昨今の異常な状況により(例のなんとかウィルス感染防止など)、多くの演奏会が中止に追い込まれてきました。昨年のNOVAも同じような状況に陥り、演奏意欲が生じなかったため私は參加を見送りました。
今年2022年度の參加も悩みましたが、今後の自分自身の活動を考えて4月に参加表明しました。その時の文章を以下に抜粋します。
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帰国してからというもの、これらの理由からどうにも演奏する気持ちになれませんでした。
a. 小さかったムスメの事(今年は小学二年生)、
b. 変なVirusの影響で活動自粛が叫ばれたこと
→演奏の意義が判らなくなった
c. 体力的にも環境的にもつくばまで来る気力が沸かない
d. 日本を離れてしまったことでマンドリン界と疎遠になってしまった
→ 今年、98年より24年続けたマンドリン連盟会員をやめました
→ マンドリン関係のCD、資料、楽譜、(家族よりも多い)楽器も整理し始めています
じつは今年の目標として「マンドリン界に復帰」を掲げていました。その目標が全てではありませんがムスメも小学二年生になり、私が「子離れ」するにも良い機会、更に外部の方々との交流も今後大切になってくるだろうと考え思い切って活動再開することにしました!!
a. 小さかったムスメの事(今年は小学二年生)、
b. 変なVirusの影響で活動自粛が叫ばれたこと
→演奏の意義が判らなくなった
c. 体力的にも環境的にもつくばまで来る気力が沸かない
d. 日本を離れてしまったことでマンドリン界と疎遠になってしまった
→ 今年、98年より24年続けたマンドリン連盟会員をやめました
→ マンドリン関係のCD、資料、楽譜、(家族よりも多い)楽器も整理し始めています
じつは今年の目標として「マンドリン界に復帰」を掲げていました。その目標が全てではありませんがムスメも小学二年生になり、私が「子離れ」するにも良い機会、更に外部の方々との交流も今後大切になってくるだろうと考え思い切って活動再開することにしました!!
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参加表明にも書いていますが、「変なVirus」が私に対して気付かぬ内に少なからぬ影響を与えていました。
「なぜ演奏会を行うのか?」
「他人様に演奏を聞かせる意義があるのか?」
「わざわざ時間を取っていただいて、我々の演奏を聞いてもらうのはただの独りよがりでは?」
という疑問を生じさせ始めていました。
演奏会を終えた今でもその答えは見つかったとは言えない。
唯わかったことは、来場いただいた400人ものお客様がわざわざ会場まで足を運んでいただき我々の選んだ曲、我々が奏でた音・演奏を2時間弱の時間、楽しんでいただいだという事実です。
帰国してからの4年間、私は機会ある毎にコンサート会場へ足を運びました。
なぜ足を運んでいたか?!
それはレコードやCDでは体験できない「生演奏」の体験ができるからでしょう。
「演奏会を行なう」ということは、己の練習の成果・発表の意味合いではなく「生演奏」に接する機会を設け、時間を作って来場いただいた方々に音楽を楽しんでもらうためではないのか?!
もう少し的確な表現を説明できれば良いのですが、まだ疑問が完全に氷解したわけではありません。
旧約聖書の「ヨブ記」みたいな話になってしまいました。最後まで読んでいただきありがとうございました。
家宝のFratteri Vinaccia, 1927年製
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