翌朝ホテルを出て、入谷から日比谷線で茅場町、
東西線に乗り換えて日本橋まできました。
地上に出ると、
向かいには複合テナントビル、COREDO日本橋がありました。
COREDO日本橋は、正式名称、日本橋一丁目三井ビルディング。早稲田大学の日本橋キャンパスとしても利用されています。。
左に進み、お目当ては、
お江戸日本橋到着。なんと、首都高が真上を通っているのだ。
石造り二重アーチ橋の建設様式は、重要文化財指定。
橋を通るのは、日本の道100選の中央通り。道の起点としての日本橋でもあります。
日本橋由来記の碑があります。
徳川家康が幕府を開いた時から掛けられていたとされ、安藤広重の錦絵でも知られています。東海道をはじめとした五街道の起点であり、重要水路だった日本橋川と交差する点として、江戸経済の中心となっていました。隣には観光案内所もあるんですね。
西日本方面の里程標。鹿児島市まで1,469粁。米と千を合わせてキロメートルという漢字なんだ、知らなかった。
札幌市までは1,156粁。札幌ー稚内間は327kmなので、鉄道で行ける最北端までの距離は1,483粁か。
東京市道路元標。元々は橋中央にあったものを、レプリカとしてこちらに移設したものです。
日本国道路元標。
これも柱として橋中央にあったそうですが、都電の廃止の際の道路整備で、このプレートに移されました。文字は当時の総理大臣佐藤栄作さんのものです。
橋上の青銅の照明灯装飾品。東京市の守護を願って獅子が彫られています。上に乗っかっているガス灯がレトロですね。日本橋の文字は十五代将軍、徳川慶喜公の揮毫です。
こっちは翼を持った麒麟が彫られています。東京市の繁栄を願ってのものです。
こちらはひらがなで、同じく徳川慶喜公の揮毫です。
カタカナ文字ちょうちんの、和風レストラン・バーのお店。
ここぞ日本橋1丁目1-1。お店の名前も「ニホンバシ イチノイチノイチ」なんですよ。
橋を渡って、
橋の対岸は日本橋室町1丁目8。
そこに魚市場発祥の地碑がありました。
江戸時代に始まった魚市場のさきがけで、この一帯に多くの鮮魚運搬船が集まり、売場を開いていました。関東大震災後には築地に移り、中央卸売市場へと変わっていったのであります。
曲線が美しい建物は、日本橋三越新館。裏は重厚な造りの本店があります。日本銀行本店もそばにあり、日本経済発展のの歴史を感じさせる場所ですね。
(記事:2018年11月 Update:2020年6
月)