになるはずです。
死ぬ事の恐怖や、生きていく事の不安。
そう言ったものから心の平安を保つ為に、人は「見えないものを崇めたり」「強力な力を持つ人」に生仏を見て、縋る思いで祈りを捧げるのです。

自分は「神様なんかいない」と言う人間が信じられません。
その浅はかな精神構造をどうにかしてやりたくなります。
祖先を辿っていけば、それは誰から始まったとしても「宇宙」すなわち「神」にぶつかるのです。
「創造主」が存在しなければ、木は緑ではなく、そして空が青い事もなかったでしょう。

人間が産まれた原因、理由なんかはわかりませんが、それを知ろうとするのが「宗教」であり、そして知る術は「宗教」の中にしかないのだと思います。

平成19年になって見て、携帯電話でテレビが見れる時代に、見えないものなんか存在しないと、言っているあなた。
あなたの使っている携帯電話には糸は繋がってないはずです。
電波でさえ人間には見えなく、そして確実にそこには存在しています。

そんな現代社会を生きていくのに「神様なんかいない」と唱えるのは滑稽としか言えないのではないでしょうか?
むしろ、俗っぽく言えば「ダサい。」
神様を信じないで生きているなんて、なんてダサいんだろうと思います。

自分は「何々教に入れ!」なんて事を言いたいのではありません。

「宗教」と言うものの定義ですが、これは「宗教学者と同じ数だけある」と言われていて、しっかりとした定義は存在しない様です。
自分は簡単に「自分で決める自分の生き方」もしくは「自らに対する誓い」だと思います。

別にブッダやキリストを信じなくても、魂は救われるはずです。
自分の中に「神」は堂々と存在し、もし気付いていないのなら、それは息を潜めて今か今かとあなたを待っています。
早くそれに気付き、自らを祝福する事で、人は幸せになれるのです。