月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

断捨離の果てに

2012-09-18 17:04:41 | 今日もいい一日

9月の3連休。パパは3連チャンのコンペが控えていて、会社へ出勤。
受験生のなっちゃんも模試と塾で、心に余裕がないほどの超ハード。

だからといって私は「ほな、気分転換に京都へでも出掛けてきますから」、という訳にもいかず(昨年まではこんな感じだったのに…!)

家事と原稿書きと、はたまた片付けられない症候群に陥っている受験生の部屋を掃除したりして、縁の下から家族の日常を支えている。

地味な生活、と正直思う。
でも、これも役割があってのこと、今年は仕方ない。
善しとしよう!

「断捨離」はハッキリいって得意ではない。

しかし、どんどん参考書や資料集、問題演習のプリントが増え、そこにキャラクター好き、マスコット好き、子どもの頃のおもちゃに、今だに思い入れたっぷりの彼女の部屋は、息をつくスペースもないほど高密な空気だ。

せめて、小学校・中学校の諸々やがらくたの類は「断捨離」して、風を入れてやらないと。

この週末、アンデルは「断捨離」に燃えた!

自分の原稿が一息つくと、彼女の部屋へ直行して、捨てる、捨てる、捨てる。

不用とするモノ達を次から次へと黒いビニールに押し込めて、
一体、袋の中はどんなだろうか。
小さな子どもでも入っているのじゃあ、と思ってしまうほどズッシリと重い。

汗が流れ、息が出来ない。腰痛がおそってくる。

モノたちの執念なのだろうか。吐きだしたモノ達の中にいると、苦しくて、こちらの精神がやられてしまうかと思うほど。10分おきにリビングへ行って休憩し、新たに戦闘開始といかねばならない。

くたくたの我が身…。時に叫びたいほど。苦しさが襲ってくる。

そういえば、自分の部屋で整理整頓をするときにも、
ものすごく疲労困憊する。
ただ、もう片付けられないよう、という局地にありながら、
それでも黙々と体を動かしていると、
ある瞬間、ビックリするほどきれいに片付くから(経験として知っている)
、ただ寡黙に、その時のくるまで、ひたすら「断捨離」する。

そんなこんなの毎日。

だからライターとしての仕事がある、という一面が私にとっては大いに励みであり、自分自身の骨格を、まっすぐに保っていられる術なのだ。

今、「明治の人」というテーマで、あるプロジェクトに
ほんの少し関わらせてもらえるかもしれないチャンスが巡ってきた。

このブログの小さな旅のブロックにて「明治の人はやわらかい」「郷里のお盆は、線香とスイカの香り」にも登場する、11月で102歳になるおばあちゃんの人生を、
綴らせてもらえるかもしれない。

おばあちゃんは100歳までは、毎日畑仕事に精を出し、新聞を読み、手紙を読み、料理をつくって、モノづくりの記録を詳細にノートに記録し、ほんとうに実に自分らしい人生を生きていた。

昨年7月、転んで強烈にアタマを打ち、床に伏してしまうまでは…。
あんなによく話し、人情に厚い人だったのに。今は表情も乏しく、会話もほとんどできない。なぜもっと早く、おばあちゃんのところへ行って、大切な言葉を
すくいとる作業をしてこなかったのだろう。とほんとうに悔やまれる。

子宮筋腫と貧血の体調のせい、重なる仕事と雑務のせい、家族のせい、にして。
もし、この仕事が間に合わなければ、どれほど愕然として涙と後悔に明け暮れねばならなかったのか。

だからこそ、誠実にこの仕事はやらせてもらおう。
今私にできることを精一杯させてもらおう!

今日は激しい雨が降っている。
秋の雨は、濡れてもいいという気にさせる冷静さと情熱をもちあわせて降り続く、
いつまでも止まない雨である。