大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

第6、7チャクラ THE SATORI

2021-10-16 05:32:00 | ひとりごと

6チャクラはサードアイともいわれ、2つの目を三角形の底辺の点とすると、眉間の間にあり、三角形の頂点にあるようです。お釈迦さまの白毫あたりでしょうか。






アニメ界の巨匠手塚治虫さんはサードアイが開いていた方だと思います。作品が時代を超越し、深く見通していますから!


サードアイは肉眼では見えませんが、ここが開いていると良く色んなものが見通せるようで、心眼なのかなぁと思います。視力(肉眼)で見るものなんて限られていますから。外見、地位、名誉なんかすべてとっぱらった「確かな何か」を観る眼。


直感力に優れて、人や物事の本質を見抜ける人や、観察力が優れている人は第6チャクラが発達していると言われています。


ここを活性化させるには、日の光を浴びると良いようですね。電気の無い時代は自然の光により生活せざるをえませんでしたが、今は夜でもネオンキラキラ、電気の消費量も莫大に膨れ、もっともっとと原発に依存しました。また、スマホやゲームなどの電子機器の光を昼夜問わずみていると、本来は自然に養える第6チャクラの感覚も鈍るようです。


バランスが崩れているなぁと思いあたる場合は、早寝早起き、きちんとした睡眠をするだけでも整うのかもです。お日様の自然の運行に身体を合わせていくのが良いです。





さて、最後の第7チャクラですが、最初に書きましたが赤ちゃんの頭の頭蓋骨が開いているのは関係ある気がしています。第7チャクラは悟りのチャクラで第1から第6チャクラが正常に機能してから開くようです。


ここが開くと、目に見えない世界に関する真実が理解できるようです。人生の目的が限りない可能性への探求であり、かつ使命に生きることだとわかるようです。って、書いてあったのを読んだだけで、私が悟っているわけではないです。あと、善悪、優劣をつけず、すべてのものを平等に見守ることによりこのチャクラは調整されるみたいですね。


⭐️THE SATORI⭐️でしょうか。悟りも一回で終わるわけでなく、何回も何回も悟りの段階はありそうですが。


私は神様と繋がっていますとかいう方が今は沢山います。このチャクラが開いているのかどうかはわかりません。ネットでは多くの方がそれをお商売にされ、何分いくらと見えない世界の神を語り、法外な現世利益を追い求めているのは疑問に思っています。ホンモノはそれをしないのではないか?とさえ思います。


神様を語りお金をとる(奪る)行為や、ヒトが貴方の未来は〇〇だと、他人の未来を語る行為は、未来は白紙で、各人に其々の成長を願い黙認している神からは離れた行為だと思ってしまいます。



自分の未来は自分しか創れないと信じているし、そんな人にお金を渡したく無いだけかもしれませんが。他者への妄信はやはり違うかなぁと。



神様の声とか聞いたこと無いけれど、神様はいると心の奥から信じています。自分の内にも、外にも、皆んなの内にも。


チャクラが開いていようがいなかろうが全ての人は神様のエネルギーが渦巻く点を持っているとも思います。


その渦をひとりひとりがうねりにして🌀愛のある世の中にして生ければに良いですね。









おわり


第4、5チャクラ ハートのある言葉と笑いを

2021-10-15 05:42:00 | ひとりごと

心臓あたりには、ハートチャクラがあるようで、愛の象徴、調和の心、感謝の心なんかに繋がるそうです。


キリスト教では神は愛といわれていますが、何教でもそれは普遍かなぁと思います。第3チャクラは、自分を愛する、肯定するというエネルギーの出入りするところとすると、第4チャクラは、他者を受け入れるためのハートチャクラのようです。


生きとし生けるものすべての存在を愛するエネルギーの出入りするところのようで、ここのチャクラバランスが崩れると、人間不信に陥ったり、一方的に相手に愛を求めてしまったりしがちになるようです。


孤独は、愛が見つからない状況かなと思います。愛はどこにでも実はあるけれど、見えていない。寂しさが膨れ空虚感が胸をしめつける、そんな感じかなぁ。


愛のような人生最大のテーマに充分は無いけど、まずは与える。孤独を感じたら、身の回りの植物や動物を育てる愛をもつのも良いかなぁと思います。愛顔。お金もかからないし、ニコっと笑うだけでも良いです。愛を与えると心は潤います。





は地球を救う

みたい。

あはは。

スミマセン。


5チャクラは、喉のあたりにあります。はじめに言葉ありき。といわれるように、言葉にも愛があるといいですね。バンビに出てくる名言のように、言刃をいうくらいなら黙っていた方が良いです。このチャクラは、何かを表現することに関係しているようで、自分を通じて何かを伝えたり表現することがスムーズにできるようになるといわれています。


人間関係において、上下関係などが絡まったり、学校においてもスクールカーストができたり、自分の感情や意見を言えない環境で過ごしている場合、喉のあたりや胸のあたりが苦しいです。一番近い家族には、言いたいことを言い過ぎてしまい心を傷つけてしまうこともあります。


声帯を震わせることにより声が出るので、この振動が自分や周りに及ぼす影響を考えながら、自分の言葉が温かいものであるようにしたいなぁと思います。


笑うといいですね。









つづく




第2、3チャクラ 臍で茶を沸かそう!

2021-10-14 06:01:00 | ひとりごと

2チャクラは丹田、おへその下あたりにあるようです。歌を歌う方なら、腹式呼吸とかでお腹から声を出すとか言いますが、この丹田あたりに力を込めるのかなぁと思います。


臍の緒で胎児はお母さんと繋がりますが、おへそあたりは胎内にいた時から栄養を受ける大事な場所ですし、心に活力を与えるエネルギーの発進点のようです。 







第2チャクラは自分の感情と繋がることともリンクしているようで、潔く決断できたり、心からあらゆることが楽しめることに繋がるみたいです。


第1チャクラがルートチャクラ、根っこや土台とするなら、第2チャクラは人生の楽しみや、喜びを味わうためのセンサーのようです。


エネルギー不足だなぁと感じたら、私は気分転換に神様のことを考えます。かなり、気分があがります。あとは、お笑いを見てお腹の底から笑うと少しずつエネルギーチャージされていくし、悲しみや不安の渦中にいてもどっぷり浸かりすぎないで手放すきっかけになります。臍の下あたりにこのチャクラがあるようですが、自分で自分を楽しくする!「臍で茶をわかす」とは良く言ったものですね。






あはは。


3チャクラは、みぞおちあたりにあるようで、自分らしさの確立と自信を高めるエネルギーが出入りするポイントのようです。


自己肯定感が低いと辛くなります。自分を許せなかったり、好きになれなかったり。では、何故自己肯定感が低くなるのかと考えたら、比較する視点がそれを生み出している気がします。


お釈迦様は、天上天下唯我独尊と説かれました。映画館で、自分が主人公の映画を「独り」で席に座って観ていると仮定します。自分という主人公のために周りが嫌なこと、苦しみ、楽しみ、悩み、喜びを与えてくれ、自分を成長させてくれているという視点をもつと、スクリーンを観ている自分は登場人物の誰かと比較する視点から解放されます。マイナスの気分の時は、あくまで座席に自分はいて、映画の中にわざわざ入りにイカナイ、ドップリ入り込まない、溝に落ちない。第3チャクラはミゾオチ辺りだから。笑


あと、自分と他人を比較するのはつかれます。競争したって、上には上がいて行き着くところがないです。優越感や劣等感は、溝に落として捨てて生きていきます。


絶対ではない他人の評価に揺さぶられ自分を小さくするなんて、自分の中にいる内なる神様に申し訳ないから、自分は自分で良いと認め、ゆるめて、ゆるめて、自分を応援する視点を持ちたいです。







つづく





【画像は臍で茶を沸かす検索画像より】




第1チャクラ 子育て

2021-10-13 06:00:00 | ひとりごと

赤ちゃんが産まれてすぐは、頭蓋骨の頭頂部だけが開いていてそれが閉じるまでには少し時間がかかります。


お母さんとは臍の緒で繋がります。臍の下あたりにも丹田があり赤ちゃんの栄養がお臍から取り入れられるのも神秘的です。子宮の中では、赤ちゃんは細胞分裂により目覚ましい進化を繰り返しヒトになります。生命の誕生には不思議が多いです。


生まれてからも、足で大地を踏みしめるようになるまでには1年を要します。手でバランスをとりながら、先ずは大の字になってバランスをとります。まるで木(大と)がしっかり平たい大地(一)に立とうとする感じ。生後1年の成長は目を見張ります。赤ちゃんはただ愛される存在。いや、人は誰しも愛される存在。






真っ直ぐ身体の中心にチャクラという点があるようですね。ヨガをやる方ならお馴染みのようです。私はヨガはやりませんが。

チャクラとは、サンスクリット語で「車輪」、「回る」という意味があり、人体には7つのチャクラがあり、エネルギーが出入りしている場所のようです。


人間のエネルギーはチャクラを起点に、車輪のように絶えずグルグルと回って、活力を生み出しているみたいです。


頭頂部にあるチャクラは第7チャクラというようで自己を超越して宇宙愛に繋がるとか。これは、1から6のチャクラが整ったら開くかもしれないチャクラらしいです。産まれたての赤ちゃんの頭頂部が開いているのは、天から来た間もない(魔も無い)穢れのない宇宙愛そのもののだからかなぁなんて勝手に想像しました。何をしても可愛い。瞳もキラキラです。


私はたまに娘達の赤ちゃんの時のアルバムを見返して初心に戻ります。色々考えて後悔もありますが、過去は変えられないなら、今この瞬間から娘達が幸せになれる道を探りたいとも思っています。今の連続です。


ところで、赤ちゃんの頭頂部が暫くして閉じると、そこから、大地を踏みしめる(グラウンディング)訓練のスタート。


1チャクラは、ルートチャクラと呼ばれているようでルートは人間の根っこ。瞑想とかでは、しっかりと自分が大地に繋がりそのパワーを自分の体内に取り込むために、地の深いところに根を張るイメージを定着させるとかいわれています。


イメージは、生まれてから、赤ちゃんがしっかり直立歩行できるようになり、また、反抗期を経ての親からの自立した大人になるまでの感じかな。

大の字にI(真っ直ぐ)で、木ですね。真っ直ぐ立つにはルート(根っこ)が大切。立つまでは見えない根っこ育て。


水をやりすぎたかなぁ、厳しかったのかなぁ、自分の子育ても自分なりには頑張ってきたと肯定しつつ反省するとこは反省もしていきたいです。


真っ直ぐに育って欲しいといつまでも親は子供に願います。どの子へも、時には添え木となり倒れそうな時には支えます。







子育てにも沢山学びがありますね。





つづく




塞の神 7 弁財天信仰

2021-10-12 06:01:00 | 神仏について
クナトは地蔵に、アラハバキは弁才天へと変身した」と富家の末裔の方が言い残されたようで、お地蔵さんについては昨日書きましたので、弁財天について今日は書いてみます。


日本の地は龍体だと言われています。形自体も龍のようですね。日本には、龍神様を祀る神社もあります。出雲神族は、龍神信仰をしていましたが、それを禁じられ弁才天と不動明王を裏信仰としていたけれども、特に弁才天を選んだという話を読みました。


龍神はエネルギーのようですが、渦を巻いたり、こねくり回しながら大地を造ったとすると、超古代は人が住める土地自体への感謝をしていたのかもです。


世界遺産である宗像大社には超巨岩信仰がありました。宗像三女神の長女、田心姫神を祀る沖ノ島の沖津宮は、今でも女人禁制であり選ばれた男性だけ裸で禊をして入ることが許される場所のようです。


女性は中津宮の遥拝所から沖ノ島の沖津宮にむけて今でも祈りを捧げます。




その沖ノ島での古代祭祀の場所の写真が紹介されていました。超古代祭祀は巨岩の上に始まり、巨岩の陰、そして露天の平坦地へと移行していくにつれ、宗像三女神信仰は確立されたようです。宗像三女神の一柱の神、市杵島姫は弁財天ともいわれています。







空海さんは唐への航海中に宗像三女神に助けられ、日本に帰ってからまずお礼に行っています。大海原をおさめる素戔嗚尊の娘が宗像三女神ですから、遣唐使など命懸けの航海の無事を祈ったり、今でも漁師さんにとっては心の拠り所なのだと思います。


鎌倉にある江島神社は天気が良いと富士山も眺める事ができます。こちらも宗像三女神を祀り、弁財天のお堂もあり、龍神様も祀ります。奥には空海さんと、日蓮さんも修行した洞窟がありました。









弁財天については祓戸の神様の一柱、瀬織津姫ともいわれています。水に関係がある女神ですから、御祭神名は、人が便宜上つけただけで同じ傾向のある神様に様々な御神名がついているのかもですね。


大和は、大倭。人が委ねるの漢字の中には女の漢字があります。「和する」のは神に「人が委ねる」ことなのかもです。昔は神への祭祀は巫女がやっており、女性が神に仕えていました。


古代祭祀を司る卑弥呼は日と水の巫女ともいえそうです。人の身体は殆どが水でできているし、海の満ち引きは月の働きによりますし、月の巡りのある女性は水にも例えることができます。


日本は日が高く昇る国。遍く日の光が大地を照らし、水が生命を育みます。大地を潤す水と、遍く照らす日の光は交わってこそ本来の働きがありそうです。

水を女性(陰)とすると、日(陽)は男性のようにも思います。


「塞の神」は、交わりの神様、和の神だと思います。古代祭祀は、大いなる神のまにまに生きた祖先の姿を想像させます。


交わりの中で、命が繋がり、命ある限り生かしていただいていることへの感謝を捧げるのは今も同じですね





ながらく神々への私のマニアな趣味の空想話しにお付き合いいただきありがとうございました。