蓮の花だより・・・不定期便

季節のうつり変わりと花の香りを求めて、筑後地方を中心に紹介して行きたいと思います。

古賀政男記念館・生家

2014-10-04 10:05:42 | 日記














前回の続きです。大川市の昇開橋を見た帰りに地元が生んだ作曲家、古賀政男記念館に立ち寄りました。しかし記念館は博物館なので写真撮影は禁止されていましたが隣接されている生家は自由に撮影ができました。
古賀政男は明治37年に福岡県三潴郡田口村(現・大川市)に生まれました。7歳で父親が亡くなったので家族と共に田口村を離れ朝鮮に渡り感情起伏の少年時代を過ごしました。最初は仁川に、その後京城で暮らしたそうです。
古賀政男が初めてマンドリンを手にしたのは中学三年(京城善隣商業学校)の時で、一番仲の良かった兄からマンドリンを送られました。またこの時期に朝鮮にいた事により、伝統音楽を聴く機会も多く、後の「古賀メロディ」は朝鮮音楽の影響があったと主張する人物も一部います。
商業学校を出て大阪の商店に勤めた後、1923年に明治大学予科に入学し、明治大学マンドリン倶楽部の創設に参画しました。明治大学商業卒業後の1931年、日本コロンビア専属となり、当時東京音楽学校在籍時の藤山一郎と出会った事が古賀政男の人生を大きく変える事になりました。藤山一郎の歌唱表現が古賀政男の才能を開花させたのです。
コメント (10)
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