あすか塾 2024
「あすか」誌 一月号 作品鑑賞と批評
《野木メソッド》による鑑賞・批評
「ドッキリ(感性)」=感動の中心
「ハッキリ(知性)」=独自の視点
「スッキリ(悟性)」=普遍的な感慨へ
◎ 野木桃花主宰の句「風の丘」から
大冬木いのちの彩に燃えてをり
「いのちの彩」という表現が厳しさの中に明かりを点したようですね。
空青く碧く裸木風の丘
違う表記の「あおく」を重ねて、裸木の葉のない枝が澄んだ冬空を指し示している景がみえる表現ですね。
栗鼠とんで跳んで一声冬日向
ひらがなの「とんで」と漢字の「跳んで」を重ねて、その軽々とした跳躍のさまと、甲高い鳴き声が冬の寒気を震わせているような表現ですね。
風の意のままに枝張る大冬木
「風の意のまま」という視点が独創的な表現ですね。
〇「風韻集」から 感銘秀作
母逝きて隅に文机月明り 美千子
日頃から文机に向かって読書や書き物に向かわれていた亡母の姿を美しく描いて、その慕情を表現しましたね。
こおろぎの余命の一夜かもしれぬ さき子
人間には急に冷え込んだなと思われる日が、「こおろぎ」には「余命」を知る日だったに違いないと、思いを馳せた表現で、小さな生きものへ優しいまなざしが感じられますね。
涙活を少し覚えて小春かな みどり
「涙活」とは涙を流すことにより、緊張や興奮を促す交感神経が優位な状態から、リラックスや安静を促す副交感神経が優位な状態に切り変る仕組みを利用した、ストレス解消法だそうですね。句会の席上、このみどりさんの句で始めて知りました。「少し覚えて」の、まだその習得の途上という感じもいいですね。下五「小春かな」も効いています。
ドロップは泪のかたち冬の旅 みどり
もうこれは、わたしにはあの佐久間ドロップにしか思えません。有名な野坂昭如の『火垂るの墓』。三ノ宮駅構内にて十四歳で衰弱死した戦災孤児の清太の所持品、錆びた佐久間ドロップの缶。その中には四歳で衰弱死した妹・節子の小さな骨片が・・・・。佐久間ドロップは生産販売の中止の ニュースがありましたね。
遠花火がたがた応ふ昭和の戸 市 子
大きな旧家で、歴史のある縁側の、戸袋のある板戸を思い浮かべました。「応ふ」の措辞がいいですね。遠花火と対話しているようです。
柿紅葉上り框の黒光 忠 男
土を固めた土間のある、大きな旧農家の「上り框」の、歴史ある風情が感じられますね。
井戸の漉し布明日またある熱帯夜 かづひろ
熱帯夜のむっとする熱気と、涼し気な井戸の、放水口に巻かれたゴミ取り様の布の対比で、「明日またある」ことを噛みしめたすばらしい表現ですね。
リハビリの踏台昇降秋暑し 糸 子
ただひたすらリハビリに取り組んでいる姿が浮かびます。額の汗が見えますね。
石抱いて生きるガジュマル沖縄忌 晶 子
沖縄県民の戦中戦後の苦難を象徴的にみごとに表現しましたね。
ナンバーのまだ無き車輛寝待月 典 子
まだナンバープレートが付いていない新車が待機している姿に、何かわくわくするような希望さえ感じる表現ですね。
縁石をモンローウォークねこじゃらし 游 子
テンポのいい流行歌で「モンローウォーク」を詠んだ歌詞を想起しました。何か挑発的で切れのある歩き方が目に浮かびます。誰が? 妙齢の女性か、猫ちゃんか。
湯治場の煤けし厨茸汁 尚
古くから歴史ある「湯治場」の雰囲気が目に見えます。「厨」「茸汁」の措辞が効いていますね。
茸鍋世の混濁のごときもの 尚
茸鍋は一種類ではなく多種の茸が入っていますね。茸から出る出汁で茶色っぽい色をしていて、それを「世の混濁」と詠んで、詩的ですね。
相模野にひとりの影を踏む白露 安 代
早朝の長い自分の影を踏んで外出の途上でしょう。下五に「白露」と置き、上五に「相模野」と大きい景を置いたのが効いていますね。それだけで詩情が立ち上ります。
群青の空あるかぎり秋桜 安 代
上五中七の、祈りのような表現で「秋桜」の揺れを表現したすばらしい句ですね。
曼珠沙華曲りくねりし過疎の道 照 夫
都会のように合理的に人工的な区画整理された道は味気ないですね。そのことを改めて読者に思わせる詩情のある表現で、過疎の村の寂しさが際立ちました。
虫の夜に微笑む遺影七回忌 照 夫
虫時雨の中に、親しかった人の遺影を微笑ませた表現が詩的ですね。
七色の野葡萄を引く遠汽笛 玲 子
実際の景は不揃いに色づき始めた葡萄畑に隣接する鉄路を汽車が走っているのでしょう。汽車の煙が七色の野葡萄に見えた、とも解することができますが、列車の車体に移り込んでいるのかもしれません。それを「引く」と簡潔にして的確に表現した句ですね。「遠汽笛」としたのも効いていますね。
秋簾女の動く影透けて 悦 子
樋口一葉の小説の一場面を見ているような、日本文化の歴史性を感じる表現ですね。
〇「風韻集」から 印象に残った佳句
灯るごと茗荷の花の暮れ残る 信 子
転送のスマホの動画良夜かな 光 友
風花せし十二月八日知らぬ人 一燈子
秋薔薇意志あるやうに海を向く 芙美子
夕暮れて勢いの増す大神輿 チヨ子
朝顔を数えて今日の始まりぬ 初 子
大振りの白茄子田楽尺皿に のりこ
喫水の深きタンカー秋を航く 健
〇「あすか集」から 感銘秀作
辞書に聴く度忘れ漢字秋灯下 久 子
ただ調べものをしているような「辞書を引く」ではなく、「辞書に聴く」と擬人化表現したことで、作者の没入感と温みが伝わりますね。
センサーの付きし手水舎秋彼岸 き よ
「手水」という日本古来の手洗い水の仕組みまでが電動のセンサーで動いている、ちょっとした違和感を掬い上げた表現ですね。
粛々と松を真中に雪吊す 英 子
真ん中に高い松の木があるのでしょう。その頂上から放射状に張られた細縄の美しい景が目に浮かびます。その庭園の落ち着いた広さまで感じる句ですね。
セーター未完編針も柩へと 美代子
句跨りの難しい韻律に悼みの心を託しましたね。亡き人への敬愛が感じられます。
秋天に夫婦の雲や誕生日 ヒサ子
雲の形が、まるで寄り添って歩く仲の良い夫婦の姿の形に見えたのでしょう。それはそう見做す作者夫婦の仲を象徴していますね。
浅草寺のわらじ触るる風は秋 ハルエ
浅草寺の宝蔵門の大草鞋。高い位置に吊るされているので人間には触れることができませんね。秋風だけがそれに触れてゆくという視点が詩的ですね。色んな謂れのある大草履です。
すずめ来て身をまかせゐる藤袴 ハルエ
すずめの戯れに藤袴の花が「身をまかせてゐる」という擬人法的表現が詩的ですね。
塩添えて母の遺影に衣被 静 子
仏壇に供える食べ物には、ふつうは調味料など添えませんよね。亡き母との温かい絆が思われて、ほっこりとする句ですね。
落花生虫養ひの二・三粒 富佐子
収穫した落花生が少し昆虫の食害にあっていた、ということでしょうが、それを「虫養ひ」と表現する、日本古来の自然との共生の伝統精神の尊さを感じる句ですね。
笑栗や縄文土器の修理跡 トシ子
「修理跡」をクローズアップする表現で、縄文土器を鑑賞眼ではなく、その時代を生きた日本人の先祖に思いを馳せた表現に詩情がありますね。
亡き父の欠けた湯呑へ新酒汲む 瑞 枝
亡父が愛用した湯呑、そこに今年の新酒を注いで仏壇に供えているのでしょうか。「欠け」を詠んだことで、その敬愛の念が伝わりますね。
柿たわわ村が一揆を起しそう 瑞 枝
一揆は抑圧された民びとの、忍耐が限界に達したとき起こる武装蜂起ですが、柿の実の朱色の群れで、その苦難の歴史を表現して味わい深いですね。
秋茄子を漬け込む婆の顔の照り 礼 子
漬物を作る作業は案外、労力を要するようで額に汗が滲んでいるのでしょうか。いや、その労働の喜びの表現かもしれない、と思わせて詩情がありますね。
切株は心地良き床茸真白 ひとみ
茸たちにとってはゆっくり腐食の進む、大樹の切株は格好の栖に違いないですね。結語の「真白」で茸たちがまるで喜んでいるように感じます。
先生の笛は言葉や運動会 ひとみ
言葉による指図の替わりという合図の意味を越えて、先生と生徒たちが息を合わせているような空気が感じられますね。
黄コスモス我を案内して右へ 都 子
コスモスに案内されて、と言えば説明的な散文ですが、コスモスが右に揺れて「我を案内して」と言えば詩的な情緒が立ち上りますね。
落葉掃くこつそりと掃く近所の分 邦 彦
思わず笑みがこぼれてしまう表現ですね。思い当たる人も多いでしょう。まったくの善行なのに、何か悪いことでもしているような心理と仕草が愉快ですね。盗んでいるのではなく、ついでに掃除をしてあげているだけなのに、それを、お仕着せがましく思われるのも、ちょっと・・・・という気持ちでしょうか。
〇「あすか集」から 印象に残った佳句
ノーモア戦石榴は空へ拳上ぐ たか子
刈田原小さき雲のあそぶ影 民 枝
厚く剥く大根の皮干してみる 喜代子
風に添ひやうやう高く秋の蝶 照 子
秋蝶の行きつ戻りつ玻璃の外 妙 子
寒鰡を捌く夫の手神のごと よね子
寺の庭風に無患子降るがごと 保 子
背を押され落葉と渡るビル谷間 美代子
執心はあの娘に非ず虫すだく 一 青
赤錆びの鉄路を隠し泡立草 稔
激流や鮭の遡上の一途なる 満喜枝
真ん中の栗の肩身の狭きこと 富佐子
曖昧な雲の混雑九月かな 幹 一
両親の命日重なる萩の餅 真須美
淡き風吾を呼びとめ藤袴 楓
いちじくをもぐ手に伝ふ秋の風 キ ミ
ソファーにも柔らかき布秋立つ日 アヤメ
八頭外反母趾は親ゆづり 久美子
長き夜や野鳥図鑑の付せん繰る さち子
秋愁や留守電二三度聞き返す 眞 啓
龍胆を活けて招くや書道展 しず子
鯖雲の泳ぎを忘れ動かざる 新 二
駅を出て木犀の香の右左 杏
それぞれに言い分あれど綾錦 林 和子
霙中女子マラソンの臍走る 瑞 枝
四季崩るようやく咲きし曼珠沙華 初 生
かなかなの突如鳴き出す夕庇 涼 代
柿の実や届かぬ所鳥のもの 綾 子
中天を朱に染め上げて柿たわわ 礼 子
草いきれ電動のこの近くなる 緑川みどり
ざくろの実あふれんばかり泪かな 宮崎和子
蔦紅葉祖谷のかずら橋ゆらり 椿
遠筑波青田千枚一望に けい子
秋の日を鋤き込み走るトラクター けい子
虎落笛小僧のやうに床畳む 邦 彦
麦笛を吹きし畦道遥かなる 巖
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