大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

鰐、龍神、玄武

2023-06-16 07:42:00 | 神仏について

鰐に関して、もう少し書いてみたいと思います。


鰐は、インドの言葉でクンビーラ。ガンジス川の鰐のこと。それがいつの間にか金比羅になってしまったようですね。金毘羅さんには妹と行きましたが、社殿は山の中腹にあって七八五の石段をのぼります。母の実家津野町にも、金比羅様が祀られています。


クンビーラ クンビーラ、吾こそは

ガンジス川のワニなるぞ

ワニとはインド語で クンビーラ

はるけくも東の国 日本に来たりて


四国は讃州 那珂の都、

コンビーラ 大権現

一度廻れば 金毘羅舟々

追手に帆かけて 

シュラ シュ シュ シュ

シュラ シュ シュ シュ シュシュ


クンビーラ クンビーラ

若者よ 海へ行こうよ 帆をあげて

金毘羅さんは 船のり達の守り神

若者よ 海へ行こうよ  錨をあげて

恋と夢を祈ろう


金毘羅大権


ところで、大元出版の出雲の本では古代出雲の人はインドから海をわたりはるばるやってきたものもいたとありました。縄文時代あたりです。


ワニは今でも怖いですが、当時も怖がられ、川の神に祭りあげられ、コブラも森の神に祭りあげられ、2つが合体されて、竜神信仰が生まれたとありました。

鰐🐊➕コブラ🐍→龍神信仰へ


イズモ族については、猿田彦などもインドで象が尊敬されていて象の鼻のように突き出たものをサルタと読んだことから、サルタ彦大神に、やがて、出雲王国のサイノカミ信仰に取り入れられたようです。そういえば、金毘羅神社の奧宮には鼻の高い天狗👺さんが祀られていました。


このサイノカミの人格神の次に重要な従属神が竜神信仰で、龍神をわらで作り木に巻きつけて拝むようになり、その木は斎の木、または、ハバキと呼ばれたようですね。


ワニの話には因幡の白兎があります。鰐は鮫のこととされていますが、鰐に象徴されるものは、イズモ族や縄文信仰、龍神ととても深い繋がりがあるのかなと思っています。

サイノカミのサイは、斎(心身を清めて飲食などの行為をつつしんで神をまつる。いみきよめる。いわう。いつく。)かなぁと思っています。龍神信仰を従属ささせるとは、先ずは自らの気を清めて身体の中を美しい体液で満たし、その後、邪を滅し、純粋な龍がぐるぐるまわるかのように流し循環させ、清らかになること、それが、自然にも感化し、災害も無くすと信じていたのかなと思います。外ではなく、内にまずは目を向ける。自らを省みず外に求めるなという感じです。


因幡の素兎に出てくる鰐は、鰐なのか鮫なのか、と言われていますが、ワニは日本にはいないから、ワニに代わり恐ろしい動物を探し、鮫を探し出したとありました。


ワニは、兎に酷いことをする悪のような存在と描かれますが、海の神が、うざぎの我良しで、自分のためなら騙す事など厭わない悪を見抜き、懲らしめ、そして改心させた、ような話にも思えます。


因幡の白兎(ハクト)の白兎は実は素兎らしく、素に戻る大切さ、自らを清め続ける大切さも、話に含めている気がします。兎は月信仰に繋がります🌕


太古、縄文時代、イズモの人々はインドから海をわたって渡来した故郷の信仰、自然信仰を大切にしたのですね。😌

鰐鮫(ワニザメ)は、陰陽の思想が日本に到来後、亀に変わったと指摘されている方がいました。亀🐢と鰐🐊、また、インド起源の龍蛇信仰などには、大きな秘密(火水)が隠されている気がしています。


東西南北の方位の四神(守護神)のうち、北は玄武です。北方の守護神、玄武は、亀蛇(キダ)とも呼ばれ足・首の長い亀に蛇が巻きついた形をしています。


中国の想像上の神獣ですが、北極星や北斗七星の化身です。妙見菩薩の神使は、北の守護神の玄武(亀蛇)とされます。妙見信仰は、インドで発祥した菩薩信仰が、国で道教の北極星、北斗七星信仰と習合し、仏教の天部の一つとして日本に伝来したものである、とされています。


様々な宗教や信仰に形はかわりますが、根底には同じ何かが流れている気がして、陰陽☯️、の陰や水、そのモチーフが玄武やら龍蛇やら鰐やらで顕されているのかなぁと、、思ったりしています。


八尋ワニと八尋殿

2023-06-15 05:24:00 | 神話・物語・本から

昨年末に小野神社に行ったあたりから、ワニが気になって、調べたなかに八尋ワニがあります。八尋は、神話に何度かでています。重要人物の姿だったり、宮だったりします。


神武天皇の母と祖母は海の神 和邇(ワニ)を祀る系譜、玉依姫、豊玉姫です。


また、神武天皇の皇后 ヒメタタライスズヒメその両親は古事記では、三輪大物主神(スサノオの子孫大国主の和魂とされる)と勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)の娘。

『日本書紀』では事代主神が八尋鰐と化し三嶋溝樴姫あるいは玉櫛姫のもとに通い、ヒメタタライスズヒメが生まれたという記述になっています。


また、事代主に関しては別の逸話の中に、美保関の事代主命が、船に乗って揖屋の美保津姫の所に夜ごと妻問いしていた際、鶏が間違えて、真夜中に鳴いてしまい、事代主命はあわてて帰ろうとしますが櫂を置き忘れてしまうのです。それで、手で漕いで船を動かそうとすると、が事代主命の手を咬みます。

これも、鶏の過ちなので、鶏を憎むようになり美保の関では鶏は飼わぬようになって、参詣する人も卵を食うことが戒められていたというのがあります。


天津神への国譲りは出雲からなされるわけですが、天津神の象徴、天照大御神の岩戸びらきでも鶏がなきました。


国譲りをしたイズモの大国主命の子、事代主(えびすさま)が、天照大御神の天岩戸開きに関係のある鶏を憎む逸話は、興味深いです。


また、八尋の尋は、主に水深を表すのに用いて、それは約1.818メートル、八尋とは、いくひろもあること、非常に長く非常に大きいことのようです。


八尋は、国津神でもあり水神とも深い関係がありそうです。また、八尋はワニだけでなく、宮の意味にも使われています。

八尋殿は、古事記においては、イザナギとイザナミが、天神に「ふわふわ漂っている国を固めること」を命じられ、オノゴロ島に建てた巨大な殿舎のことです。最初の男女、陰陽の和合の宮といえます。


また、八尋殿は、ニニギと、コノハノサクヤ姫との新婚生活のために建てられた御殿の跡と伝わり、

また、ニニギにお腹の子を別のオトコのものではないかと疑われたサクヤヒメが火中出産を決意した際に建てたお産をする御殿も、八尋殿と記述されています。


そうして産まれたお二人の子が浦島太郎伝説の山幸彦ですが、龍宮の乙姫、豊玉姫と結ばれます。この豊玉姫は八尋鰐に姿を変えてウガヤフキアエズを産む場面がでてきます。豊玉姫は神武天皇の祖母です。

八尋繋がりは、、


イザナギ、イザナミの宮☜最初の男女の和合

ニニギとコノハノサクヤヒメの宮☜天孫と富士山の祭神の和合

コノハノサクヤヒメ、火の🔥燃えたぎる宮で山幸彦を海幸彦を出産

豊玉姫(神武天皇の祖母)☜💧龍宮の乙姫

事代主(神武天皇の正妃の父)☜国津神


天津神の象徴は、天、山、火であり、一方、国津神の象徴は大地、海、水です。これら陰陽☯️の片方、陰、神話で隠されたもの、にも八尋には関係がある気がします。

日本の大地は龍であり、龍体上に日本人はすまわせてもらっているのかもしれません。国津神、国常立大神は、大地の神、土は陰陽5行の真ん中を統べります。黄色です。また、艮の金神として、北東を守るとも。


八尋殿に関してひふみ神示 23 海の巻 を紹介します。

第十一帖

だました岩戸からはだました神が出て、ウソの世となったのぢゃ、この道理判るであろう、ニセ神やら、だました神やら、次々に五度の岩戸閉めと申してあろが、タンバはタニハ、田庭とは日の本の国ぞ、世界の事ぞ、タンバとはタンバイチとは世界の中心と云ふ事ぞ、日の本と云ふ事ぞ、キミの国ざぞ、扶桑の国ざぞ、地場ざぞ、判りたか。地場を固めなならんぞ、五十鈴の川はムツの川、和合の川ぞ。社殿(やしろ)は八方に開く時来たら八尋殿(やひろどの)建てて下されよ、マコトの八尋殿。


この神示は、新たな岩戸開き、丹波の海人族、国常立大神の復活などを示唆しているのでしょうか。


北斗七星と合鴨農法

2023-06-13 08:34:00 | ひとりごと
前回の続きです。


宇佐神宮は、神武天皇がきたさい、ウサツヒコとウサツヒメが宮をたててもてなしたことが始まりで、その宮を足一騰の宮といいます。足一騰は、カジ職人があしを片方曲げて座る形が、北斗七星の形に似ていることもそう呼ぶようで、製鉄の神、八幡神とも繋がります。


また、カジ星(舵星)北斗七星は和の名前であり、和船の舵の形に見立てて呼ぶようです。


カジ職人は、製鉄、たたら、と切ってもきれず、日本語は、本当に宇宙語なのではと感じるほど、言霊に奧を感じます。


ところで、製鉄を大陸から太古の昔、日本にもたらしたのは加茂族といわれます。

たたらは製鉄と密接に繋がり、山を切り崩したりしてしまうため、物凄い環境破壊も伴いました。

昔のタタラの場所は、今は棚田に変わっている所も多く、牧歌的な雰囲気を醸します。






そもそも、カモ氏が製鉄の技術を持ち込んだ際、カモ氏は環境破壊などとは真逆の思いがあったと思います。


鉄が出来ることにより、農具を作り人々を豊かにしたい、、また、開拓により、山深い地の多い地を人々がすめる土地にしたい、そういう気持ちです。


しかし、鉄の作り方を覚えた人は、剣や武器に変えたり、もっともっとの欲心から環境を破壊してまで山を切り崩し鉄を作ります。


火で燃え盛る製鉄には冷やすために大量の水も必要です。


もっともっとという欲心は、水のエネルギーでは追いつかないまでになってしまったのか、実はそういう人心が鉄で武器を作り支配をし、戦いをうみ、そして、自らの命まで結局は危険に晒します。


カモ族は、製鉄の技法を伝えるも、決して武器を作ることはなかった、と聞いたことかあります。


もともと、農業を広め民を飢えから救いたい気持ち、善意でもたらした技法だったのかなと推測します。


アイガモ農法など、自然で無農薬の米の栽培方法がありますが、カモ族は、おそらく、低い位置で水を引き、田んぼにお米をつくる、そうして、人々が自然由来の食を自ら作りいただく、循環社会を日本に期待したのではないかなと。


柄杓の形の北斗七星は北極星を中心に周ります。柄杓は水をくむもの。

たたら製鉄には大量の水が必要とされます。そして、米を作る田んぼにも大量の雨がいります。


農産物をつくる農家の人にとっては、今の梅雨は欠かせない恵みです。


私は、日本が大好きで日本の食事、米が大好きです。カモ族が持ち込んだ製鉄技法を、武器にするか、自然破壊に繋げるか、もしくは、米作りなど、原点回帰なのか、そんな事を思いながら、梅雨のこの時期にお米をいただきたいなと思いました。





北斗七星と北極星

2023-06-10 08:31:00 | 神仏について
北斗七星と北極星について、書いてみます。

太古において、製鉄は海を渡ってもたらされました。製鉄民は、負担をかけないために片足を上げる座り方をするようで、その姿を足一騰といい、足一騰は、北斗七星も表すようです。


その北斗七星は北極星をまわります。


古代、海人にとっては、北極星は方角を知るには欠かせません。北極の神は、唯一無二の神様。


足一騰宮は、神武天皇をもてなすためにウサツヒコがたてた宮であり、宇佐神宮の元になった宮ともいえます。


宇佐神宮といえば、八幡神社の総本宮ですし、製鉄をもたらした神様の逸話もあります。九州には八幡製鉄所があったことなどから、今でも、製鉄関連の会社からの崇敬は厚く、御神水を汲みにくる話を宇佐のガイドさんからききました。


大陸から製鉄をもたらした一族は、高鴨神社の宮司さんのお話から、カモ氏にルーツがあるとも思っています。


また、宇佐神宮は神輿発祥の地でもあります。ユダヤの民が大陸を移動する際、先頭でユダヤの中でも祭祀を司るレビ族が御神体をのせていたのが神輿の起源ではないかと推測します。


八幡(ヤハタ)は、秦氏とも繋がります。

ヤハタのヤは、八。♾️。


ヤハタは、ヤーハウェ(旧約聖書における、イスラエル民族の神であり、天地万物の創造者、宇宙の支配者、人類の救済者で、唯一絶対の神。 ヤハウェ。 エホバ。)かな。大陸から海を渡ってきた人々との結びつきを感じます。


幡を織るように、異国の地で、和合しながら海を渡り交わったのでしょう。


秦氏もカモ氏も、太古、大海原を渡り日本に渡来して様々な形で古代日本の基盤を創っていったように感じます。大海原を統べるのは、スサノオでしたね。


ところで、祭祀を司るレビ族は、()と呼ばれていたようです。九州のワニ族に関しては、昨年末何回かにわけてブログに書きました。


鮫の形は北極星に似ていることから、レビ族は鰐と呼ばれれたとか。


鰐🐊に関連づけると、宇佐神宮の比咩神様はワニ族の御方かなと、、。


宇佐の地は、ユダヤ、秦氏、カモ族との関係も深い地だとも思います。太古、大陸と日本を繋げた地の大元は宇佐神宮のようにも感じました。宇佐神宮の奥宮、大元神社は、安心院にありました。昨年参拝しましたが、とても素晴らしい神社でした。


昨年末にワニについて書いており、新年入ってまでワニワニと続きそうな勢いでワニが頭に浮かんでいて、一旦強制的にとめたのですが、まだ書きたらないこと、まぁ、空想の域を出ないことなんですが、、ありまして、、また、ワケワカメな話をボチボチと書き始めようと思います。


熊鰐(クマワニ)は日本書紀に登場する「動物」で、単に「鰐」「大鰐」の場合もあるようですが、古事記では八尋和邇・和邇と表記されます。


東アジアには「熊」を水神とする観念があり、「熊鰐」という言葉はこれに関係しているのかもしれません。

「スサノオはその後、熊成峯(クマナリノミネ)に居て、やがて根の国に行きました。 」と神話にもあり、「熊成」を「ワニナリ」と読む場合もあるようで、「熊」と「鰐」には同列の意味合いがあるのかもしれないとありました。

熊とワニが同列というのは、九州のクマソ(熊襲)が海を渡ってきたワニ族と結婚したからかなと思います。だから、熊鰐かな。

日本書紀によると、

四世紀頃、仲哀天皇と神功皇后が熊襲征伐のため九州へお越しになる事を聞いた当時、遠賀地方の支配者だった熊鰐が、九尋(約十六メートル)の船に鏡、剣、玉を飾って周防の沙麼の浦、現在の山口県防府市までお迎えし、 北九州に渡る水先案内を努め、魚や塩をとる区域を献上いたしました。
よって熊鰐は、仲哀天皇に対する忠節を認められ岡の県主となりました。

という話があります。

鰐族はユダヤのレビ族で、かつ、レビ族が神輿にかついで大陸から持ち込んだ唯一に守る神がヤハウェ、、だとすると、星でいうと、北極星にあたるのかなと思います。土着にいた熊襲とワニ族が和合したとしたら、、

レビ族の信仰を主に、周りで同周円で輪になって和になって暮らしていたのかも。

熊🐻からは動物の熊より、星の熊を感じます。夜中、空に大きなクマ「おおぐま座」が昇って来ると、そのおおぐまの背中から尻尾にかけて連なる7つの星が、北斗七星です。

形から柄杓(ひしゃく)と呼ばれることもあります。神社の手水で使う柄杓で、水と深い関係がありますね。


一方、こぐま座は、北斗七星を三分の二ほど小型にし、先端が下がる北斗七星とは反対に柄の先が上がる形の柄杓型の星座で、日本では小北斗、小柄杓とも呼ばれます。


そして小柄杓の柄の先(小熊に見立てた場合は尻尾の先端)にあたるα星が現在の北極星(ポラリス)になるようです。



小さい熊の赤ちゃんの、さらに尻尾の先端

が北極星。まだか弱くて小さい。守らないといけないからその星を中心に

周り熊がゆっくり昼も夜もほとんど北の空のどこかをのしのしと歩いて守るイメージがあります。





しかし、その赤ちゃんのような北極星は、実は一番の目印であり、海を渡る人、海人族、レビ族🟰ワニ族(?)が大切にした、ともいえる揺るがない絶対神、何よりも偉大な指針だったのかもしれませんね。



少し明くて黄色っぽい星、それが北極星です。黄色、それは、5行の中心の色ですね。