月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

六甲サイレンスリゾートでBBQ

2020-12-26 00:42:00 | 兵庫・神戸ごはん

 

  ある夏 8月23日(水曜日)晴

 

 神戸・六甲山のホテルといえば、「六甲山ホテル」だった。

 

 





  

 1929年宝塚ホテルの分館として開業。同じ古塚正治氏の設計で、阪神間モダニズムの薫りを色濃く映すクラシックホテル。控えめなアールデコ洋式に木を生かした風合いがなんともいえず、ロビーからレストランに行く道中には歩くたびにゴンゴンと靴底にやわらかな木の音がした。

 こぢんまりとした設計。山と山の間、いわゆる緑の谷間からは大阪湾から神戸までの夜の眺望が、まるで海のように臨めたのを覚えている。初夏にはアジサイも群になって咲いていた。


 兵庫・伊丹市在住の作家、田辺聖子さんはさまざまな作品の中で、何度でもここ六甲山ホテル(ある時には「あじさいホテル」と改名していた)を舞台装着に登場させていて、こちら読み手もそのたびに溜息をついてシーンを読んだ思い出がある。

 

 六甲山ホテルは、老朽化を理由に、2017年に惜しまれて閉鎖。2019年7月に「六甲サイレンスリゾート」として再生を遂げた。が、すでに阪急阪神グループの手を離れたと聞いている。

 

 さて訪れたのは、夕方6時だ。

 初めての訪問とあって胸が高鳴る。車で駐車場に乗り入れて、裏口から入った。面影は確かにあるが、お洒落なカフェやアートギャラリー、展望レストランとして新しい役目を与えられ、わたしたちにとっては、あぁ、あの六甲山ホテルはもう失われてしまったのだという事実を突きつけられたようでもあった。

 



 





 

 この日は、向かいのダイニンググリルでバーベキューを予約していた。

 

 薄水色の空。湖を下にみてぽっかりと浮いているような錯覚もある。

 つくつくぽうしが鳴いていて、神戸らしくジャズが流れていた。

 

 前菜には、とうもろこしの茶碗蒸し、ローストビーフ、いかとほたてのマリネの3種。Nはガーリックシュリンプのピラフを追加オーダー。わたしは赤ワインを飲む。Nはジンジャエール、パパさんは、ウーロン茶。

 









 

 黒毛和牛の赤身肉と神戸牛、ウインナー、野菜を自分たちの手で焼いていく。

 

 5時半から6時、7時、8時と。時間の移ろいのなかで眼前の景色が少しづつ変わる。

 つくつくぼうしから、ひぐらしに。軽快なジャズも、スローバラードに。うつろうのが素敵だ。

 ブルーモーメントの時刻は特に最高。

 ブルーパープルの海に、真珠やサファイア、ガーネット、ダイヤモンドなどがぼんやりとうつる夕景。それが、ものすごく近いのだ。

 香港のビクトリアピークでみた夜景を思い出したが、もっともっと、手が届きそうに迫る。刹那の情景。黒い山合いから臨むシチュエーションも、日本的でいいのかもしれない。

 



 わたしとNが眼前の景色に見惚れながらワインを飲み、野生的に甘い肉をがっつり食べていると、それを写生してくれていた。宮崎駿のような白い髪で。

   

 お料理は、一般的だが赤身肉をオーダーしたので噛み応えもあり、まあ満足した。

 

 9時。黒い空と黒い海に、オレンジや赤、白、黄……! 光のしずくは、人々の集うぬくもり。心のかよい合う美しさだと思いながら、いつまでも夜景をみていた。





 


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