ぶらり紀行

宝塚市近郊の神社仏閣・祭り山車を中心に訪れた様子をレポート

湯里住吉神社

2011年09月11日 22時43分57秒 | 社寺まいり

大阪市東住吉区湯里4・住吉神社
長居公園東側

信長の焼討(1577~80)や、大坂冬の陣(1614)と夏の陣(1615)の兵火に遭い、社殿や社記を全て焼失して、神社由緒がわからなくなったようです。 
社伝によれば、以前紹介の中臣須牟地神社との神縁が深く、奈良時代末期に、河内国丹比(タジヒ)郡に編入されて、当地住民の氏神がなくなったため、中臣須牟地社の祭神の一柱である、中筒男命を勧請したことに始まり、初めは須牟地神社と呼ばれ、その後、住吉二之宮、湯屋島(湯谷島)住吉との社名を経て、現在は湯里住吉神社と呼ばれている。
天正18年(1590)の太閤検地の際には、境内地は81坪の小さな神社でしたが、大正11年(1922)11月発行の「西成郡誌」には189坪となっています。 更に敗戦直後、各地の社有地が農地改革によって収奪された昭和21年(1946)に、信者の寄付によって境内地が一挙に381坪となった社歴を持つ神社です。 大阪市ホームページより

拝殿 欄間 龍 銘なし





境内末社 龍(頭部欠損)天女










最新の画像もっと見る

コメントを投稿