陽だまりのねごと

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平和で過ぎる原爆の日

2006-08-06 23:21:28 | 円形脱毛
つるっぱげの頭に合せたカツラの中にロングヘアーを押し込むと
只でも暑苦しい上に蒸れる。
さらに、帯状疱疹痕はもう少し化粧ご法度。
顔に腫れ止めの薬を塗らなくてはいけなくて
UVどころではない。
50歳過ぎのすっぴん、直射日光はコワイものがある。
目深に大きな帽子をカツラの上に被ると、
笑い事でなく、屋内に入る時、
うっかりカツラまで取ってしまいそうになる。
ロングのアップは顔がモロ出。帽子も被れない。

車を美容院に駐車して、習い性で降車前にケイタイチェック。
友人からメール。

 『原爆の日。自宅で黙祷。今日も暑い。』

今年は黙祷もしなかった。
黙祷のサイレンが鳴る頃、美容院へ向かうべく車を運転中だった。
BGMはクラッシクCAT。
猫の泣きマネでコーラスが入っているのが気に入っている。

 しゃらくさいので、スパッツと切るぞ!

そればっかり頭を占めていた。

1年ぶりくらいの美容院。
美容師さんは娘が幼稚園の時、仲良しだった子のお母さん。

つもる話をしながら、はさみで髪がどんどん軽くなっていった。
折りしも原爆の日。
彼女の職業軍人だったお父さんの話を聞く。
もう亡くなって10年以上経つと思うが、
さばけたこだわりのない方だったと記憶する。

カットされながら
美容師さんのもう亡くなったお父さんの話で盛り上がる。
職業軍人として南方に行かれた方だ。

盲腸の痛みを訴える人、
足が壊死。切断しないと命を落とす危険のある人の処置を
衛生兵に命令したら、麻酔もないジャングル。
手が震えてとても処置はできそうもないから、
みんなで抑えてもらって、自分が処置。
盲腸の痛みはとれても、痕が引きつると言って来たが
 『ワシは医者じゃないから、後、内地に帰って縫い直してもらえ』
と言ったとか。
切り取った足を焼いたら、
『なんで俺の足を焼くんだ。』
と、その人がワーワー泣いた話とか。

おもしろおかしく語って、最後には必ずこう言われたそうだ。

 戦争は勝っても負けても
 いいもんじゃない
 するもんじゃない

盲腸の人も、片足義足になった人も
戦友会には必ず来られたと聞いていたと。


美容院を後にして、軽くなった頭に
なくなりかけてるキャットフードを買って帰らなくちゃと浮かんだ。
どっさり重いほど買い込んで、

 外で残飯を貰って生きていた半野良が普通だったのは
 そんな昔ではなかったなどと…

私の行動はなんなのか?
チクリと胸を刺す。

中学校の時の先生が戦後、何が大事かと考えた時、

 食べ物確保の農業か?
 二度と戦争をしない人を育てる教育か?

そして自分は教育を選んだと語られた事など浮かんでくる。

人もダイエットにはげみ
店にはその種の商品、サプリメントが並ぶ。

ご長寿お猫さま様のお食事も、
栄養バランスを考えて、シニヤ用などと言うのを求める。

さらに中学校の保健室が思い浮かぶ。
保健の先生は顔半分には原爆のケロイドが残っていた。

たかがもうすぐ治る帯状疱疹。
久々に何品も皿を並べた夕食(いつも時間なく手抜き^^;)を済ませ
ごろんと横になって流れているTVの映像は
むちゃくしゃおかしいアメリカのコメディアクション映画。

本日はおもいっきり寝食足りて、
平和を堪能した。

 
利用者さんには原爆手帳保持者も多い。
爆心2キロ被爆の人。
看護婦として医薬品も包帯のない中、手当てに追われた人。

 焼けだだれた皮膚が垂れ下がるんよ
 ヤケドのところにはウジが湧いてね

たまにゆっくり話を聞くと61年過ぎた今も生々しい話が始まる。
『はだしのゲン』と言うマンガを読んだが、
その絵の通りの地獄絵図が
認知症で、ほんのちょっと前の事は忘れる人の記憶にしっかり止まっている。

  『二度とあやまちはくりかえしません』
 
忘れてはいけないよね。
合掌。就寝。