帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第八 恋下 (三百十九)(三百二十)

2015-07-27 00:08:33 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任撰「拾遺抄」を、公任の教示した「優れた歌の定義」に従って紐解いている。新撰髄脳に「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」とある。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。

清少納言は枕草子で、女の言葉(和歌など言葉)も聞き耳(聞く耳によって意味の)異なるものであるという。藤原俊成古来風躰抄に「歌の言葉は、浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨(主旨・趣旨)も顕る」とある。この言語観に従った。

平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を指摘するような、今では定着してしまった国文学的解釈はあえてしない。平安時代の歌論を無視し言語観にも逆らって、歌を解くことになるからである。和歌は「秘伝」となって埋もれその真髄は朽ち果てている。蘇らせるには、平安時代の歌論と言語観に帰ることである。


 

拾遺抄 巻第八 恋下 七十四首

 

(題不知)                         読人不知

三百十九 しかのあまのつりにともせるいさりびの  ほのかにいもをみるよしもがな

(題しらず)                       (よみ人しらず・男の歌として聞く)

(志賀の海人が、釣りするために灯す漁火のように、遠く・ほのかにでも、愛しい妻を見る手立てが欲しい……至賀の女が、ものあさるために、灯す火と同じように、ほのかに久しくもえて、愛しい妻を見るてだてが欲しい)

 

言の心と言の戯れ

「しか…志賀…地名…名は戯れる。至賀、賀の極み、肢下」「あま…海人…海女…女」「つり…釣り…漁…猟…あさる…むさぼる」「いさりび…漁火…灯…ほのかに長く燃え続ける炎…女の情念の炎」「の…のように…比喩を表す」「ほのかに…ほんのりと…うすぐらく…ほそぼそと長く…激しくもえず」「見…覯…媾…まぐあい」「よし…手段…方法…てだて」「もがな…願望の意を表す」

 

歌の清げな姿は、遠くに在って、恋しい妻を思う男の心情。

心におかしきところは、感の極みに至った女と同じく、ほのかに久しく見続けたいという、おとこの願望。

 

本歌は、万葉集巻第十二 「羇旅発思」にある。よみ入しらず。羇旅にて発想した歌、男の歌として聞く。

思香乃白水郎乃 釣為燭有 射去火之 髣髴妹乎 将見因毛欲得

(志賀の白い衣の海女の、釣りするために灯している漁火が、彷彿させる・みだれ髪・髪飾り、吾妹かなあ、逢って見よう、てづるが欲しい)

 

言の心と言の戯れ

「髣髴…彷彿…よく似ている」「髣…みだれ髪…さまよう…よく似ている」「髴…髪飾り…よく似ている」「乎…お…を…か…や…疑問を表す・詠嘆を表す」「見…会見…覯…媾…まぐあい」「因…理由…寄り処…手づる…手だて」

 

旅にあって、我が家の妻を恋う男の妄想、おとこの欲情。

 

 

(題不知)                    (読人不知)

三百二十 しるや君しらずはいかにつらからん  我がかぎりなくおもふ心を

(題しらず)                   (よみ人しらず・女の歌として聞く)

(知っていますか、君、知らないと、どれほど辛いでしょうか、わたしの限りなく君を思う心を……汁や・汝身唾や、君、知らないと、どれほど辛いでしょうか、おんなの限りなくもの思う心よ)

 

 

言の心と言の戯れ

「しるや…知るか…知っているか…承知しているか…汁や…汝身唾か…果てたか」「や…問いの意を表す…詠嘆の意を表す」「しらず…知らず…無関心」「いかにつらからん…どれほどひどい(女への)仕打ちとなるでしょうか…どれほど辛いでしょうか」「つらし…仕打ちがひどい…薄情である…思いやりがない…苦痛に感じる」「かぎりなく…限り無く…とめどなく…(おとこの性のように)早い一瞬でなく」「おもふ心…恋いする心…なおももの思う女の心」「を…対象を示す…強調の意を表す…詠嘆の意を表す」

 

歌の清げな姿は、君を限りなく偲ぶ恋心を知ってほしい。恋のもどかしさ。

心におかしきところは、早くもはてたか、かぎりなく思う女心を知らない、薄情もの、ひどいしうち。おんなの憤懣。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。