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おうたのかい作曲・歌唱担当オブさんが、日々のあれこれをてきとうに綴る、まとまりもとりとめもないいかがわ日記

エッセイアーカイブ⑤ ミュージシャンにはなれなかったけれど

2021-07-03 12:28:12 | エッセイアーカイブ
エッセイアーカイブの5本目は、豊栄高校文芸同好会誌「凪」の第2集に書いた顧問エッセイです。おヒマな折にでもお読みください。

ミュージシャンにはなれなかったけれど

 若いころは、ミュージシャンになるのが夢でした。
 私が高校生だったのは一九七〇年代後半で、いわゆるフォークソング(後のニューミュージック)がたいへん流行していたときでした。アリス、オフコース、風、チューリップ、ふきのとう、荒井由実、中島みゆき、イルカ、井上陽水、さだまさし、松山千春、吉田拓郎、南こうせつ(きりがないのでこのへんでやめます)などといったミュージシャンたちが活躍していました。
 私もそんなミュージシャンたちの作る音楽にあこがれ、ギターを弾きながら歌うようになり、やがて自分でも曲を作るようになりました。当時所属していた文芸部の部室にギターを持ち込み、毎日弾いては歌っていました。そのころの私は真剣に、プロのシンガーソングライターになりたいと考えていたのです。

 高校生としての私は、はっきり言って劣等生でした。理科系の科目はまずほとんど全滅で、英語も全くダメでした。特に数学と物理と英語にはエライ目にあいました。授業を聞いていても、全くわからないのです。それも、ただわからないというレベルではなく、何がわからないのかわからない、という体たらくで、当然のごとく、テストはいつも赤点でした。まあ、温情ある先生方のおかげで、なんとか進級だけはできたのですが、学業という観点から見れば、私は全くどうしようもない生徒でした。
 でも、それで私が悩んでいたかといえば、全くそんなことはありませんでした。何しろ、勉強なんか関係ない、オレはミュージシャンになるんだから、などと思っているわけですから、勉強ができなくて悩むなどということはありません。毎日毎日ギターを弾きながら、オリジナルの曲を作っては周りの仲間に歌って聞かせていたものです。それらの曲は今聞いてみると、それはそれはひどいもので、当時の私の仲間たちはさぞ辟易したことだろうと、申しわけない思いにかられます。
 その後、私は、二年働いてから大学に入学し、音楽サークルに所属し、相も変わらず歌を作り、ギターの弾き語りをしていました。が、ついにどこのレコード会社からもお呼びはかからず、私は大学を卒業し、とある企業のサラリーマンになったのです。勤め人になってからは、あまりの忙しさに音楽どころではなく、歌といえばカラオケバーで酔っぱらって歌うもの、というありさまになっていました。その後、いろいろあって新潟に帰ってきた私は、高校の教員となり、今日に至ります。

 高校生から大学生のころの私は、自分のことを、「才能に満ちあふれた、世の中で高く評価されるべき人間」である、と半ば本気で信じていたふしがあります。音楽でも、文章書きでも、自分は誰よりも優れた才能を持つ人間である、と考えていたようなのです。もちろん、それは今から思えば、全くちゃんちゃらおかしい、笑止千万な、片腹痛い思い込みだったわけで、当時のことを振り返ると私自身、本当に恥ずかしく思ってしまいます。ただ、若いころは誰でも、自分についてそんなずうずうしい思い込みを持っているのではないか、とも思います。

 はやりの歌やマンガやドラマなどで、「かなわない夢はない」とか「夢こそがすべてだ」とかいった言葉をよく耳にしたり目にしたりします。でも、本当に夢がかなう人というのは実はほんの一握りで、ほとんどの人の夢はたいがいの場合かないません。それはそうです。自分の持っている本当の適性や力量を見誤って、初めから不可能な夢を追いかけたところで、それが現実にならないのは当然のことだからです。だから多くの人は途中でそのことに気づいて、夢を捨てて、現実の中で生きていくようになります。すると今度は、夢を語る人に向かって「いつまでも子供みたいなこと言ってんじゃないよ。現実はそんなに甘かないんだ」などと口走る人も出てきます。
 それでも私は、若いみなさんには、夢を持ち続けてほしい、と思うのです。もちろんそれは、「自分」をきちんと見つめ、「自分には何ができるのか」ということを踏まえたものでなければならないのは当然ですが、「現実」の中で、「現実」を踏まえつつ、それでも持ち続けることのできる「夢」は、必ずあると私は思います。人間は、夢を持ち、夢を現実のものとすることで進歩してきました。現実は確かに厳しいのですが、その現実をよりよいものに変えてゆく力こそが、夢なのです。

 プロのミュージシャンにはなれませんでしたが、私はこれまでの人生に不満は(それほど)ありません。夢を見て、挫折して、新しい道を探し、たくさんの人々と関わっていきながら、私は今の人生を歩んでいます。その中で、新しい夢も生まれました。その夢をかなえるために、私はもう少しがんばってみたいと思っていますし、その夢があるからこそ、もう少しだけがんばれるような気もしています。
 夢を見て、挫折して、また新しい夢を追う。そんなことを何度も何度も繰り返し、積み重ねながら、人間は成長していくものなのでしょう。

【豊栄高校文芸同好会会誌「凪」2号(2003年3月7日発行)より】



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