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帯とけの拾遺抄
藤原公任撰「拾遺抄」を、公任の教示した「優れた歌の定義」に従って紐解いている。新撰髄脳に「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」とある。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。
清少納言は枕草子で、女の言葉(和歌など言葉)も聞き耳(聞く耳によって意味の)異なるものであるという。藤原俊成古来風躰抄に「歌の言葉は、浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨(主旨・趣旨)も顕る」とある。この言語観に従った。
平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を指摘するような、今では定着してしまった国文学的解釈はあえてしない。平安時代の歌論を無視し言語観にも逆らって、歌を解くことになるからである。和歌は「秘伝」となって埋もれその真髄は朽ち果てている。蘇らせるには、平安時代の歌論と言語観に帰ることである。
拾遺抄 巻第八 恋下 七十四首
(題不知) 読人不知
三百十九 しかのあまのつりにともせるいさりびの ほのかにいもをみるよしもがな
(題しらず) (よみ人しらず・男の歌として聞く)
(志賀の海人が、釣りするために灯す漁火のように、遠く・ほのかにでも、愛しい妻を見る手立てが欲しい……至賀の女が、ものあさるために、灯す火と同じように、ほのかに久しくもえて、愛しい妻を見るてだてが欲しい)
言の心と言の戯れ
「しか…志賀…地名…名は戯れる。至賀、賀の極み、肢下」「あま…海人…海女…女」「つり…釣り…漁…猟…あさる…むさぼる」「いさりび…漁火…灯…ほのかに長く燃え続ける炎…女の情念の炎」「の…のように…比喩を表す」「ほのかに…ほんのりと…うすぐらく…ほそぼそと長く…激しくもえず」「見…覯…媾…まぐあい」「よし…手段…方法…てだて」「もがな…願望の意を表す」
歌の清げな姿は、遠くに在って、恋しい妻を思う男の心情。
心におかしきところは、感の極みに至った女と同じく、ほのかに久しく見続けたいという、おとこの願望。
本歌は、万葉集巻第十二 「羇旅発思」にある。よみ入しらず。羇旅にて発想した歌、男の歌として聞く。
思香乃白水郎乃 釣為燭有 射去火之 髣髴妹乎 将見因毛欲得
(志賀の白い衣の海女の、釣りするために灯している漁火が、彷彿させる・みだれ髪・髪飾り、吾妹かなあ、逢って見よう、てづるが欲しい)
言の心と言の戯れ
「髣髴…彷彿…よく似ている」「髣…みだれ髪…さまよう…よく似ている」「髴…髪飾り…よく似ている」「乎…お…を…か…や…疑問を表す・詠嘆を表す」「見…会見…覯…媾…まぐあい」「因…理由…寄り処…手づる…手だて」
旅にあって、我が家の妻を恋う男の妄想、おとこの欲情。
(題不知) (読人不知)
三百二十 しるや君しらずはいかにつらからん 我がかぎりなくおもふ心を
(題しらず) (よみ人しらず・女の歌として聞く)
(知っていますか、君、知らないと、どれほど辛いでしょうか、わたしの限りなく君を思う心を……汁や・汝身唾や、君、知らないと、どれほど辛いでしょうか、おんなの限りなくもの思う心よ)
言の心と言の戯れ
「しるや…知るか…知っているか…承知しているか…汁や…汝身唾か…果てたか」「や…問いの意を表す…詠嘆の意を表す」「しらず…知らず…無関心」「いかにつらからん…どれほどひどい(女への)仕打ちとなるでしょうか…どれほど辛いでしょうか」「つらし…仕打ちがひどい…薄情である…思いやりがない…苦痛に感じる」「かぎりなく…限り無く…とめどなく…(おとこの性のように)早い一瞬でなく」「おもふ心…恋いする心…なおももの思う女の心」「を…対象を示す…強調の意を表す…詠嘆の意を表す」
歌の清げな姿は、君を限りなく偲ぶ恋心を知ってほしい。恋のもどかしさ。
心におかしきところは、早くもはてたか、かぎりなく思う女心を知らない、薄情もの、ひどいしうち。おんなの憤懣。
『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。