昨日の報道から、今朝の新聞は、「退陣時期はいつなのか?」みたいな見出しばかり。だいたい、動くことが出来ない病人がたくさんいる病院に土足で上がりこんで、この病院は危険ですから、私の病院に来たほうが安心です。みたいなことしか言えない野党は何なのか?震災という病を治すために、必死で頑張っている人がたくさんいるのに、この窮地を使って復権をしようとする考え自体、道徳的にどうなのか。相変らず、参院では優位ですので!とかいっている輩もいる。こんなヤツしか選べなかったのかと、悲しい思いもある。人の代表という意識から、選ばれた人というすり替えが行われる文化が延々と続いているというか、麻痺しているというか。原発という大きな病も抱えている。自治体では大きな手術が必要であるはずなのに、「交付金」という薬で「これがあれば大丈夫!」と与え続けてきた自民党の責任はどうなるのか?マスコミは問うことはない。薬は大きいほど麻痺してしまう。たしかに交付金の威力は強い。「AERA2011年5月23日号 原発はやめられない 交付金漬けの若狭地方を歩く」を読めば理解できる。
昨日から「ナイカクフシンニアン」っていう言葉を耳にするたび、イエモンのJAMのフレーズで「乗客に日本人はいませんでした。いませんでした。」が頭の中で渦巻いている。そりゃ、日本の中心地は、たしかに震災直後の計画停電だけで被災地以外は第三者っていう人が多いからな。馬鹿な政治家は馬鹿な有権者が選んだ、ではなく、たまたま選択肢にバカしかいなかったと思うだけなのかな。命ある限り、誰にでも明日は来るんだよな。アタマが悪い自分は一生懸命じゃなくて、一所懸命生きるしかないだよな。
昨日から「ナイカクフシンニアン」っていう言葉を耳にするたび、イエモンのJAMのフレーズで「乗客に日本人はいませんでした。いませんでした。」が頭の中で渦巻いている。そりゃ、日本の中心地は、たしかに震災直後の計画停電だけで被災地以外は第三者っていう人が多いからな。馬鹿な政治家は馬鹿な有権者が選んだ、ではなく、たまたま選択肢にバカしかいなかったと思うだけなのかな。命ある限り、誰にでも明日は来るんだよな。アタマが悪い自分は一生懸命じゃなくて、一所懸命生きるしかないだよな。